塵となって消える
コウガの背に揺られ瞬く間に戻ってきたサパタ村では、真夜中だというのに瓶に水を汲もうとする村人達で井戸に行列が出来ていた。
中には水を飲みながら、涙を流している人もいる。
けれど、屋根伝いにその脇を無言で通り過ぎたナイルが、苦し気な顔で深々と頭を下げる姿に気付いた人は、居ない。
そのまま村の中央を抜け、村の一番奥に位置する村長邸へと辿り着いた矢先―――。
「きゃぁぁぁぁ!!」
ルパちゃんの悲鳴に、ナイルは迷わず二階のテラスへ跳び移り、そのまま屋敷の中へと駆け込んだ。
「コウガ!たぶん二階上がって左の部屋!お願い、先に行って!」
私もさっとコウガから飛び降りると、玄関を開け放って叫ぶ。
あの状態から移動していなければ、ルパちゃん達は私が閉じ込められていた部屋に居るはず。
私の言葉を受けて、物凄い早さで階段を上り見えなくなったコウガを追って、私もバタバタと階段を上がって行くと、丁度上がりきった所で今度は男の叫び声が聞こえた。
「うわぁぁぁぁー!!よせ!来るな、来るなぁぁア"ァァァ―――――――」
その恐怖に染まった悲鳴は、恐らくナミブーのもの。
何事かと目的の部屋へと急いだ私が視たものは・・・。
縛られた状態のまま床に転がるナミブーと、禍々しく口を開けたゲート。そしてナミブーの脇に立ち、その手に握り拳大の魔石を持った――――――あの時の、影憑!?
その姿を見ただけで、ドクドクと心臓はうるさく跳ね上がるのに、血の気はどんどんと下がっていく。
その存在に、部屋に居た誰もが身動き一つ出来ず、その動向を注視している。
―――――どうして、ここに・・・。
あの時よりもずっと近い距離に居るはずの、その黒いフードの中から窺えるのは、赤々と光る二つの双眸のみ。顔も性別も、本当に人の姿なのかも、そこから窺い知る事は難しい。
そして、あんなに大声で叫んでいたナミブーが・・・今はピクリとも動かない。
扉の前にはコウガが陣取っていて、私はそれ以上中に入ることが出来ず、半分壁の影になっていたナミブーを部屋の外からそっと覗き込めば――――。
――――――魂源が、ない?
その身体の中、この邸を出るまでは黒く染まってはいても、確かに存在していたはずの魂源が、何処にも見当たらない。
それに何より・・・胸に黒い穴が空いている。血も何も出ていないけれど、明らかに身体に、大きな穴が。
そこは、魂源の在った場所。
じゃあ・・・影憑が今、手にしている魔石は・・・もしかして―――――。
すると・・・恐ろしい予想に身を竦め、ナミブーの胸に空いた穴から目を逸らせずに居た私の目の前で、ナミブーの身体がまるで影魔獣を倒した時の様に、黒い塵となって消え始めた。
―――――――。
それは酷く長く感じた割に、あっという間の出来事だったのだろう。
私達はただ呆然とそれを見ている事しか出来ず、気が付いた時には、ナミブーの衣服や装飾品だけが残り、影憑も、ゲートも消え去っていた。
――――――今、何が起こったの?
人は、あんな風に消えてしまうもの?
身に付けていたモノだけを残して、跡形もなく。何も遺さず・・・ナミブーは死んでしまった、のだろうか?
もう、何度も影魔獣が消える様を見てきたけれど、同じ様に『人』が消える様は衝撃的で、なかなかその現実を受け止めきれない。
その長い沈黙の中、皆が悪夢を見た後のような表情で、ナミブーの形に残ったモノを見ていると、ベグィナスさんの腕の中でルパちゃんがモゾモゾと身動ぎする。
「―――――――パパ?」
不安そうな声ではあるけれど、お父さんに抱き込まれていたお陰で、幸いにもナミブーが消える一部始終は見ていない様だった。
そして、ルパちゃんの声にフッとその場の空気が動き出す。
「――――――あぁ・・・もう、大丈夫だよ。アイツはもう居ない」
「本当?」
「あぁ、本当だ。悪い奴はみんな、居なくなったよ・・・・・・さてイルパディア、ナイルも戻って来た事だし、今日はもう寝ようか?」
ベグィナスさんはフゥッと一つ息を吐き出すと、ルパちゃんを安心させるように穏やかで、少しだけ茶目っ気を含ませた声音で話し掛ける。
時刻は深夜をとっくに過ぎている。
今までずっと張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れたのか、ルパちゃんはベグィナスさんにギュッとしがみついたままコクンと小さく頷くと、そのまま目を閉じた。
本当なら、今起きた出来事をこの場に居た人達にすぐにでも説明して欲しい。
どうして影憑が居たのか。
どうして影憑は、ナミブーの魂源を奪って行ったのか。どうやって魂源を奪ったのか。
アレは一体、なんだったのか・・・。
でも、その話をルパちゃんの前でする訳にはいかない。そういう事だろう。
今日はこのまま、この屋敷で一夜を明かすしかない。まずは一度落ち着くべきだ。
とは言え、この部屋にずっと居たいとは到底思えず、ナミブーの跡はそのままに、縛り上げた他の男達は隣の部屋へ移動させ、私達は一階の応接間へと移動する事にした。




