染まる欲望
「ん?何故貴様が此処におる!」
入ってきたナミブーのその厭らしく弛みきった顔は、鬼の彼が居る事に気が付くと、それこそ鬼の形相へと変わる。
「さっさとその手を離さんか!まさか、その娘に手を出していないだろうな?」
「なッ!・・・手など出さない!」
鬼の彼は慌てたように私の手首を離し、一歩後ずさって私から距離を取る。
けれど今度はナミブーに右手を取られ、グイッと引き寄せられる。
――――――ゾワゾワッッ
またしても感じた嫌悪感に身体を震わせ、キッとナミブーを睨み付けるけれど、その胸の辺りに黒紫の魔力を視てしまい、変な所で納得してしまう。
やっぱり、この人も影の魔力に浸食されていたんだ。
性格とか、言動とか、好きになれない理由は多々あれど、ナミブーに感じるこの嫌悪感は、やはり影の魔力の影響が大きいのだろう。
とは言え、今の自分にはナミブーを浄化する術は無い。
「んん?・・・眼が、青い?」
キッと睨んでいた所為で、ナミブーに青眼であることがバレてしまったようだ。
慌てて顔を逸らすけれど、顎を掴まれ阻まれてしまう。
「ほぉ・・・ほぉ、ほぉ。フヒヒッ!これは素晴らしいですよぉ!美しい上に青眼の持ち主とは。実にこの私に相応しい」
間近に迫るナミブーの厭らしい顔に、背筋どころか全身にゾワゾワと寒気が走り、鳥肌が立っているのが分かる。
「ヒッ・・・嫌、近付かないで!」
―――――誰か・・・フェリオ、ラインさん、コウガ・・・誰か、誰か助けて。
今にもくっつきそうな程近付いてきた顔面に、必死に身体を反らして抵抗していると、鬼の彼が私を背に庇うようにして、ナミブーとの間に割って入ってくれる。
「彼女はイルパディアの守護石を持っていたのです!イルパディアは、イルパディアは大丈夫なのですか!?」
「ッッ良い所で!!・・・フンッ!白々しい。お前たち鬼人族が何を企んでいたかは知らんが、ムダだぞ。おい、あの二人をここへ連れてこい」
鬼の彼と言い争いをしていたナミブーが、従えていた使用人の男にそう指示を出す。
「企むなどとッ!僕達が逆らえない事など、分かりきっているでしょうに」
「だが、貴様は指示も無くこの屋敷を訪れ、与えてやった面まで外しておるでは無いか」
「それはッ!イルパディアの守護石の気配を感じたのです。面は・・・事故です」
「えぇい!言い訳など必要無いわ!早くその娘から離れろ!ソレは私のモノだぞ!!」
――――――誰がオマエのもんじゃコラッッ!!
・・・ナミブーの妄言に、思わず暴言が漏れてしまった。アブナイ、アブナイ。
「御主人様、例の親子を連れてきました」
私がうっかり心の中で暴言を吐いていると、使用人の男が戻って来た。
その後ろには一人の男・・・いや、その腰の辺りにもう一人、しがみついて居るのは・・・。
「ベグィナス!イルパディア!!」
――――――ルパちゃん!!と、お父さん!?
使用人の男に連れられやって来たのは、ルパちゃん親子だった。
彼等は両手を拘束され、数人のガラの悪い男達に囲まれている。
「ナイル兄様!!」
「イルパディア!無事か!?」
鬼の彼はナイルという名前らしい。
兄様と呼ぶくらいだからきっと親族なのだろう。改めて見れば、ルパちゃんとお父さんの額にも二本の小振りな角が生えているのが分かる。
あの時は二人ともターバンみたいなの巻いてたから、気が付かなかった・・・。
今日は二人とも、同じ布をスカーフの様に首元に巻き付けている。特にルパちゃんはグルグルと何重にも巻いていて、まるで何かを・・・隠しているような?
まさか、また呪いの魔道具を付けられてしまったの!?
あの時も襟の高い服を着てチョーカーは見えないように隠されていた。
もしもナミブーにあの呪いの魔道具を着けられたのだとすれば、再び捕まってしまった今、可能性は否定出来ない。
「ルパちゃんッッ!」
突然鬼の彼改め、ナイルの背から顔を覗かせた私に、ルパちゃんが気付く。
「シーナ姉様!」
「ルパちゃん、まさか・・・」
ルパちゃんに着けられていた呪いの魔道具を思い出し、息苦しさに自分の襟元を掴む。
けれどそれを見たルパちゃんは、無言で首を横に振り、声を出さずに口だけを動かした。
(だいじょうぶ)
――――――そうか。隠しているのは・・・。
「なんだ貴様等、この娘と知り合いか?・・・まぁ良い、それならばそこで見ていなさい。この娘が、私の花嫁になる所を、ねぇ。フヒヒヒヒッ」
ニヤァァァァと笑うナミブーの、その悪趣味な発言にドン引きする。
こんな小さな子供の前で、なんて事言うんだこのエロ親父。
「この通り、ギャラリーが増えてしまいましたが・・・それもまた楽しめるでしょう。さぁ、娶ってあげますから、こちらへいらっしゃい。――――貴様は早くそこを退け!あの子供がどうなっても良いのか?」
私に向かって手を伸ばしながら、ナイルを恫喝するナミブーは、明らかに常軌を逸している。
充血して赤い眼は瞳孔が開きっぱなしで、欲が滲み出たように脂汗をダラダラと流し、呼吸の荒い口元からは涎が滴り落ちそうだ。
その姿は明らかに異常で、恐怖しか感じない。
――――――ッッッ!!魂源が・・・。
ナミブーの魂源が、急速に黒紫の魔力を吸収し、その色を変えていく。
「さあ、早く来るのだ!!」
動かない私とナイルに焦れたのか、ナミブーがナイルを押し退けて私の腕を掴む。
「イタッ!痛い!離して!ちょっと、止めて!――――きゃあッッ!!」
ナイルはルパちゃんを心配して動けず、私もナミブーの思いがけない程の力になす術なく、ベッドの上へと引き倒されてしまう。
「フヒッ!フヒヒヒヒッッ!!良いですねぇ、良いですねぇ・・・」
ナミブーの魂源が・・・黒紫に染まって・・・私はこのまま、何も出来ず・・・。
「――――――ナイル兄様!助けてッッ!!」
そう叫んだのは、ルパちゃんだった。




