懺悔
「昨日は迷惑掛けてごめんなさい!」
朝、開口一番に頭を下げた私に、ラインさんとコウガは目を丸くして一瞬言葉を詰まらせる。
「ッいえ、こちらこそ無理をさせてしまって。申し訳ありませんでした」
「ッいや、疲れガ出たんダロ。大丈夫なのカ?」
ラインさんは申し訳無さそうな顔、コウガは心配そうな顔をして、頭を上げない私の顔を覗き込む。
その体勢が恥ずかしくて、身体は起こしつつ、極力二人を見ないように俯いたまま続ける。
「ででッでも、魔石を魔結晶に錬成しなきゃいけなかったし、イシクさんとの約束もすっぽかしちゃったし・・・二人に、ここまで運んで貰っちゃったみたいだし・・・大変だったでしょ?」
けれど、二人を目の前に言葉にしてしまうと、どうしても想像してしまう・・・自分がお姫様抱っこされてる姿を。
「別にオレ一人デモ問題なく運ベタ」
「私も、全く問題は無かったんですが・・・妥協点、と言った所でしょうか?」
――――――妥協点って、なんの?
羞恥と申し訳なさで縮こまっていた私は、思わず顔を上げて首を傾げる。
「ラインがシーナを抱き上げた時のコウガの反応がまた・・・」
フェリオがククッと笑いながら呟くと、二人は少しだけ気不味そうにお互いから視線を逸らす。
なに?どうしたの?昨日はあんなに息ぴったりだったのに。
「とにかく。シーナさんにはなんの落度もありませんので、気に病む必要はありませんよ」
そんな微妙な雰囲気を断ち切るように、ラインさんが声を張る。
「そう、ですか?でも、ありがとうございました」
何故かこれ以上深く聞いてはいけない雰囲気を感じて、最後にお礼だけ伝えれば、二人に笑顔が戻ったので、良しとしよう。深掘りすると自分が怪我しそうだしね。
それから朝食を摂り、宿に持ち込んでいた魔石の錬成をしっかりとこなし、マメナポーションを大量生産してから教会へと向かう。(ちなみに錬成に必要な水は、ラインさんの騎士団権限で宿から貰う事が出来た。フェリオは凄く残念そうだったけどね!)
教会に着くと、未だ修復中の建物内は立ち入りが禁止されている様で、朝のお祈りをしに来た沢山の人が教会前に集まっていた。
その中の数人が、必死に説明をするイシクさんに詰めより、聖水を渡せとわめき散らしていて、このままでは暴動にでもなりそうな雰囲気だ。
「イシクさん!」
慌てて駆け寄り、ラインさんとコウガに両サイドを守られながらなんとかイシクさんの元へ辿り着けば、彼は安堵から眉を垂らして情けない顔をする。
「貴女は!・・・もう大丈夫なのですか?」
「えぇ、大丈夫です」
「グレゴール司祭を助けて頂いたと聞きました。本当にありがとうございます」
「いえ。約束を破る形になってしまってすみませんでした」
昨日のうちにマメナポーションについて説明して、すぐに魔法薬を提供出来ていたら、こんな混乱は起こらなかったはずだ。
「そんなッ!高度な錬金術を行ったと伺いました。疲れが出るのは無理もないかと・・・ただ」
そこでイシクさんは申し訳無さそうに、更に眉を垂らして視線を巡らせる。
それもそのはず。話している間も、「どけ!」「聖水を出せ」と喚く声は途絶えることは無く、詰め寄る人々はラインさんとコウガによってなんとか阻まれている状態なのだ。
「今はまず、この状況をどうにかしないといけませんね」
「早くマメナポーションを配った方がいいだろうな」
私とフェリオの言葉に、イシクさんはパァッと顔を輝かせる。
「昨日の聖水・・・いえ、魔法薬があるのですか?」
「はい。沢山創って来たので、皆さんに配れると思います。ここに置きますので、カップを用意して頂けますか?」
「すぐに用意しますッ!」
私が言い終わるかどうか、というタイミングで返事をしたイシクさんは、既に教会の中へと消えていた。
じゃあ、と私もスマホからマメナポーション入りの大釜取り出せば、ざわついていた周囲が、揃ってポカンと口を開けて静まり返る。
まぁ、確かに突然こんな大きな釜が現れたら驚くよね。なんて今更思い至り、えへへと笑って誤魔化して、「聖水を配るので並んでくださーい」と声を張れば、聖水を貰える期待に頬を上気させた人達が、素直に私の前に整列してくれる。
「流石ダナ・・・」
「流石ですね」
人々を抑える必要の無くなったラインさんとコウガは、何故だか私の方を見てウンウンと頷き合っている。
さっきまで気不味そうにしてたのに、男の人って分からない。
その後は、カップを持って戻ってきたイシクさんと一緒に聖水ならぬマメナポーションを配る。
普段聖水を配っていたイシクさんの存在と、今回マメナポーションを錬成する際に魔蜜蜂の蜂蜜を入れて創ったお掛げで、誰もがなんの疑いもなくソレを口にしてくれた。
ちなみに、魔蜜蜂の蜂蜜は昨日発見された地下の巣に貯まっていたものだ。
調べてみれば魔力が含まれている以外は、普通の蜂蜜と同じだと分かったので、早速使わせてもらう事にした。中毒や依存といった効果は、影魔蜜蜂の蜜にのみ付加された特性だったようだ。
「ふう・・・落ち着いたみたいね」
「そうですね。それにしても、魔法薬を用意して頂いた上に、配布まで手伝って頂いて本当にありがとう御座いました。何より、聖水を求めに来た方々の、あのスッキリとした活力漲る顔・・・全て貴女のお陰です」
私もマメナポーションの効果については、配っている最中にこっそり視ていた。
イシクさんの言う通り、マメナポーションを飲んだ殆どの人の魔力から影の魔力が消え、依存などの状態異常も回復していた。けれど、浸食が深かったのか、最初に詰め寄って来ていた人達の魔力からは、まだ完全に影の魔力は消えていない。それに、教会に来てない人もいるかもしれない。
もう何日かは続けて配った方がいいだろう。
「いえ。私は錬金術師として仕事をしただけですから。それに、まだ全員が治った訳ではありませんので、イシクさんにはもう何日かはマメナポーションの配布をお願いしたいのですが」
私の言葉に、イシクさんが驚きと戸惑い、それに苦痛をない交ぜにしたような、複雑な顔をする。
――――――ハッ!!そう言えば、錬金術師の仕事って、この世界では超高額なんだった。もしかして、マメナポーションの押し売りだと思われただろうか?
「あの!魔法薬の代金なら頂きませんよ?魔蜜蜂の素材とか、蜂蜜とか分けて貰える事になってますし、、」
「―――私はまだ・・・聖職者として、教会に居ても・・・いい、のでしょうか?」
「え?」
「私は・・・この手で、多くの人にあの"聖水"を配ってしまいました」
「・・・でも、イシクさんは知らなかったんですよね?」
「はい。ですが、知らなかった、では済みません。私にも何かしらの咎はあるでしょう」
そう言ってイシクさんは、真っ直ぐな視線をラインさんに向ける。
「騎士団としては、今回はグレゴール司祭の独断だったと判断しています。暫くは監視をつけさせて頂きますが、それも直ぐに解消されるでしょう」
ラインさんがはっきりとした声で答えれば、イシクさんはクシャリと顔を歪め、また俯いてしまう。
「私は・・・町の人々の様子が、日に日におかしくなっていると、感じていました。それが、聖水の所為かもしれない、という事も。何より、夢の中で聖女様は何度も教えて下さっていたんです・・・それなのに」
イシクさんは、組んだ両手を額に当てきつく目を閉じ、懺悔するように語る。
「それは・・・」
「私は・・・女神様の御神託よりも、グレゴール司祭の言葉に従ってしまいました。聖職者失格です」
イシクさんのステータスにあった技能の「天啓」を考えれば、もしかしたら本当に本物の聖女様の御告げがあったのかもしれない。
けれど、ヒトヨミの鏡は一般に普及しているものじゃないし、自分がそんな技能を持っていると知らなければ、夢で見ただけの事を信じるのは難しいだろう。
「イシクさんは聖職者に向いてると思いますよ?」
まぁこれは、ヒトヨミ機能でイシクさんのステータスを知っているから、言えることなんだけど。
祈りと天啓、これ程聖職者らしい技能があるだろうか。いや、無い。
とは言え、本来なら私がそんな事を言った所で、イシクさんが納得する訳は無いのだけれど。でも、この言葉を私が言えば、彼は納得出来るんじゃないかと思った。
「だって、貴方の祈りはきっと、聖女アメリアに届いているもの」
イシクさんと眼が合った一瞬だけ、瞳の色を青く戻す。
「せい、、じょ、さま・・・ッッ有難う、御座います」
『聖女』を語るのは気分のいいものでは無いけれど、これでイシクさんが前に進めるのならば、嘘も方便、ということで。
それに、今この教会に聖職者が居なくなってしまう事の方が問題だしね。
それから暫く、イシクさんは祈る様な格好で涙を流し続け、その後はすっきりとした穏やかな笑顔で見送ってくれた。




