聖女降臨?
「――――――聖女様」
イシクさんは私と眼を合わせたまま、掠れた声でそう呟いた。
一応後ろを振り返り、イシクさんの視線が確かに私に向いている事を確認してから考える。
―――え?聖女様ってアメリア様の事でしょ?・・・・・ッッッはッ!!青眼だからか!?この眼の色の所為か!?
しまったぁぁぁぁぁぁ!どうしよう?
内心冷や汗をダラダラ滴ながら、どう誤魔化そうか考えていると、私の背後、正確にはローブの内側からフェリオがコソッと耳打ちをしてきた。
「シーナ、今は喋るな。オレにいい考えがある」
「本当?でもどう」
「いいから、喋るな」
「・・・・・・」
仕方無く、黙って頷いて見せる。一体、どうするつもりなんだろう?
「合図するから、声に合わせて口だけ動かしてろ」
フェリオがそう言うと、背中をポンッと叩かれる。
『―――そう。私はアメリア。今はこの娘の身体を借りています』
響いてきたのは、男とも女ともつかない者の声。その声はビブラートが掛かったように僅かに掠れ、幻想的な雰囲気を醸し出した・・・フェリオの裏声だった。
――――――はいぃぃ?
いやいやいや、教会の人に聖女アメリアと偽るなんて、すぐバレるに決まってるじゃない。
驚きと羞恥で崩れそうになる顔面を、それでも何とか無表情に保ちながら、内心フェリオにツッコミを入れまくる。
「やはり!聖女様だったのですね!!」
けれど、イシクさんは感激に震えながら膝を折り、祈りを捧げ始める。
――――――えぇぇぇ!!止めて!ここ、広場だから!恥ずかしいから!っていうか信じたの!?
再びポンッと背中を叩かれ、『聖女様』の声が響く。
『イシク、頭を上げなさい』
「聖女様が僕の名前を・・・あぁ、やはり夢に出てこられたのも、聖女様だったのですね」
いや、イシクさんの名前はスマホで覗き視しただけです。夢は・・・別の人です。
『えぇ、ですが今はまず、彼女を救いましょう』
イシクさんは感激のあまり涙を流しながらも、聖女・・・フェリオの言葉に頷き、漸く立ち上がる。
「聖女様、彼女を救うには聖水が必要なのです。ですが、今は祈りを捧げた水しか無く・・・」
イシクさんは思い出した様に手に持ったカップを私に見せた。
なるほど、アメリア像の前に置いてあった水瓶の水だったのね。
『聖水は人に創り出せる物ではありません。』
「―――ッッッ!?」
『彼女にはこれを・・・』
フェリオがタシタシッと背中を叩く。
もうどうにでもなれ~!と思いながらフェリオとイシクさんのやり取りを聞いていた私は、フェリオの催促に何事かと思考を巡らせる。
え?なに?――――――あッ!マメナポーションを出せって事?
フッと左の掌に突如現れた小瓶に、イシクさんが目を瞠る。魔法鞄が認知されているこの世界でも、物が突然現れるのはビックリするらしい。
『これを彼女に与えなさい』
「ありがとうございます、聖女様!・・・さぁ、飲んで!」
イシクさんは何の疑いもなくマメナポーションを受けとると、そのまま座り込んでいた女性に飲ませる。
え?飲ませちゃった。目的達成?イシクさん、それでいいの?騙されてますよー!
とは言え、無策で突っ込んできた割には、物凄く上手く行った気がする。
――――――フェリオ、恐ろしい子。
とは言え、まだマメナポーションが本当に効くかどうかは分からない。
私は注意深く女性を観察し、その魔力がフワリと溢れ、その分だけ黒紫の魔力が霧散し消えていくのを確認して、ホッと安堵の息を吐く。
顔色も良くなっているから大丈夫だろう。
本当はヒトヨミ機能で確認したい所だけど、今スマホを出すわけにもいかないしね。
「・・・あぁ、とても楽になりました。ありがとうございます」
女性はそれまで意識が朦朧としていたのか、私の存在に気付く事は無く、イシクさんへ何度も何度も頭を下げ、それに恐縮したイシクさんが私に視線を送ってきたので、静かに首を横に振った。
これ以上『聖女』の噂が大きくなるのは困る。
「シーナ、俺達も教会の中に行こう」
イシクさんが女性に気を取られている隙をついて、フェリオがコソッと耳打ちする。
見れば、コウガは既に教会の入口に向かって歩いていた。
確かに、人が少ないとはいえ、広場には他の人の目もある。
何度も振り返り、頭を下げながら帰っていく女性を見送るイシクさんを残して、私達が教会へ入って暫くすると、イシクさんが慌てた様に戻ってきた。
「よかった、まだいらっしゃった!やはり聖女様のお力は凄いですッ!!ありがとうございました」
彼女の回復を見たイシクさんが、もう平伏してしまうんじゃないかって程に拝み倒してくる。
『勘違いしてはいけません。この薬は、身体を借りているこの錬金術師が錬成したものです』
「え?それは・・・どういう?」
フェリオの言葉に、聖女アメリアの神業と信じて疑わなかったイシクさんは、怪訝な表情を見せる。私も、うっかり首を傾げてしまいそうだった。
折角マメナポーションを広めてもらえそうなのに、どうして?
『この世界に、正しく聖水と呼ばれるものなどありません。先程の薬も、状態異常を回復する効果のある、マナポーションの一種です』
「状態異常?それは、どんな?」
『影魔蜜蜂の蜜による中毒と、影の魔力による浸食です』
「影の魔力!?」
影の魔力という単語に、イシクさんの目が驚愕に見開かれる。
『そして、その症状の原因が・・・ここで配られている聖水なのです』
「なッッ!――――――そんなはずはありません!!聖水はグレゴール司祭がこの町の人々の為にと・・・」
『・・・イシク。貴方は気が付いていたのでは無いですか?町の人達の異変に』
―――え?そうなの?
本当に?とイシクさんを見れば、彼は苦渋に充ちた顔で、けれど否定の言葉は口にしない。
「・・・やはり、聖女様なのですね。僕にお告げを下さっていたのは」
お告げ?そんなのあったの?でも、それ人違いです。
とは言え、今更否定するわけにもいかないので、曖昧に微笑んでみる。
私の表情から勝手に肯定と受け取ったらしいイシクさんは、受け入れ難い現実を振り払うように頭を振り、ブツブツと独り言を溢す。
「・・・しかし、僕には到底信じられません。グレゴール司祭がそんな危険なモノを人々に配るなど。それに、どうやって・・・」
私はと言えば、さて、この後どうするつもりなのかとフェリオの考えを読みながら、ふと視線を彷徨わせる。
すると自身の右腕から流れる青色のラインに気が付いた。それは真っ直ぐアメリア像まで伸びて、今朝は黒紫だった魔方陣の形を青く浮かび上がらせている。
・・・・・・あッ、忘れてた。
そう言えば腕輪をしたままだったと、今更ながらに思い出す。
うっかり魔力が奪われ放題だし、流石に外そう、と腕輪に目を向けると、それはカタカタと細かく振動していた。
え?と慌てて腕輪に触れようとした瞬間・・・パキッと自壊した腕輪から、貯まりに貯まった青色の魔力がブワッと溢れ出て、それと同時に―――。
―――――ドゴッッ
床下から、振動と共に異様な物音が響いた。




