自損事故
カツカツと高いヒールの音を響かせて、カロリーナ・スフォルツァが歩を進めると、伝説上の預言者宜しく、大樹守りの兵士達が一斉に道を開け膝を折っていく。
異様なその光景に加え、彼女の真っ赤な眼と、背筋からゾワゾワと広がる悪寒が、ソレが影憑なのだと改めて実感させる。
「───スフォルツァさん」
私がその名を呟くと、正面に立った彼女が不愉快そうに眉を顰めた。
『勝手に人の名前を口にしないで欲しいわ。私、アナタに呼ばせる名前は持ち合わせて無いのだけど』
人を見下すその物言いと視線に、影憑になった今でも彼女の性格は変わらないんだな、などと余計な事を考えてしまう。
「カロリーナ・スフォルツァ、彼等に何をした」
そんな彼女の言葉を無視して、ラインさんが厳しい声音で問い質す。
『・・・ふぅ。そんな怖い声を出さないで?私、恐ろしくて震えてしまうわ』
恐ろしいなんて微塵も思って無い顔でそう嘯いたスフォルツァさんは、大袈裟に自分の両腕を抱き締めて身震いして見せる。
それと同時に、辺りにブワッと甘ったるい香りが広がり、充満していく。
すると、大樹守の兵士達が此方に向ける視線に、より一層の敵意が籠もる。
この香り、覚えがある。
カリバでの事件の後、スフォルツァさんの工房を訪れた時。部屋に染み付いていた、この香り。そう、ヤランヤランの特徴的な甘い香り。
すると、私達よりも一歩前に立っていたフォルニさんの身体が、突然グラリと傾いたかと思うと、その場で膝を折りスフォルツァさんに向かって頭を下げた。
その、彼女を取り巻いている大樹守の兵士達と同じ様子に私は焦る。
まさか、フォルニさんもスフォルツァさんの魅了に掛かってしまったの⁉
───ハッッ!じゃあ、他の皆は?
慌てて振り返った私の視線の先には・・・平然と立つ四人の姿。
スフォルツァさんに向けていた視線には、依然厳しさが宿り、突然振り返った私に少し驚いた様に此方に向ける視線には、柔らかな光を湛えていた。
良かった、彼等は大丈夫みたい。
その事に不思議なほどの安堵を覚えたのは、彼等が敵にならなかった事への安心感なのか。
もし彼等から敵意の篭った視線を向けられたら・・・彼等がいつも自分に向けてくれる様な視線を、スフォルツァさんに向けたとしたら・・・そんな事を考えるだけで、心臓がギュッと縮み上がり、ドクドクと鼓動が跳ね上がる。
それは不安や恐怖だけじゃなく、嫉妬や独占欲が混ざった、陰りを帯びた感情。
私が嫉妬するなんて、ましてや独占欲を抱くなんて、烏滸がましいにも程がある。
私って、本当に身勝手だよね。
「おい。なんの冗談だ」
私が、自身の負の感情に向き合っている最中、まるで心の中を見透かしたようなヴァトナ族長の言葉が、凹んだ私の胸中にグサッと追い討ちをかける。
「ふざけているのか?」
視線を辿ればフォルニさんに向けられていると分かるけれど、今の私には自分に言われている様で、正直痛い。
とは言え、自損事故で傷付いて凹んでいる場合じゃ無かった。
まずはこの状況をどうにかするべきだよね。
方法は分からないけれど、スフォルツァさんが皆を魅了しているのは間違い無い。
恐らくあのヤランヤランの香りが関係しているだろうけど、ヤランヤランは香りだけで人を惑わすような力は無いはずだから、大本はスフォルツァさんの存在自体に起因しているはず。
マメナポーションで回復できるだろうけど、また魅了を使われたら堂々巡りになりそう・・・。
───バシッ!!
なんて事を考えていたら、いつの間にかヴァトナ族長がフォルニさんの胸倉を掴み、その頬を平手で打ち据えていた。
「わぁッ!待って下さい。フォルニさんはスフォルツァさんの魅了に掛かってしまっただけで、取り敢えずはこのポーションを飲めば治りますからッ」
変に落ち込んでいたらフォルニさんが犠牲になってしまった。
「フォルニさん、大丈夫ですか?」
私が飛び付く様にしてヴァトナ族長の腕からフォルニさんを救助すると、その頬は赤く腫れて痛々しい事になっている。
うわぁ。ヴァトナ族長って容赦ない・・・。




