取引
「民に、希望?」
「そうだ。我が見出だしたお主が、まずはこの国に多くの水を齎し、その功績をもって我は大司教となる。さすれば我は教会の在り方を正す力を得て、更に多くの民に希望を与えてやる事ができるのだ」
それって・・・結局はこの人が大司教になりたいだけなんじゃ。
それに、私のことを偉そうだなんだと言っているけれど、"与えてやる"だなんてそっちの方がよっぽど偉そうじゃないか。
そんな、呆れ果てた私の視線に気付かない司教様は、更に続ける。
「お主は今、あのアクアディアの貴族に雇われておるのだろう?だが、貴族ではお主を本物の聖女にはできんぞ。我々教会が認めなければ、聖女と名乗る事など出来んのだからな」
いやいや。聖アメリア教会が聖女様を信仰しているからって、教会に聖女を認定する権限なんて無いんじゃない?
そもそも、聖女って認定されてなるものじゃないでしょ。
でも、この人の企みは大体把握できた。あとはこのまま少し様子を見て、協力するふりをすればフェリオを解放して貰えるかも。
「それにしても、アクアディアの貴族に双角の鬼人、しかも獣人まで。取り巻き共も中々の顔ぶれではないか。まぁどうせ、薬とその顔と身体で籠絡しておるのだろうが、それだけのツテがあれば各国から水を調達することも容易いだろう。なんとも恐ろしい女だの」
さっきから聞いていれば好き放題いってくれちゃって。皆の事を取り巻きだの籠絡されただの。なんて酷い侮辱!
あぁ〜ッッ!言い返したいぃぃ!!でも我慢んんん。
「・・・ふぅ。では貴方は、私に聖女のフリをして水をばら撒けって言っているのですか?その報酬に教会公認の聖女にしてくれると?」
「あぁそうだ。なに、今までとやる事はそう変わらんよ。ただ、我のいう時と場所で水を撒けばいい」
「もし断ったら?」
「そうだのぅ。そうなれば、お主を世界樹に危害を加えた犯人として地下牢に拘束するまでだ。勿論、そこの妖精もその檻から出す事はできんだろうな」
「私は世界樹の異変とは無関係です。それに、教会に私を拘束する権限なんてあるんですか?」
例え私が犯人だったとして、いくら教会が世界各国に広がる組織だったとしても、拘束する権限なんて無いはずだ。
「権限?我々教会は世界の安寧を担っておるのだぞ。その安寧を脅かす者を捕らえるのだ。我々以外、誰がその権限を持つというのだ」
なにそのトンデモ理論。
それってこの世界の常識なの?
それに、世界樹に危害を加えた犯人としてって、やっぱり私が疑われているの?
・・・あれ?でもそれなら流石に手を貸せなんて言わないか。
じゃあ冤罪だと分かっていて、それを利用しようとしてるの?
「だからといってなんの証拠も無く、私を捕らえる事なんて出来ないはずです。世界樹の異変の原因は分かっているんですか?」
ここでただ彼等の要求に頷くだけでは、状況の把握が出来なくなる。だからなるべく話を引き延ばして、彼等から情報を聞き出したい所だけれど───
「おい!さっきから偉そうに!あの異変はお前がやったに決まってるだろう。お前が世界樹を害し、自分で治してみせて恩を売ろうって魂胆なんだってな!」
それまで控えていたソバカスの兵士が、突然怒りも露にそう怒鳴り散らす。
いやいや。今までの話聞いてた?
私、この司教様に脅されてるんだよ?
「これ、そういきり立つな。お主は黙っておれ」
「はッ!失礼しました」
その兵士は、司教にそう諭されると直ぐに大人しくなり、何事も無かったかの様にスンと鎮まると、直立したままどこかボンヤリとした様子で立ち尽くす。
その異様なまでの感情の起伏は、なんとも空恐ろしいものを感じさせる。
「───それで?我に協力するのか、否か。答えを聞こうか?」
どうやら情報収集もここまでらしい。
今はフェリオを取り戻す事だけを考えなければ。
「・・・分かりました、貴方に協力します。でも、それにはパートナーの協力と私の魔法鞄が必要です。フェリオを、私のパートナーを解放して下さい」
「良いだろう。この檻はこの部屋に置いて行ってやる。ただし、鍵を開けるのは仕事をする時だけだ」
「なッ!?」
文句を言いかけた私に、フェリオがチラリと片目を開けて此方に合図を送ってくる。
「───分かりました。それで良いです」
「ふん。漸く自分の立場を理解したか。ではどうやって聖女の真似事をしているのか、教えて貰おうか」
・・・それは不味い。本当の事を話したら、この司教は更に私を利用しようとするかもしれないし、錬水の条件がアレ過ぎて説明のしようも無い。
だからといって嘘の説明をするにしても、直ぐに代わりの方法も思いつかないし・・・。
「それは・・・魔法鞄に入れておいた水を、こう、なるべく遠くに───」
私も皆も水魔法使いじゃないから、水を自在に操る事は出来ない。
だから私が出来るのは精々自分から少し離れた所に水を出す事だけだ。
この人達は雨も私が降らせていると思ってる。まぁ、間違いでは無いけど。
ここはやっぱり雨は自然現象で押し通す?でも今までの態度を見る限り、出来ませんでは済まされない気がする。
なんとかその辺を濁して説明出来ないかと、しどろもどろになる説明に、司教様は眉を顰めて怪訝そうに私を見る。
どうしよう。どう説明すれば───
「ヴッ・・・ウヴウッ───」
更に焦って頭が真っ白になった私の耳に、不意に獣の唸り声のような音が入ってくる。
驚いて視線を上げると、先程までボンヤリと立ち尽くしていたソバカスの兵士が、苦しそうに唸り声を上げ、ブルブルと震え出していた。
えッ何?この人大丈夫?何か病気の発作か何かじゃない?
「司教様。後ろの彼、明らかに様子が奇怪しいです。病気の発作か何かでは?」
「チッ。もう切れたか、仕方無い」
すると振り返った司教様は小さくチッと舌打ちをしたように聞こえた。
「あぁ確かに。コヤツは少々持病が有りましてな。今日はこの辺で一度退室するとしよう」
そんな彼の様子を確認した司教様は、発作を起こしているであろう彼を気遣うでも無くそう言うと、ゆっくりと腰を上げた。
「あぁそうそう。この部屋から出ることは出来んが、妖精は置いて行ってやろう。もし錬金術が必要であれば材料は用意してやるが、錬成は我の目の前でしてもらうぞ」
司教様はそう言うと退室し、部屋には再び外から鍵を掛ける音が響いた。




