世界樹
そうして一抹の不安を残しながら、その日の交渉は一応の決着を迎えた。
そこで私達は、ヴァトナ族長にお願いして世界樹を間近で見せて貰うべく、世界樹へ真っ直ぐに延びる白い石畳の上を歩いている。
この石畳の両側には車が1台走れそうな程大きくて深い水路があり、サラサラと綺麗な水が流れているけれど、その大きさ対して水量は明らかに少ない。
この状態で水路に落ちたら痛そう、だけでは済まないかもしれない。気を付けよう。
「シーナ、落ちるなよ?」
「いや、落ちないよ」
水路を覗き込む私に、同じ事を感じたのかフェリオがそう釘を刺してくる。
でも、フェリオが言うとフリに聞こえてしまうのは何故だろう。いや、絶対落ちませんよ?
それにしても、私達が過ごした建物からでも大きく感じた世界樹は、近づくにつれ更にその大きさと存在感が増している。
その証拠に、フォルニさんと話し込んでいたラインさんも、さっきまで欠伸をしていたコウガも、私と同じ様に水路を覗き込んでいたナイルも、つい立ち止まって世界樹を見上げてしまっている。
そうして世界樹の根本へと到達すると、樹の大きさに比例して大きく空いた樹洞と、そこに取り付けられた重厚な扉が目を引いた。
夢の中ではこの扉の先の空間にラウレルールさんが眠っていたんだよね。
「世界樹の中に入れるんですか?」
ここまでの景色は、私が見た夢の景色とほぼ一致している。
ここまで来てただの夢だったとはもう思えないけれど、ラウレルールさんの存在を確認したい。
「いや、この中はとても神聖な場所だ。定めされた者以外、入ることは許されない。世界樹の治療に必要であれば検討するが、先ずはどのように治療を行うのか説明を聞かなければ判断出来ない」
「そう、ですよね」
神聖で大切な世界樹の繊細な樹洞の中だ、誰でも入れる場所では無いんだろう。
それに、夢の通りならこの中に賢者の柩があるのだ。希少な上に世界樹にとって必要不可欠な魔道具を、無防備に公開しているはずも無い。
それにしても・・・こうして間近で見ると世界樹の枯れ具合が相当深刻なものだと分かる。
カサついた樹皮は新しいものと入れ替わる事無く所々剥がれ、枝にはやはり葉の一枚も見つけられない。
これでまだ生きているのかと心配になる程に、世界樹は深刻な状態だった。
「それで、世界樹は治療できそうか?」
「一応考えはあります。ただ、効果が一時的になってしまうので、それを解決するまでは」
「ほう?策があると」
「色々と確かめてみないと確実ではありませんが」
「そうか。ならば気の済むまで確かめてみると良い。本来であれば世界樹の周りも立ち入りは禁じているのだが、君と友人達の出入りを認めよう」
「ありがとうございます」
どうやら今私達が案内されている場所も、本来であればおいそれと立ち入れない場所らしい。
それを認められたという事は、少しは信頼してくれていると思って良いんだろうか。
「触れても?」
「あぁ。構わない」
ヴァトナ族長の許可を得て、世界樹の幹に触れてみる。
『世界樹を守って───ラウレルールを助けて』
するとグッと引き込まれる様な感覚と共に、夢で聞いた声が再び私の頭の中に響いた。
そのまま強い眠気を覚え夢の中へ引き込まれそうになり、身体がグラリと傾く。
「どうした、大丈夫か!?」
崩れ落ちる私の身体を支えたヴァトナ族長の鋭い声で、なんとか意識を取り戻した私は、まだ少しぼうッとする頭で声の主を振り仰ぐ。
「あ・・・と、大丈夫、です。すみませんンッ!?」
声を発した事で更にハッキリした意識の下、背後から抱き止めた格好で覗き込むヴァトナ族長の美し過ぎる顔が目の前に迫っている事に漸く気付いた私は、その状況を意識した途端、覚えのある感覚が湧き上がるのを感じた。
ブワワッと魔力が膨れ上がり、弾けそうな感覚。
───これは、マズイッッ!
弾けるッ!と思った瞬間、身構えて固くなった私の身体がグイッと強い力で引き起こされ、ヴァトナ族長の腕の中から引き離された。
「ナイル?」
その衝撃で錬水の衝動が霧散し、なんとかヴァトナ族長を水浸しにしないで済んだけれど、普段に無い強引さで私の腕を引いたナイルに、感謝と同時に少し戸惑う。
「うん?姫、大丈夫?旅の疲れが取れてないんじゃない?」
「あ、うん。大丈夫、ありがとう。ヴァトナ族長もありがとうございました。旅の疲れが出たみたいです」
「そうか。世界樹についてはこの通り余り猶予は無いが、1日2日でどうにかなるものでも無い。先ずはゆっくり休むといい」
「ありがとうございます。ではもう少しこちらで世界樹を見せて貰ったら、今日は休ませて頂きます」
「それが良いだろう。私は戻るが、フォルニを残しておく。何かあれば彼に言うと良い」
「分かりました。案内して下さってありがとうございました」
そう言うと、ヴァトナ族長は来た道を戻って行った。
気が付けばラインさんは再びフォルニさんと何事か真剣な表情で話し込んでいるし、コウガに至っては世界樹に凭れて気持ち良さそうに目を閉じている。いや、流石にそれ、怒られない?
「さっきはごめんね。腕痛くなかった?」
すると、ナイルが申し訳なさそうに眉を下げ、さっき掴まれた腕をそっと取って撫でる。
確かに、あの時はいつも物腰の柔らかいナイルにしては珍しく強引な感じがしたし、ヴァトナ族長にも失礼な態度だったと言える。
「うぅん。痛くはなかったよ。でも、ちょっと驚いたかな」
「うん、ごめん。ちょっと無駄な抵抗?しちゃったんだよね」
「無駄な抵抗?」
「そう。無駄な抵抗」
そう言ってニコニコと笑うナイルは、それ以上は教えてくれなさそう。
「そうだ。ちょっと世界樹の裏側まで行ってみない?」
やっぱり。
私が何か言う前に、ナイルは話を逸らすようにそう言って、世界樹の周りをぐるりと囲む石畳の通路を指差した。




