交渉の余地
「私も、イルフリート王とティサネッテ王妃とは面識がある。アクアディア王国に善き王が即位したと喜ばしく思ったものだ。故に影憑に襲われたと聞けば憤りを覚える所ではあるし、君の事を思えば必死になるのも頷ける」
ヴァトナ族長はそこで一度言葉を切ると、一つ深いため息を吐き出すと、俯いた顔に落ち掛かった長い髪をサラリと掻き上げ、表情を引き締めてラインさんを見返した。
「しかし、今現在は国交が断絶している最中。その問題も解決しない内にその様な願いを口にするのは、流石に些か厚かましいのではないか?」
要するに、同情はするがそれとこれとは話が別。という事だろうか。
でも、私はその理由を知らないけれど、ヴァトナ族長の口振りからすると、ラインさんがこの交渉に臨むに当たって並々ならぬ思いを抱いている事を分かっていて、その理由も把握している様に感じる。
それでも尚、これ程厳しい事を言うからには、きっとあちら側にも譲れない事情があるのだろう。
「勿論、フィヤトラーラ様にデセルト・アステラが行った無礼な振る舞いについて、謝罪と賠償を行う事に異存はありません。あの場にデセルト・アステラが居たこと、フィヤトラーラ様に近付けてしまった事、全くもって此方の不手際でしかありません。本当に申し訳ありませんでした。先程も申し上げましたが、必要であれば錬金術師の派遣も致しますし、マナポーションの定期的な納品に関しても、出来る限り其方の要望に応えましょう」
いやいや。デセルト・アステラがどれ程の人物かは存じませんが、存在していた事が不手際って・・・何気に辛辣では?
でも、その人の所為でこの交渉が拗れてるんだから、苦々しく思うのは理解できるけども。
「いや。先ほどフィヤトラーラが言ったように、傲慢な錬金術師を寄越された所で、此方に利はない。それとも、やはり其方の錬金術師を派遣してくれるのか?」
ラインさんの提案をバッサリと切り捨てたヴァトナ族長が、再び私へと視線を向ける。
「いえ・・・申し訳ありませんが、それはできません」
平行線を辿る交渉に、その場の空気がシンと静まり返るのを感じ、そうまで言われるならいっその事少しの間だけでも私がウールズで働けば・・・なんて思い始めた頃、口を開いたのはフィヤトラーラ様だった。
「今回の件、私はアクアディア王国側の謝罪を受け入れます。ですのでこれ以上の謝罪も賠償も必要ありませんわ」
「ですがそれでは───」
「構いません。謝意は十分伝わりましたし、国境の封鎖は少々度が過ぎる対応だったと思っております。勿論、これからも優先的にポーションを取引して頂ける事に異論はありませんが。それに・・・残念ながら、此方としては貴方の要求を聞き入れる事が出来ません。人命が関わっていると知っていながら協力出来ないのですから、この位の譲歩は必要かと」
フィヤトラーラ様がそう言うと、ヴァトナ族長も同調するように頷いた。
「フィヤトラーラ本人がそう言うのであれば、この件に関してはこれ以上何も言うまい。だが彼女の言う通り、賢者の柩に関してはどんな条件を出されたとしても貸し出す事は出来ない」
分かっていた事だけど、こうもはっきりと断られては交渉の余地も無い。
だからと言って今私がラウレルールさんの話を出した所で、『夢で見た』なんて言って信じて貰えるだろうか?逆に怪しまれて警戒されるかもしれない。
うーん。どうにか上手いこと話を切り出したいけど、タイミングが掴めない。
「理由を伺っても宜しいでしょうか」
そうやって口を開くことを躊躇していると、意気地の無い私の代わりにラインさんが先に口を開いた。
「第一に、賢者の柩は聖女アメリア様より賜った物だと語られている。国宝、いやそれ以上の価値のある物故、そう易々と他国へ貸し出せる筈も無い」
「貴重な物であることは重々承知しています。貸し出しが不可能であるならば、此方に陛下方をお連れしますので、使用させて頂くだけでも良いのです」
例え助ける為とは言え、一国の王を、しかも心臓を貫かれた状態で他国へ連れ出すなんて、簡単な事では無いだろう。でも、それだけ賢者の柩という魔道具に可能性を見出だしているという事だ。
ラインさんの悲痛とも思えるその願いは、その表情、その声音から痛いほど伝わってくる。でも───
「申し訳無いが、それも出来ない。現在、我が国の賢者の柩は世界樹の生命維持の為に使用している。それがどんなに重要な人物であったとしても、世界樹の存続と比べられるものでは無い」
夢の中でも、ラウレルールさんは世界樹を守らなければって言ってた。じゃあ、ラウレルールさんが柩の中で眠っているのは、世界樹の生命を維持する為?
それなら世界樹を復活させる事が出来れば、ラウレルールさんは目を覚まし、賢者の柩を貸し出して貰えるって事だよね。
でも、ラウレルールさんが世界樹の生命維持をしているって事は、世界樹が枯れていく原因は水不足だけが原因じゃ無いって事なのかな。
そうだとしたら、私がいくら水を創り出したとしても、それだけでは交渉材料にならないかもしれない・・・。
なんて、ここまで来てそんな事で躊躇してる場合じゃ無いでしょ、私ッ!!
「あのッ!その・・・もし世界樹が復活したら・・・考えてくれますかッ」




