〈その頃アクアディア王都では
アクアディア王都クヴェレでは最近、『聖女』の噂で持ちきりだった。
沢山の商店が並び、多くの人が行き交う大通りも、主婦達が噂話に花を咲かせる屋台通りも、神官達が日々祈りを捧げるアメリア聖教会までも、その噂を耳にしない日は無いほどに。
噂の発端は、なんと言っても『聖女様の水浴び』と呼ばれる現象がこの王都で起きた事。
それまでこの噂に半信半疑だった民達は、その現象を実際に目の当たりし、その奇跡に心酔していた。
そしたそんな中、何も無い所から沢山の水を湧出させ、水に困っている人達を助けてくれる一人の錬金術師の存在が、真しやかに囁かれ始めていた。
曰く、その女性は艶やかな黒髪に、青い眼を持つとても美しい人である。
曰く、その女性はケットー・シーを連れた錬金術師である。
曰く、彼女は何も無い所から水を出すことができる。
曰く、1日に数人、選ばれた者にのみ水を恵んで下さる。
そんな噂はアクアディア王都クヴェレの郊外、貴族の邸宅が並ぶ区画から少し離れた所に建つ、アステラ公爵邸にも届いていた。
そのアステラ侯爵邸のバラ咲き誇る庭園。
デセルト・アステラは恭しい仕草で薄水色の眼をした一人の女性の前で膝を折りその手を取る。
「聖女よ。是非、僕と結婚してくれないか?僕と結婚した暁には、貴女をこの国の王妃として迎えよう」
そしてその女性は、邪気の無い満面の笑みと共に頷いた。
「───はい。喜んでお受けしまぁす」
「ありがとう!まさか、僕の下にこのように可憐で美しい女性が舞い込んでくるとは、なんという幸運だろう」
「そんなぁ・・・あの時助けて頂いたのが、まさか公爵様のご子息だったなんて、私の方こそ凄く運が良かったですぅ」
「あぁ、僕の聖女。君はなんて可愛いんだろう。愛しているよ」
「デセルトさまぁ・・・私も、お慕いしてますぅ」
そして二人は抱き合い、互いの心を通わせ───
一見、ロマンチックなプロポーズの一幕に見えたその光景は次の瞬間、お互いに顔の見えない状態で彼等が見せた欲に満ちた表情により、その様相を変えた。
しかし、そんな彼等の様子を見ている者は誰もいない。
抱き合う彼等の足元で退屈そうに身体を伸ばし寝転ぶ、白に少し黒のぶち模様のある猫以外は。
けれどその猫もまた、自身の背についたヨレヨレの羽根の様なモノが邪魔なのか、酷く不愉快そうにそれを石畳に擦り付けるのに忙しく、彼等の様子など気に掛ている暇は無さそうだったが。




