森の国
───そうは言っても、人は慣れるもので・・・。
トンネル内を照すマナヒバの灯りは、何であれ綺麗な事に変わりない。
それに、あれは珊瑚と同じだと思えば、大丈夫。うん、遠目からなら大丈夫。
そんなトンネルも、段々と出口の光りが見え始め、近付くにつれて外の景色が見えてくる。
丸く切り取った絵画の様なその景色は一面が緑の木々で埋め尽くされ、流れてくる風からも濃い緑の香りを感じた。
そして、いよいよトンネルを抜けるとそこにあったのは森、森、森・・・。
ミーミル側の国境付近は拓けていて、国境警備用の建物なんかもあったんだけど、ウールズ側の国境にはそれすらも見当たらない。
通りで木しか見えない訳だ。なんて妙に納得しながら馬車はそのまま進み、まるで木々が自ら避けたのではと思わせる、森を縫うように整備された街道が続く。
「この辺りには集落とか無いのかな?」
アクアディアやミーミルでは、大きな町の途中にも小さな集落がいつくかあったけれど、国境を抜けてもうすぐ夕暮れだというのに家の一軒も見えないなんてあるんだろうか?
そんな私の疑問に、ナイルがチョイチョイと窓の外を指し示す。
なんだろう?とその指先を追ってナイルがしているように下から窓の外を覗き込むけれど、そこにあるのは豊かに繁った森の木々ばかり───
「あッ木の上!あれは・・・なに?」
見つけたのは木の上にある大きな塊。
木の枝が寄り集まって球状の塊になっているのだ。しかも良く見れば枝で足場や階段なんかも作られている。
「もしかして、あれが家?」
「正解。エルフは緑魔法が得意だからね。基本的には安全な木の上に家を作って暮らしているんだ」
「へぇ~。ツリーハウスってちょっと憧れるんだよねぇ」
「木な上なラ、何時でも連れてってやるゾ?」
身を屈めてエルフのツリーハウスに見入っていると、コウガがちょっと物騒な事を言ってくる。
だってコウガの場合、身一つで木の上にポーンて飛び乗る感じでしょ?
「安全に、ゆっくりリラックスできる所でお願いします」
「ウン?木の上ならどこもリラックスできるだロ?」
うん、それはコウガだけだと思う。
「多分、今日の宿はあんな感じになると思うから、楽しみだね」
私が返事に困っているとナイルがそう助け船を出してくれて、私は二つの意味でパァッと顔を輝かせた。
「え!あそこに泊まれるの?」
「多分ね。流石に今日の内にミョーサダールには着かないだろうし、この辺りで一泊するんじゃない?」
そんな話をしていると、ガタンと少しの震動と共に馬車がゆっくりと停車した。
「噂をすれば、かな?」
そうして降り立ったのは、少しだけ開けた森の中。でも、見上げればそこには幾つものツリーハウスが連なっていて、そこが集落だと分かる。
「お疲れ様でした。本日は此方でお休み下さい」
馬車を降り、フォルニさんに案内された宿は、大きな木の上に幾つもの部屋があり、まるで大きな木の実を撓わに実らせたようなツリーハウスだった。
「凄い!本当に本当のツリーハウスだ」
部屋までの階段は木から伸びた枝が手摺になっていて、部屋も密集した枝でドーム状に組まれ、大きな鳥籠の中みたい。
でも、階段のステップやデッキ、室内の床はきちんと板を張って整備されているから、居住空間としての快適性も兼ね備えている。
「気に入って頂けましたか?」
「はい、凄く素敵です!」
「それは良う御座いました。こちらからベランダへも出らるのですが、この木は一際大きな木ですから、眺めも良いかと思います」
「本当ですね!緑の絨毯みたい・・・綺麗」
フォルニさんに勧められてベランダへ出ると、ずっと続く森の木々がモコモコと柔らかそうな深緑の絨毯みたい。そしてその奥には夕陽に照らされ紅く浮き上がる世界樹のシルエット。
「───アッ!?」
つい身を乗り出してしまった私は、不意に手元の枝がグラリと傾いた事でバランスを崩し、手摺を越えて木の上から真っ逆さまに落ちそうなる。
───落ちるッ!!
そう思った瞬間、側に控えていたフォルニさんがガシリと私の前に腕を回し、落ちそうだった私の身体を支えてくれた。
いや、死を覚悟する高さだった。危ない危ない。
「大丈夫ですか!?」
「はい。すみません、ありがとう御座いますぅッ!」
ホッとして顔を上げれば、これまた想像以上に近い距離にあったフォルニさんの美しい顔。
うっかりドキドキしちゃったけど、雨が降らなくて良かった。フォルニさんもなかなかの美形だけど、どうやら彼は大丈夫そうだ。
「いえ、此方こそ申し訳ありませんでした。手摺の枝の強度に問題があったようです」
そう言ってフォルニさんが手摺の枝に手を添えると、その枝に添うように下から新たな枝が伸びて手摺を補強していく。
「凄い。これが緑魔法ですか?」
「ええ、私はこの魔法が得意でして。この手摺も今度は寄り掛かっても問題ないと思いますので、ご安心下さい」
「あ~・・・ハハッ。ありがとうございます」
すみません。私が容赦なく体重を預けてしまったばっかりに、お手数お掛けします。
「では、私はこれで失礼致します」
「はい。案内して下さってありがとう御座いました」
「いえいえ。私も確認したい事が御座いましたので」
「え?」
「いえ。なんでも御座いません。では、ごゆっくりお過ごし下さい」
フォルニさんはそう言うと部屋を後にした。
確認したい事ってなんだろう?部屋の安全性とか?
「おい、シーナ。大丈夫だったか?」
「うん。フォルニさんのお陰でね」
それまで部屋の内部を見て回っていたフェリオが、心配そうに肩の上に戻ってくる。
「アイツのお陰、ねぇ?」
「うん?なんか含みのある言い方だね」
「いや。普通、シーナが寄り掛かったくらいでそう簡単に木の枝が撓むもんかな、と思ってな」
「そう言われてみれば・・・もしかして私、太った?」
最近お米が美味しくてうっかり食べ過ぎちゃってたし、もしかしたら知らず知らずの内に余計なお肉が増えていた、なんて事も・・・。
「いや、そういうんじゃねーよ」
「そう?じゃあ私、大丈夫?太ってない?」
「あー・・・多分な」
「え!?多分って何よ、多分って」
「いや、うん。気にし過ぎだな」
「気にし過ぎ?じゃあ大丈夫って事?」
「そっちの話じゃねぇよ!・・・でもまぁ、気にするな。多分大丈夫だろ」
「え?うん?分かった」
結局、フェリオが何を言いたかったのかは分からないままだったけれど、その日は素敵なツリーハウスを満喫する事を優先した。




