マナヒバ
ウールズの国境にズラリと並んでたのは、白地に金と緑の糸で刺繍の施された揃いの制服を着た集団。
一般人のそれではない居て立ちに加え、剣や弓を装備している所から見ても、明らかに騎士とか軍とか呼ばれる類いの人達だろう事が窺える。
そしてそんな彼等の少し尖った耳と白く透き通った肌は、私が思い描くエルフ像そのままだ。
ただ一点違いが有るとすれば、彼等の髪が思いの外色彩豊かだった事だろうか。
主に緑の髪が多い様だが、濃淡も様々な上に茶色だったり金髪だったり、私のイメージするプラチナシルバーの髪の人は居なかった。
髪色だけ見れば、ナイルの髪が一番エルフっぽいのよね。
「あれは、大樹守の兵士ですね」
「大樹守?」
「はい。エルフの国であるウールズは、世界樹を頂点として崇めているのですが、その世界樹を守る為の組織ですね」
「世界樹を守る兵士、ですか?」
「ええ。まぁ、実質的にはアクアディア王国の近衛騎士と同じ様に、族長とその家族を守る事が主な仕事の様ですが」
なるほど、近衛騎士ね。でもそんな大樹守の人達が何故国境に?
そんな疑問を抱きつつも、トンネルへと到着した私が馬車を降りようとすると、ズラリと並んだ大樹守の兵士達が一斉に胸に手を当てて膝を折る。
それはまるで、神に祈りを捧げているかのようで、その異様な光景に馬車を降りようとしていた私の足がビクリと止まり───
「ひゃッ!?」
変な所で足を止めた所為でステップに中途半端に乗った足が滑り、ガクンとバランスを崩してしまった。
転ける!!と覚悟した私は、エスコートの為に手を伸ばしてくれていたラインさんに抱き止められた。
いや、うん。そこまでは良かったのよ。いや、ラインさんには申し訳無かったけど。
「大丈夫ですか?」
「はい。ごめんなさい、ありがとうぅッッ」
お礼を言おうと顔を上げた先に、思っていたよりもずっと近い距離にラインさんの顔があって、弾みでお互いの鼻先がちょんッと触れる。
「───ッッッ!?」
これはダメなヤツです!
───サァァァァァ・・・
はい。雨、降っちゃいました。
「ごめんなさいッ!」
「いえ、此方こそすみませんッ」
慌てて身体を起こして平静を取り繕う私に、完全復活したフェリオがククッと笑う。
「ククッ。その展開何度目だよ」
何度目って、それじゃ私がよく転けてるみたいじゃない・・・否定はできないけど。
「気を付けロ」
「姫、大丈夫?今度転ぶ時は僕の腕の中にしてね?」
「いや、俺に来イ」
「いや、転ばないからッ!」
後から降りて来たコウガと、別の馬車に乗っていたナイルまでやって来てそんな風に揶揄うものだから、私は今置かれている状況も忘れてそうツッコんでいた。
「御初に御目に掛かります、私はウールズより参りました、フォルニと申します。貴女様方を心より歓迎致します」
そんな私達をものともせず、恭しく頭を下げたのは、深い緑色の髪の美エルフ青年。
その後ろでは、降り注ぐ雨に打たれながら歓喜に沸く大樹守の人達。彼等もまた整った顔立ちをしている。
普段から顔の良い三人を見慣れているから見惚れはしないものの、これだけ美形が揃うと圧巻だ。
「ありがとう御座います。このように歓迎して頂けるとは思いませんでした」
「此方としましても、グトルフォス侯爵との交渉は進めたい所でしたので。それに・・・早速恩恵もありましたし」
フォルニさんはそう言ってニコリ笑う。ラインさんと話していたはずなのに、視線が私に向いた気がするのは気のせいだろうか?
「では、入国を許可して頂けるという事でよろしいでしょうか?」
「勿論でございます」
そんなフォルニさんにラインさんもニコリと笑い返し、二人して穏やかな笑顔で会話をしているのだけど・・・なんだろう、和やかなムードとは少し違うような?
これは、腹の探り合いというやつね。
まぁ、何を探っているのかは全く分からないんだけどね。
そんな遣り取りの後、私達はスムーズに国境を越える事ができた。
ただ、アクアディア王国の騎士に加えて大樹守の兵士達も加わって妙に仰々しい感じになってしまったのは否めない。
歓迎というよりは、監視する役割の方が強いのかもしれない。
そんな一団で向かうのは国境のトンネル。
覗いてみても出口は見えないけれど、トンネル全体がぼんやりと明るくなっている。
「あれは・・・ヒカリゴケ?」
トンネルに入ると、内部が明るかった理由が分かった。トンネルの壁一面に苔のようなものがびっしりと生えて辺りを照らしていたのだ。
「惜しい。あれはマナヒバっていうらしいよ。空気中の魔力を取り込んで光ってるんだって。後は等間隔に魔道具のランプも設置してあるけどね」
ラインさんはフォルニさんの馬車に同乗するという事で、ここからはナイルとコウガの三人で馬車に揺られている。
「・・・綺麗」
マナヒバの淡い緑色の光が壁面を覆い、文字通りの光のトンネルと化したそこは幻想的で、思わず声が漏れた。
「本当に綺麗だよねぇ。いや、可愛い、かな?」
「あぁ、そうだナ」
「え、可愛い?」
「うん、可愛い。マナヒバに目をキラキラさせて見入ってる姫の横顔が」
「なッ!?そういうの要らないから!」
コウガも!ウンウン頷いてる場合じゃ無いのよ?
トンネル内でうっかりドキドキしちゃったら、水難事故になりかねないんだからね?
「そう?素直な感想だったんだけどな」
「あぁ。マナヒバよりシーナを見ていたいイ」
「もう!揶揄わないでッ」
二人に揶揄われて、私はプイッとそっぽを向て窓の外に集中する事にした。
こっちが反応するから面白がるのよ。ここは精神統一してうっかり錬水しないように気を付けなきゃ。
「シーナ?」
「姫?ひーめ。お~い」
「・・・」
「・・・そう言えバ、マナヒバは最近まデ植物だと思われていたガ、実は魔獣の一種らしいゾ」
マナヒバに夢中で聞こえないふりを決め込んでいた私に、コウガがボソッと一言。
「え゛ッ!?アレ、生き物なの!?」
思わず叫んでしまった。だって、嘘よね?トンネルの壁にびっしりなのよ?あれが全部魔獣だなんて、そんな訳無いよね?
「そうそう。魔獣って言っても全く動かないし、危険は無いんだって」
顔に不安が出ていたのか、ナイルがそう教えてくれたけれど・・・。
「へ、へぇ~・・・そうなんだ」
なら問題ないのかな?いやいや、そういう問題じゃないのよ。
あの光っているのが全部生き物だと思うと・・・綺麗だと思いながらもスッと窓から身体を離してしまうのは、条件反射みたいなものよね?




