誘導
少しの沈黙の後、それまで無言で話を聞いていたコウガが口を開いた。
「謝罪の必要はナイ。母はどうか分からないが、俺はあの暮らしに不満は無かったからナ」
「いやッしかしそれでは此方のッ―――」
そう言い掛けて、レッキス様はハッと口を閉ざした。
「すまなイ。此方の気が済むかどうかナド、君には関係の無い事だネ。謝罪を受け入れる必要はないヨ。これはアタシの自己満足ダ」
コウガがそんなつもりで言ってなかったとしても、「謝罪の必要は無い」=「謝罪を受け入れない」とレッキス様は受け取ったらしい。
まぁ、コウガは本心で言ってる気もするけれど、それは私がコウガをよく知っているからそう思うだけで、謝罪している側からすればそう感じてしまうのかもしれない。
「でも今の話を聞いテ、少しでも思うところがあったなラ、アイツと・・・バトーと少しでも言葉を交わしてやって欲しイ」
「いや、俺は――――」
「あぁ、ホラ。噂をすればなんとやら、ダ」
明らかに断ろうとしたコウガの声に被せる様に、レッキス様はわざとらしく何かに気付いた様に私達の後ろを示す。
振り返れば、そこにはグェイア総長が立っていた。
「君もバトーと似て無口な様だかラ、無理に話すことはナイ。ただ、アイツの言葉に少しでも反応を返してやってくれると嬉しイ」
多分、レッキス様は初めからこの二人を対面させるつもりだったのだ。
今にでも席を立ちそうに腰を上げているコウガにとってみれば、要らぬお節介だったかもしれないが、今の話を聞いてしまった私としては、話してみるのも良いんじゃないかな?と思う。
「コウガ。じゃあ、私は先に行くね」
「いや、俺も―――」
「本当に?このまま国を出て良いの?」
「・・・」
「少しだけでも嫌?」
「・・・」
私が聞くと、コウガは珍しく不満を顔に出しながらも、もう一度椅子に腰掛けた。
その様子を見ていたレッキス様が、離れた所にいたグェイア総長に合図を送る。
「じゃあ、アタシ達は先に入ってようカ」
「そうですね。コウガ、じゃあ私は先に戻るね」
「―――ッッ!?・・・分かっタ」
少し緊張しているのか、耳が横にピンッとして尻尾が地面をベシベシと叩いているけれど、そんな姿が珍しくてちょっと可愛い。
そんなコウガを残して、私はレッキス様と共に迎賓館の中へと向かう。
すると、蓮池の庭園から少し歩いた人気の無い庭園沿いの通路で、レッキス様がふと足を止めた。
「そう言えバ、昨日の雨は珍しかったネ」
「そッそうですね」
この世界では雨が降ることも珍しい。しかも、晴れた空に大量の雨が長く降るなんて事はそうそう無い。
だから世間話としては至極普通の会話なんだけど、雨を降らせた本人としてはギクリと肩を震わせる一言だった。
「この辺りは神掛山に近いかラ、他の地域よりは雨が降るんだガ、あんな風に降ったのは初めて見たヨ。まるで、アクアディアで最近話題の『聖女様の水浴び』のようダ」
「えッ?あぁ、そうですね」
『聖女様の水浴び』の単語に、同様を隠し切れない私に、それまで存在感を消していたフェリオが笑いを含んだ小声で囁く。
「ククッ。ソウデスネ、しか言ってないぞ」
仕方無いじゃない。なんて返せば良いのか、咄嗟に思い浮かばないんだから。
それに、まさかこんな所まで噂になってるなんて思わないじゃない。
「なんでも、『聖女様の水浴び』はアクアディアの南から段々と北上しているらしイ。シーナ殿も其方の方から来たと聞いたんだガ、何か知らないかイ?」
あれ?これってもしかして、探りを入れられてる?でも、それだけで私が雨を降らせてるなんて思わないよね?だって、いくら錬金術師でも"水を生み出す"ことは不可能だっていうのが、この世界の共通認識のはずだし。
「いえ、私も噂を聞く程度ですよ?」
「そうカ。メイリンから崖上から大量の水が溢れるなんて現象を見たと聞いたかラ、もしかしたらシーナ殿が噂の聖女様なのでハ、と思ったんだけどネ」
うわぁ。そうだった!崖上でもやらかしてたんだった!!
あの時は気にしてない風だったけど、メイリンもしっかり記憶してたのね。
「そッそれは・・・」
どうしよう。なんて言えば誤魔化せる?
「姫!迎えに来たよ」
私がなんと言おうか迷って口籠っていると、これぞ正に天の助けとばかりにタイミング良くナイルがやって来て、サッと私を庇うように然り気無くレッキス様との間に割って入った。
「東屋からこっちに向かうのが見えたのに、なかなか帰って来ないから心配したよ」
どうやらあの部屋の窓からは蓮池の庭園がよく見えるらしい。
アスバン様と話し込んでいたのに、いつの間に私の行き先を把握していたのか。いや、助かったけども。
「すまないネ。少し話し込んでしまったようダ」
「話の途中だった?このまま戻ろうと思ってたけど、まだ話すならさっきの部屋に戻ろうか?」
「いや、そう重要な話でも無いかラ、そのまま戻ってくれて構わないヨ」
「そう?じゃあお言葉に甘えて。そうそう、姫が珍しく真面目で優しい凄腕の美人錬金術師だからって、不可能を可能にすることは出来ないからね?」
ナイルさん。言外にチクリと釘を刺しレッキス様を牽制するのは分かるけれど、本人の前で凄腕とか美人とか要らない単語は省いて下さい。居たたまれないので。
「フッ・・・そうカ。なに、少し聞いてみただけだヨ。それに、国の恩人である凄腕の錬金術師様にこれ以上を望むコトはしないヨ」
「それならいいんだ。じゃあ、僕達はこれで失礼するよ」
「あぁ。明後日には出発だろウ?今日はゆっくり休んでくレ。ではナ」
言葉の通り、レッキス様はそれ以上追及すること無く、あっさりとその場を後にした。
基本的にはサッパリとして気持ちの良い方なのよね。
「姫、大丈夫?」
「うん。ナイルが来てくれて助かったよ」
「シーナ、殆んど誤魔化せて無かったからな」
「確かに。あの様子じゃ誤魔化しきれて無いだろうなぁ」
「うッ・・・ごめん」
「まぁでも、あの女なら姫を無理矢理利用しようとはしないだろうから、大丈夫じゃないかな」
最近、私が水を生み出している事が周囲に悟られる事が増えている気がする。
もっと気を付けないと!それとも、錬水の衝動を抑えられる様にもっと精神を鍛えるべきか。
でも水は必要だから、どうにか錬水の衝動をコントロールして、自由に水を創り出せるようになれれば良いんたけど・・・。
そんな事を考えながら、私は部屋に戻った。
コウガの事も心配だったけれど、グェイア総長とならきっといい方向に向かう。そんな気がしていた。
今年も『シーナの錬金レシピ』を読んで下さり、ありがとうございます!
来年も皆様に読んで頂けるよう、頑張って更新するのでよろしくお願いします。
2022.12.30




