価値と価値観
ぶつかる勢いでドンッと抱きついた私を、コウガは微塵も揺らぐこと無く、しっかりと受け止めてくれる。
しかも、ギュッと抱き締められたかと思えば、その体勢のまま頭をぽんぽんと撫でられ、耳元でコウガの低い声が響く。
「俺の方こそ済まなかっタ。家の事に巻き込んデ、危険な目に遭わせタ」
「コウガは悪く無いよ。だって、私が森に入らなければ、影黒豹やコウザに襲われる事も無かったはずだもん」
今回、私がメイリンさんに着いていったのも、コウガが狙われたのも、コウガの所為じゃない。
私が不注意にも森になんて行ったから、コウガが助けに来る羽目になって、そこをコウザに狙われて・・・ん?どうしてコウザはコウガが森に来ると知ってたんだろう。
私が助けを求めなければ、コウガが森に来ることなんて無かったのに。
「いや、そもそもメイリンを唆してシーナを森に連れ出したのはハ、コウザの母親の仕業ダ」
「えッ!?そうだったの?」
「あぁ。だから、俺の所為で間違いなイ」
「でもそれって、コウガの所為じゃなくて、コウザのお母さんの所為だよね?」
「フッ・・・そうだナ。じゃあ、今回の件は終わりにしよウ」
「そうだね。じゃあ、そろそろ・・・」
何気に抱き合ったまま話しているけど、コウガがずっと耳元で喋るから実は結構やばい。ずっと耳が擽ったくて、それ以上に心臓に響くから、雨が一向に止む気配が無い。流石の私も魔力切れになりそうな勢いだ。
だからそろそろ離れようと腕の力を抜いた私を、コウガは逆により強く抱き締めてくる。
「コウガ!?」
「やっと捕まえたんダ、まだ離さなイ」
「捕まえたってどういう―――」
「・・・最近、どうして避けてタ?」
「えッ!?」
昨日今日と色々有りすぎてすっかり忘れていたけれど、誓いの輪の事で確かに皆のことを避けていた。
そんなに長い間じゃ無かったし、それなりに自然に振る舞っていた気がするのに・・・バレてたんだ。でも理由を明かすのは・・・。
「顔を合わせたく無かったカ?嫌いになっタ?」
なんて考えていたら、コウガの悲しそうな声が耳に直接響いてくる。
「違うの!嫌いじゃない。そうじゃなくて、その逆って言うか、その・・・私が悪くて」
「シーナ?」
「・・・えっと」
どうしよう。なんて言えばいい?正直に話す?でも気の多い奴だって、皆に呆れられて、嫌われたら?あぁ、最低だ。嫌われるのが怖くて言えないなんて。誠実じゃ無い。嫌われて当たり前だ。でも、やっぱり怖い―――。
グルグル考えて結局何も言えない私に、声を掛けたのはナイルだった。
「姫、もしかしてその腕輪の所為?最近、そうやって隠してるよね?」
私が無意識に握り込んでいたコウガの誓いの輪を指して、ニッコリと笑う。
「うッ・・・」
まさか、そこまでバレてるなんて。
「中央の宝石に色が付いたよね。それに、僕のアンクレットの宝石にも。嬉しいな」
そう言ってしゃがみ込むと、ナイルは私の足首で揺れるアンクレットに軽く触れる。
「うぅッ・・・」
もう全部お見通しって事なの?
そこまでバレているならこれ以上誤魔化す事は出来ない。ここで適当に逃げたら、それこそ不誠実だ。
私は、そっとコウガの腕の中から身を起こす。すると今度はコウガもスルリと腕の力を抜いてくれたから、そのまま後に下がり頭を下げた。
「ごめんなさい!」
「姫?」
「シーナ?」
「・・・二人に貰った誓いの輪、どちらも色付いてて。これ、大事なものなのに・・・二人とも、なんて」
それにきっと、今の私はラインさんの事も同じくらい好きだと思っている。
「なんだそっちかぁ、よかった。姫はみんな好きだから悩んでるんだよね?」
「うん」
「それってダメなこと?」
「だって、不誠実でしょ?同時に何人も好きになるなんて」
「そうかな?僕の国は一夫多妻制だし、種族によっては一妻多夫の種族だっているよ?」
「でも・・・」
ナイルの国では良くても、全部が全部そうとは限らない。私は生まれも育ちも日本だから、一夫多妻も一妻多夫も馴染みなんて無いし、この世界でもそういう価値観の人はいるだろう。
「まぁ、確かに独り占めしたいって思う事もあるけどね。でも、なんだろうなぁ。姫は独り占めしちゃダメな気がするんだよね」
「確かに、シーナさんは皆で守るべき存在だという気がします。それが私に与えられた役割だとも」
「シーナはそのままでイイ」
私はそんな大層なモノじゃない。そう言おうとして、言葉が詰まる。
この世界にとって、私は"大層なモノ"だという事に気付いてしまったから。
今の所、私はこの世界で唯一水を生み出す事が出来る存在だ。そんな風に打算的に考えていなくとも、皆が無意識にそう思うのも無理の無い事かもしれない。
それは私が好きだからとか、そういう気持ちじゃ無くて・・・。
「だからさ、今は一緒に居てくれるだけで良いんだよ。僕達にとっては、姫が離れていく事の方がずっと辛いんだ」
「あぁ。今はまだ、それでイイ」
一途は美徳、そんな価値観の中で育ってきた私にとって、複数のパートナーを得ることにはまだ抵抗がある。でも皆の気持ちも、自分の気持ちも、きっとまだ100%恋愛感情じゃないのだろう。恋い焦がれる様な恋愛なんてしたことが無いから、このどこか穏やかな愛情が恋愛のそれなのか、時間を貰えるのならちゃんと考えたい。
今、私の中には確かな愛情がある。この誰かを想う気持ちを否定したり、嫌悪したりしたくはない。
「ありがとう、それと避けてごめんなさい。何だか皆に合わせる顔がなくて。でもちゃんと自分の気持ちと向き合ってみる。だから、少しだけ時間を下さい」
胸の支えが少しだけ小さくなった思いで頭を下げれば、ナイルとコウガが力強く頷いてくれる。
「まぁ、こっちから距離を詰めるなとは言われて無いしナ」
「勿論。姫が悩む余地が無いくらいしっかり口説くから、そこは覚悟してね?」
「え!?・・・お手柔らかに、お願いします?」
しっかり付け足された言葉と、オマケのようにバチンと飛んできたナイルのウィンクにドキマギしながらも、軽くなった空気に安堵の溜め息が漏れた。
この事がバレたら皆に嫌われると思っていたから、一緒に居たいと言って貰えた事が何よりも嬉しい。
ホッとした所で、タイミング良くノックの音が響き、屋敷の使用人が私にメイリンさんの来訪を告げる。
なんだろう?と思いながらも部屋を出ようとした私は、そこでフェリオが近くに居ない事に気付く。
それまで珍しく黙って成り行きを見守っていたフェリオは、なにやらラインさんと話し込んでいた。
その時のラインさんの様子が何だか辛そうで気にはなったものの、二人の会話を邪魔するのも躊躇われて、そのまま一人で部屋を出た。
だから、その時の二人が交わした会話を知る由もなく・・・。
「なぁ、ライン。お前は良いのか?お前だってシーナの事、好きなんだろ?」
「―――それは、勿論大切に思っています」
「ならどうしてラインは誓いの輪をシーナに渡さないんだ?大切ってのは、そういう意味じゃないって事か?」
「いえ・・・ただ私には、まだその資格がありませんから」
「資格?そんなもの要らないだろ」
「いえ。今のままでは駄目なんです。それに、私の婚約指輪はまだ私の手元に無いんです」
「何か理由があるって事か」
「えぇ。ですが、今回の旅が上手く行けば、前に進めるはずなんです」
「そうか。ならまぁ、シーナの旦那候補第一号の称号はそのままにしておいてやるよ」
「ありがとうございます。早く、渡せると良いのですが・・・」




