脅迫
「メイリンさん。脅すって、どういう事ですか?」
不穏な雰囲気を感じ、ギュッとフェリオを抱き締めながら、一歩メイリンさんから後退るけれど、私の背後にはミヤマコモモの木があり、その向こうはすぐ崖になっている。
「言葉の通りヨ。アナタ、ここから一人で帰れるかしラ?無理よね。人族はこの崖は降りられないでショ?」
「それって・・・」
「ソウ。私の言うことを聞かなきゃ、アナタはここへ置いていくワ」
「そんなッ!」
「それで?何が望みだ」
動揺する私に代わり、愛らしい見た目にそぐわない低い声音でフェリオがそう問い返す。
「フンッ!虎が猫に怯えると思ウ?まぁいいワ。ワタシの要求は一つヨ。コウガに付けた呪いの魔道具を外しなさイ!」
「―――え?」
作った上級ポーションを全て寄越せ!とか、一生錬金術師としてタダ働きしろ!とか、そうじゃなければコウガに今後一切近づくな!!とかかと思って身構えていたけれど・・・どうしよう、全く身に覚えが無い。
「すみません、どういう事ですか?」
「だかラ!どうせアナタが魔道具でコウガに言う事聞かせてるんでショ!それを外せって言ってるノ!!」
メイリンさんは言葉にする内に怒りが込み上げて来たのか、どんどんヒートアップしていく。
「錬金術師が恩人なんテ、恩を売った見返りにコウガ自身を要求したに決まってル。その恩だって、本当かどうか怪しいものだワ!」
「なッ!?私はそんな事しません!恩って言うなら、私の方こそコウガに助けられてばかりなのに、見返りなんてッ」
「それならやっぱり魔道具使ってるんでショ?正直に言いなさいヨ!」
あぁ、もう!どうしたら良いの?
説明しようにもこちらの話を聞いてくれない上に、何を言っても信じて貰えそうに無い。
私だって、つい最近までどうしてコウガが一緒に居てくれてるのか疑問に思っていたくらいなのに。
「二人とも一旦落ち着け!このままじゃ平行線だ」
女同士の不毛な言い争いの様相を呈していた所に、フェリオが冷静に一喝する。
「まず、コウガ本人が居ないこの場所で魔道具を使っていない事を証明することは出来ない。それに、もし魔道具を使っていたとしても、コウガがここに居ないんじゃ、外すに外せないだろ」
そう言われたら確かにそうだ。呪いの魔道具を外すにも、着けている本人がこの場に居なければ外せない。なのに何故メイリンさんはこんな所まで私を連れてきたの?
「それはッ!・・・考えて無かったワ。だって、森に誘き出して脅せば良いって、フェンエンが・・・」
「えぇ~・・・」
それってメイリンさんも誰かに唆されたって事?それにしても直情的と言おうか、なんと言おうか・・・。
思わず気の抜けた声が出てしまった。
「わッ・・・悪かったわネ、考え無しデ!――――――そうダ!アナタのその魔法鞄、それを渡して頂戴。そこにはさっき作った上級ポーションが入ってるんでしょウ?それを人質にするワ!」
アワアワしてるメイリンさんの様子に、虎耳の所為かちょっと可愛く見えてきてしまった私は、漸く冷静さを取り戻していた。
さて、どうしたものか。
メイリンさんは悪い人では無さそうだから、魔法鞄を預けるのはまぁ良いとして、呪いの魔道具なんて使っていないから、その後どうやってそれを証明するか、なんだけど・・・。
結局、その問題がある限り堂々巡りなのよね。コウガに説得して貰うしか無いかなぁ?
とにかく一度迎賓館へ戻らない事には始まらないだろう。
「ちょっと、聞いてるノ!」
「あッ!はい。じゃあ鞄を渡すので、一度ここから―――」
今度はこの崖を降りるのか・・・とついつい崖下を覗いてしまった私は、そこに居ないはず黒い影を見付けてギョッとする。
「なにヨ。逃げようとしたってムダなんだかラ・・・」
私の視線を追ったメイリンさんも、その先に居たモノに気付くとヒュッと息を飲んだ。
「どうしテ・・・こっちの森は安全だって聞いたの二」
崖下に迫っていたのは、黒い獣。私はまだ実物を見た事は無いけれど、黒豹で間違い無いだろう。でもアレは・・・
「まぁいいワ。黒豹一頭ぐらいなら、私が倒してあげル」
言うが早いか、メイリンさんはその場で獣型に変身すると、止める間も無くあっという間に崖を降りて行ってしまう。
「メイリンさん、ダメですッ!!アレは只の黒豹じゃありませんッ!」
それは黒豹の姿をしているけれど、遠く離れていても分かる程にギラついた赤い眼と、肌を震わせる様な悪寒。アレは・・・影魔獣だ。
だとしたら、メイリンさんが危ない。
けれど私の叫びはメイリンさんには届かず、二頭の獣はそのまま互いにぶつかり合い、縺れ合いながら地面を転がった。
そして、影魔獣は首から黒紫の魔力を溢れさせながら、それでも直ぐに立ち上がる。
きっとメイリンさんが影魔獣の首に傷を負わせたのだろう。普通の黒豹ならメイリンさんの勝ちだった。でも、相手は影魔獣。その傷も直ぐに修復されてしまう。
翻ってメイリンさんは、腹部を真っ赤に染めて倒れたまま、起き上がらない。
どうしよう。
どうしよう。
メイリンさんが死んじゃう!




