絶叫体験
「ちょッ・・・メイッリンッッさん、待って―――」
「喋ると舌噛むわヨ。黙ってしがみ付いてなさイ!」
メイリンさんは私を背に乗せ、凄いスピードで疾走していく。彼女は人目の少ない裏道を進んでいるようで、道が細かったり、塀を飛び越えたり、そして今は森の中を突き進んでいる最中だ。
壁ギリギリを通り抜けたり、急に高く飛び上がったり・・・コウガの背に乗った時も思ったけど、ジェットコースターにでも乗っているみたい。まぁ、このジェットコースターは命の危険を感じるけれど。
前にコウガの背に乗せて貰った時は全然苦になら無かったけれど、これ程のスピードになると物凄い風圧に首を持っていかれそうな上、草木がビシビシ当たって結構痛い。
コウガは魔法で風避けして風圧や草木から守ってくれていたし、なにより私を気遣ってくれていたから快適だっただけで、普通はそりゃこうなるよね。
とは言え、なんだかかなり森の奥へ入って来てしまった気がするけど、本当に大丈夫なのだろうか?
確かにミヤマコモモは森の奥にしか無い筈だけど、こんな森の奥まで来てしまって本当に直ぐ帰れるものなの?
詳しい話を全く聞かずに一緒に来てしまったから、どのくらい掛かるのかとか、どんな場所なのかとか、聞きたい事は沢山のあるんだけど――――走ってる最中は、無理そう。油断したら本当に舌噛むヤツだこれ。
そうやって、暫く黙って風圧に耐えながら必死にしがみ付いていると、メイリンさんが漸く足を止めた。
「最後にこの崖を登るから、振り落とされないでネ」
そう言われて見上げたそこには、切り立った崖。
――――――え?ここを登るの?今から?
「むッ無理です!落ちちゃいますぅぅぅういゃぁぁぁ!!」
私の言葉を無視して、メイリンさんは再び駆け出し、ヒュンッと崖から迫り出した小さな足場へと飛び上がり、更に高い場所へと飛び移る。
私はフワッと飛び上がる浮遊感と、その後に来る衝撃に耐えながら、振り落とされまいと必死にメイリンさんの背にしがみ付いていたけれど、ここまでで手の力も腕の力も限界で・・・。
崖の上まであと少しという所で、手の力が緩んで支えの無くなった私の身体はフワッと浮いたままメイリンさんの身体から離れ、それに気付いたメイリンさんも酷く慌てた表情で私を振り返って―――
――――――落ちる。
重力に従って落下を始めた身体は、次の瞬間には背後からしっかりと押さえ込まれ、メイリンさんの背にピタリと押さえ付けられた状態で崖の上に到達していた。
「―――ッッハァ」
怖かった。死ぬかと思った。
「大丈夫?まさか落ちそうになるなんテ。それに、さっきの人ハ?」
そう。私は確かに落ちそうになった。寧ろ、完全に落ちる所だった。
でも最後の一瞬、フェリオが青年姿で私ごとメイリンさんに掴まってくれて、何とか落ちずに済んだのだ。
今はもう猫の姿に戻って、座り込んだ私の肩の上でメイリンさんを威嚇しているけれど。
「メイリンさん・・・流石にこんなに危険な場所だとは聞いて無かったのですが?」
下手をしたら本当に死んでいた。
人の話も聞かずにこんな無茶をするなんて、流石に許せない。
「それはッごめんなさイ。普段子供達を乗せてあげてモ、このくらい普通だったかラ」
「これが普通なわけッ・・・」
いや、普通なのかも。だって・・・
「そうネ。人族を獣人族と一緒にしたらダメよネ」
そう。獣人族は人族よりも身体能力が高い。
彼女にしてみれば、私がこんなに非力だと思わなかったんだろう。
「ごめんなさイ。アナタが落ちなくて本当に良かっタ。でも、あの時確かに人が居たわよネ?緑の髪の・・・」
そう聞かれてチラリとフェリオの方を窺えば、ブンブンと首を横に振っている。
「えぇ?そうでした?私は気が付きませんでしたけど?」
「ソウ?・・・もしかしたラ、森の精霊様かしラ。デモ、本当にごめんなさイ。ワタシの考えが至らなかったワ」
メイリンさんはまだ謎の人影の事を気にしているみたいだったけれど、座り込む私に今はそれ所では無いと考え直してくれたらしい。
いつの間に人型に戻ったのか、自らも膝をつき申し訳なさそうにこちらの様子を窺ってくる。
そんな様子を見ると、メイリンさんも悪い人では無いと思うけれど・・・流石に今回は危なかったし、「ごめんなさい」と言われて、「はい、良いですよ」と言えるほど私の心は広くない。
でも今は取りあえず、無事に迎賓館へ帰りつく事が重要だ。
「帰りはもう少し安全にお願いしますね」
「―――エ?ええ、そうネ。気を付けるワ。ミヤマコモモはこっちヨ」
少し気まずかったのか、メイリンさんはそう言ってフイッと顔を背けると、私達に背を向けて歩き出してしまった。
「全く、本当に悪いと思ってるのか?アレ」
「フェリオ。きっと、反省はしてくれてるはずだよ。でも、さっきは本当にありがとう、助けてくれて」
ずっと毛を逆立てていたフェリオを、私はぎゅっと抱き締めると、メイリンさんに聞こえないように小声でお礼を言う。
「当たり前だろ。シーナはオレの大切なパートナーなんだからな」
そして、少し照れたようにそう言ってくれたフェリオを、私は更に抱き締めて頬を寄せる。
「うん、ありがとう」
その温かさに、私は密かホッと安堵の息を吐く。あぁ、怖かった。でも、フェリオがいて、本当に良かった。




