〈ある総長婦人の企て
「コウガが人間の姿で戻って来たですっテ!!」
アクアディア王国の一団を出迎えに行った息子、コウザからそう聞かされたイジャラン・グェイアが持っていたティーカップは、テーブルへ叩き付られてガシャンッと音を立ててヒビ割れた。
「母様、どうしましょウ」
青褪め立ち竦む我が子を苛立たしげに見返したイジャランは、素早く対応を考える。
一体、なんの目的で戻ってきたのか。
いや、考えるまでも無く自分とコウザへの復讐に違いない。
そうは言っても、アノ子もアクアディア王国の護衛として正式に入国している身。表立った行動は出来ないはず。
もし行動を起こすとすれば、アクアディア王国の一団がミーミルを発った直後か・・・。
とにかく、今は夫とアノ子を会わせてはいけないわ。
「コウザ、迎賓館へ行って、今日の宴はアクアディア王国の人間のみ出席可能だと伝えて来なさい。お父様とアノ子を会わせてはダメ」
取り急ぎ息子に指示して迎賓館に向かわせると、イジャランは再び思考を巡らせる。
人型だったという事は、呪いの魔道具が外れたということ。本当ならまた同じ魔道具を着けて放逐してやりたい所だが、あの魔道具はそう易々と手に入る代物ではない。
漸くここまで来たのに。もう少しで自分の息子がグェイア家の嫡男としてあの人の跡を継ぐはずなのに。
それが、自分がアノ女よりも優れていると誰からも認められる瞬間になるはずだ。それを、今になってアノ女の子が戻って来たですって?
獣人族にとって、純血の血筋を絶やす行為は重罪だ。でもこうなったらいっそ・・・でも、どうやって。
まずは・・・夫にバレる前にその身柄を確保しなければ。
アノ子が突然居なくなれば、アクアディア王国側が不審に思うかもしれないが、故郷で里心がついたとでも言えばいくらでも誤魔化せるだろう。寧ろ、最初からこの国へ入国するまでの契約の可能性が高い。
イジャランは信の置ける従者を呼び、宴に出席しないコウガの食事に睡眠薬を入れその身柄を確保してくるように命じた後、自らは宴に出席したが・・・事は彼女の思惑通りには行かなかった。
「確保出来なかったですっテ!?」
「申し訳御座いませン!アクアディア王国の一団に双角の鬼人族が同行しておりましテ、そちらの方と夕食を共にしていたものですかラ」
「双角の鬼人族が何故今ここニ!」
「私としましてモ、全くの予想外デ。それでその・・・」
薬を盛る事を断念し、指示を仰ぎに戻って来たという事ね。
確かに、フヴェルミルと緊張状態が続いている今、向こうに攻撃の口実を与える事は出来るだけ避けたい。
従者の判断は正しいが、宴で聞かされた街道封鎖を思うと状況は悪化していると言わざるを得ない。
まさか、本当に黒豹が出るなんてね・・・。
――――――――――――ッ!!
そうよ!出没したのは黒豹。
上手く行けば自分の手を汚すこと無く、アノ子を始末出来るかもしれない。
あとはどうやって誘き出すか。
フフッ。ツイて無いと思ったけれど、案外運は此方の味方かもしれないわね。




