炊きたてごはん 洗米編
翌日、早速やって来た鼬人族の族長様に連れられて、私はラインさんとナイルと共にミーミルの首都オーディンにある食事処へとやって来ていた。
食事処とは言っても、迎賓館にも引けを取らないその豪奢な佇まいは、明らかに高級料亭。
私は勝手に町の食堂みたいな小さなお店を想像していたから、なんだか緊張してしまう。
どうしよう。こんな高級そうなお店で、ただの白ごはんを作りに来たなんて・・・。
それに、ごはんを炊くだけとはいえ、こんな良いお店で働いている料理人に私が料理を教えるの?
「テンジン翁、何だいこのコ?」
案の定、厨房に通された私に向けられたのは、不審な者を見る目だった。
因みに、テンジン翁とは鼬人族の族長様の事だ。
「やぁやぁ、クズリ。このコはアクアディア王国から来た錬金術師さんだヨ。実は彼女の故郷でも垂れ麦を食べるみたいでネ。なんでも、垂れ麦が主食になるんだってサ。だからちょっと教えて貰おうと思ってネ」
クズリと呼ばれた厨房服姿の男性は、黒く丸い耳と大きな身体に鋭い眼光から、一見すると熊の獣人かと見紛う様な強面のお兄さんだった。
「シーナちゃん、彼はクズリ。この店の料理長をしてル。こう見えても我輩と同じ鼬人族だヨ」
そう。クズリさんには熊の様な短く丸い尾とは違い、長くてフサフサの尻尾があるのだ。そうでなければ絶対に熊の獣人だと思ったに違いない。
「シーナといいます。今日は厨房をお借りします。よろしくお願いします」
「クズリだ。錬金術師様が料理なんて珍しいナ」
「そうですか?錬金術も料理に応用が効くので便利ですよ」
「ガァハハッ!錬金術を料理にだって?まぁ、垂れ麦のレシピは気になるからナ。厨房は好きに使って構わなイ」
「ありがとうございます!」
ここでもまた、錬金術師だからと警戒されていたらしい。でも少し言葉を交わせば、クズリさんはすぐに態度を軟化させ、豪快に笑って受け入れてくれた。
「それデ?何から始めるんダ?」
クズリさんはどうやら手伝ってくれる様で、興味津々といった様子で腕捲りをすると、作業台の下から重そうな袋を取り出した。
中を見ると、脱穀済みのお米がどっさりと詰まっている。
これは・・・宝の山ね。
「そうですね。先ずは・・・この垂れ麦を洗います」
クズリさんに場所を聞きながら、凡そ三合程の垂れ麦を器に移し、丁寧に洗っていく。
多くの水を使うのは気が引けるけれど、玄米は糠臭さが残るから、水を替えながら手で擦り合わせる様にして水が濁らなくなるまでしっかりと洗った方が良いだろう。
「随分しっかり洗うんだナ」
「はい。精米すれば回数を減らせますが、今回はこのまま使うので」
「セイマイ?」
「垂れ麦の籾を取った後に、もう少し綺麗にする作業の事です」
洗い終った垂れ麦を水に浸し、このまま暫く置くことにして、私はそのまま精米について説明することにした。
「この垂れ麦ですが、このまま食べた方が身体には良いんですが、美味しく食べる為にはこの表面に着いている糠を取り除く必要があるんです」
「へぇ。取った方が旨いのカ」
「好みにもよりますが、私は精米した方が好きですね。なので臼と杵、大きな木の器と太い木の棒で軽く叩くようにして擦り合わせるんですけど、ここには無いので・・・そうだ!こんな時こそ錬金術が役に立つんです!フェリオお願い」
「おッ?おう!」
――――――シュゥゥゥゥゥゥ・・・。
テレビの料理番組みたいに、出来上がった物がコレです!みたいな感じで、パパッと錬金術で精米すれば、クズリさんの鋭い切れ長の目が真ん丸に見開かれていた。
「オイオイ。本当に錬金術を使うのかヨ」
「キュキュッ。本当に変わったお嬢さんだネ。しかもなかなか腕が良イ。どうだい、このままミーミルに留まらないかイ?そうしたら垂れ麦が食べ放題だヨ」
どうやら、錬金術を料理に使うと言った言葉は、あまり信じて貰えていなかった様だ。
クズリさんだけでなく、テンジン様も感心した様に声を上げると、冗談めかしてそんな事を言う。
お米が食べ放題なのは心惹かれるけれど、でも私には待っていてくれる人がいて帰るべき場所がある。
お米が食べ放題なのは物凄く心惹かれるけれど、冗談でも留まるなんて言えない。お米は食べたいけども。
「テンジン様、我が家の錬金術師を口説かれては困ります」
一瞬だけ、ほんの一瞬だけお米に惹かれてしまった私に、ラインさんがそう言ってチラリと視線を向ける。
その視線は私の心を見透かした様に、悪戯っぽい少し咎める様なもので、ラインさんが初めて見せたその表情に思わずドキッとしてしまう。
「フフッ。お誘いは魅力的ですが、また遊びに来る事にします」
なんて平静を装って大人な対応に努めたけれど・・・。
ッッ危ない!今のは危ないです、ラインさん!危うく厨房を水浸しにする所でしたよ!?
「そうかい、そうかい。それは残念だヨ。でも歓迎してあげるから何時でも遊びにおいデ」
「ありがとうございます!」
内心の動揺を押し隠してテンジン様に笑顔で対応する私の頬に、フェリオのジトッとした視線が刺さっているけれど、今は気付かない事にする。
「それにしてモ、垂れ麦ってのはこんなに白くなるもんなんだナ」
錬金術に驚いていたクズリさんだったけれど、そこはやはり料理人。いつの間にか精米された垂れ麦を数粒手のひらにのせ、それをキラキラと目を輝かせながら興味深そうに観察している。
私はここぞとばかりに頬に刺さる視線を振り切って、説明に集中することする。
「そうなんです。これも一応洗うんですけど、こっちはそんなに丁寧に洗わなくても大丈夫なんです。ほら・・・こうして水を入れても、さっきよりも水の濁りが少ないですよね」
結局、説明の流れ的に玄米ごはんと白米ごはんの両方を炊く事にしてしまったけれど、どちらも美味しいから良しとしよう。
「なるほド、確かニ」
「そうしたら、これも水に浸しておくとして・・・次に必要なのが、コレです」
私は鞄経由でスマホからあるものを取り出して、テーブルの上へとドンッと置く。
これは昨夜、予備の錬金術用の釜と、何かに使えるかもと入れておいた木材を材料に、お米を炊くために錬金術で作っておいたものだ。
「これハ?」
「羽釜と蓋です!」
底が丸く、釜の中程にグルリとつばの付いた釜と、ごはんが吹いても外れないよう、分厚く重い蓋。私の自信作だ。
「釜は分かるが・・・フタってのは、なんダ?」
――――――やっぱり、蓋って無いんですか!?




