黒虎、語る
「結局、ルーミル経由になったからなぁ」
「・・・うん」
昨夜、屋敷へ戻って来たラインさんが、獣人の国ミーミルを経由してエルフの国ウールズに入国する為の根回しが整ったと教えてくれた。
私としては全く問題は無い。
寧ろ、王都で見かけた獣人種の皆様方に間近で会えると思えば、ちょっと楽しみですらある。
王都は他の町に比べると流石と言うべきか、様々な種族の人達が普通に生活していて、通りを歩いているだけでも獣人さんを見掛ける事も多かったのだけど、流石に知り合う機会までは無くて、ちょっと残念に思っていたし。
でも、そうすると心配なのはコウガだ。
いつも口数は少なくとも、皆と同じ空間で過ごす事の多かったコウガが、最近ではずっと一人で過ごしているのだ。
何事か考え事をしていたり、昼寝をしていたり、過ごし方は普段とあまり変わらない様にも見えるけれど、いつもなら昼寝の最中に気持ち良さそうに揺れている尻尾は力なく垂れ下がっていた。
「コウガもこの花好きかな?」
私とフェリオは今、グレイさんに取り寄せて貰ったカモナジャンの鉢植えを手に、コウガを探してグトルフォス侯爵邸を歩き回っている。
「どうだろうな。獣人はみんなこの花が好きだって話だし、大丈夫じゃないか?」
「そうだと良いけど・・・」
もし、コウガがミーミルに行きたく無いと思うなら、ここで待っていてくれても良い。でも、コウガは一緒に行くと言ってくれる気がして・・・。
だから、少しでもミーミルの良い記憶に繋がれば、と思ってこの花を取り寄せて貰ったのだ。
コウガの部屋、書庫の窓際、庭木の上。ここ数日、コウガが過ごしていた場所を探し、その姿を見つけたのは、イソラの木に囲まれたガゼボのベンチだった。
寝ているコウガに声を掛けようか迷っていると、気配を感じたのか目を閉じていただけなのか、コウガがフッと目を開ける。
「どうシタ?」
「ごめんね、起こした?」
「いや、寝てたワケじゃナイ。大丈夫ダ」
そう言うと、体を起こしたコウガがポンポンッと座面を叩き、自らの隣に座るように促してくれる。
促されるままコウガの隣に腰を下ろし、どう切り出そうかと悩んでいると、手に持ったままだった鉢植えの花を、コウガがプチッと一輪摘んでそのまま口に放り込んでしまった。
「あ・・・」
「懐かしいナ。蜜花は子供の頃によく採っテタ」
「みっか?」
「あぁ。蜜の花でミッカ。本当の名前は知らナイが、親がそう呼んデタ」
「そうなんだ。カモナジャンっていうらしいけど、ミッカの方が覚えやすくて良いね」
カモナジャン、ミッカを口にしたコウガは穏やかな表情でそう教えてくれた。
「カモナジャン?初めて知ッタ。でも、どうしたんダ?この花」
「なんかね、最近になってミーミルから入って来て、王都で流行ってるんだって」
「そうなのカ」
「そうなの!王都の広場でミッカを使ったアイスティーやお菓子も売ってたよ。コウガもよく食べてたの?」
懐かしそうにカモナジャンについて語ってくれたコウガに安心した私は、少しだけコウガの過去に踏み込んでみる事にした。
「あぁ。デモ、そのまま食べる事の方が多かったナ」
「今みたいに?」
「家の回りにいくらデモあったカラな」
「へぇ。素敵な所だね」
「・・・そうでもナイ」
「え?」
コウガの視線が不意に落ちる。
「スマナイ・・・気を遣わせたナ。オレは大丈夫ダ。ミーミルにも一緒にイク」
「コウガ・・・やっぱり、ミーミルに帰りたく無かった?」
「・・・あそこにはもう、オレが戻るべき理由はナイ」
「戻るべき理由?」
「母は既に地に還ッタ。それ以外の親族には情もナイし、必要ともされていナイ」
「そう・・・なんだ」
どうして?なんて聞けないし、そんな事無い!とも言えない。親族だからって、必要とされるとは限らないって事は、私が一番よく知っているから。
コウガの言う、それ以外の親族が誰の事を指しているのかは分からない。でも、母親の事は口にしたのに、父親の事は口にもしない。それが答えな気がした。
「そんな顔スルナ。シーナに会えたカラ、オレはもう気にしてナイ」
「私に?」
「あぁ。まぁそうダナ・・・義弟の驚く顔が見られるナラ、ミーミル行きも悪くナイ」
「弟さんがいるの?」
「まぁ腹違いダカラ、一緒に暮らした事は無いケドな」
腹違い、かぁ。それって、父親はその弟と母親と暮らしてて、コウガはお母さんと二人で暮らしてたって事なのかな?
複雑な家庭の事情に、これ以上踏み込んで良いかどうか迷ってしまう。
でも私に会った事と、その弟に何か関係があるんだろうか?
「その弟さんが、驚くの?」
「驚くゾ。アイツがオレに嵌めた、外れないハズの魔道具が外れてるんダカラな」
「魔道具?」
「あぁ。呪われた魔道具ダ」




