厄介事
恥ずかしい。
イソラの庭園を後にした私は、充てがわれた部屋のベッドでのた打ち回っていた。
あの後、暫く泣いて落ち着いた私は、急激に襲ってきた羞恥心を誤魔化す為に言わなくても良い事をベラベラと喋ってしまったのだ。
いくらラインさんから良い匂いがしたからって「ラインさんの匂いで落ち着きました」ってなんなのよ!変態なの?私、変態なの!?ラインさんも言葉に詰まってたし、絶対引いてるよね?
しかも「私も頼られたい」とか、言っちゃった気がする。今現在頼りっぱなしの分際で!
あ゛あ゛ぁぁぁ~!取り消したい。記憶を消し去ってしまいたい。いっそのこと、記憶を消す薬とか創れないかな?
割りと真剣に記憶喪失薬のレシピを考え始めた私は、ずっとニヤニヤしながらこっちを見てくるフェリオの視線から逃れるように布団を被り―――どうやらそのまま寝てしまったらしい。
そして次に目覚めたのは既に日が傾いてからだった。
フェリオ曰く、よく寝ていたから昼食の時は起こさなかったとのこと。あんなに悩んでたのに爆睡するとか・・・。
まぁ、流石にお昼にラインさんと顔を合わせるのはまだ恥ずかしかっただろうから、結果オーライではあったんだけど。
それに、王宮に行ったラインさんとグトルフォス侯爵はまだ帰宅しておらず、夕食の席でも顔を合わせる事は無かった。
そして夕食の後、みんなでお茶を飲みながらゆっくりと過ごし部屋へ戻って布団に入ったけれど、しっかりと昼寝をした所為か全く寝付けない。
余りにも寝付けず、だからといってただ目を閉じていてもラインさんとのやり取りを思い出してしまい、私は気分転換を兼ねて書庫へ向かう事にした。
書庫はいつでも利用して構わないと許可は貰っているし、少し遅い時間だけど問題は無いはず。
灯りを落とされた廊下をスマホのライトを片手に進み、夕食後に教えてもらったばかりの書庫を目指す。
途中、玄関へ続く階段の上へと差し掛かると、帰宅した主人を迎えるグレイさんの声が聞こえてきた。
「お帰りなさいませ、旦那様。ライン様」
どうやらラインさんとグトルフォス侯爵が帰宅したようだ。
書庫へ向かうにはこのまま階段を下りる必要があるし、折角帰宅したタイミングに出くわしたのだから、「お帰りなさい」と声を掛けた方がいいだろうか?
でも、只でさえラインさんと顔を合わせるのはまだ恥ずかしいのに、こんな時間にフラフラ出歩いた目的が、昼寝し過ぎて眠れなかったから本を借りに・・・なんて、昼間ダラダラと過ごしていたみたいで、仕事をして帰ってきた人達を前にすると気が引けてしまう。
そんな葛藤をしていると、聞くともなしに彼等の会話が聞こえて来た。
「お二人とも、険しい顔をなされておりますが、何か厄介事でございますか?」
「あぁ。酷く厄介な問題を起こしてくれたよ」
「またあの方々でございますか?」
「えぇ。今回は息子の方だけどね」
「今回はどのような厄介事を?」
「ウールズとの国境が閉鎖された」
「国境閉鎖ですと!?何故その様な事に」
立ち聞きする格好になってしまったけれど、今更出ていくには話の内容が重すぎる。
それにしてもあの方々って誰の事だろう?
「今、ウールズから使者が来ていただろう?」
「美しいと評判の族長の妹君でございますね?」
「あぁ。アイツは事もあろうにその妹君に手を出そうとしたらしい」
「なんと!真でございますか?」
「えぇ。しかも、彼はウールズに対して不躾な要求まで・・・」
「それで国境閉鎖、でございますか」
「お陰でウールズへの入国が難しくなってしまった」
「仮に入国出来たとしても、私達の要求を受け入れてくれるかどうか」
これってかなり大変な話だよね?
国境の閉鎖って国としても深刻な問題だし、何よりも今回の旅の目的地はウールズのミョーサダールだ。国境が閉鎖されてしまったら入国できない。
「もう少しで、ヴァルを貴殿方にお返しできたかもしれないのに・・・申し訳ありません」
「何度も言うがあれは君の所為では無い。それに、君だって同じ苦しみを抱えているのだ。気を使う必要は無いんだよ」
「いやはや、デセルト様はなんとも厄介な時に問題を起こして下さいましたね。さて、お二人ともお疲れで御座いましょう。お茶を淹れますので、ゆっくりとなさって下さい」
なんだろう。なんとなく聞いてはいけない事まで聞いてしまった気がする。家族の、とても私的な部分を。
声を掛けるタイミングを逃しただけとはいえ、彼等とこのまま顔を合わせるのはやはり気まずい。
私は書庫に行くことを諦めそのまま後退りすると、踵を返して部屋へと戻った。
気になる事は幾つもある。
まず、ウールズへ入国できるかどうか。
それに、あの方々って?デセルトと呼ばれた人がそうだとして、他にも居るんだろうか?
それから、そのデセルトって人は一体なにをやらかしたんだろう?
まぁ、その辺りは明日ラインさんの口から聞けるかもしれない。
でも・・・同じ苦しみって?
返すって、どういう事?ラインさんが責任を感じている何かって?
それは、ラインさんの助けたい人と関係があるんだろうか?
気になるけれど、立ち聞きした手前、正面切って疑問を投げ掛ける訳にもいかないし、おいそれと踏み込んで良い話題でも無い気がする。
こんな風に、ここでいくら考えたところで答えを知る術などないというのに、先刻の話が何度も脳裏を過り思考を占拠していく。
結局、書庫に行くことも出来ず、多くの疑問に思考を占拠された私は、明け方までベッドの中でただ目を閉じている事しか出来なかった。




