贅沢
結局グトルフォス侯爵夫妻からの提案という形で、王都にいる間はグトルフォスのお屋敷に滞在させて貰える事になった。
まぁ、最初から決定事項だった様な気がしなくも無いけれど。
それでも懸命に辞退しようと試みたものの、ネーデル夫人の微笑みの圧力と、お屋敷にお風呂があるという誘惑に負けてしまった。
ちなみに、この世界では一般家庭にお風呂は無い。その代わりに、銭湯の様な公衆浴場があって、十日に一度くらいの頻度で営業している。
これは、お風呂に使った水は綺麗に浄化してから排水しなければならないからで、その為には高度で大規模な魔道具と大量の水晶が必要になるかららしい。
営業日数が少ない上に高額で、整理券のようなチケットを買っても月に一度順番が回ってくる程度。
そんな超が付くほど贅沢品なお風呂が家にあるなんて、流石は貴族。
でも、水の浄化さえしっかり出来ればお風呂に水を使うこと自体は問題ないと教えて貰えたから、効率的に浄化出来る小型の魔道具を創ってフラメル家にもお風呂を・・・と、ちょっと野望を抱いていたりする。
「はぁぁぁぁ~気持ち良かったぁ」
そんな訳で、しっかりとお風呂を堪能しましたとも。
「大きいお風呂でみんなで入るのも良いけど、やっぱり一人でゆっくり入るのも良いんだよねぇ~」
公衆浴場だとどうしても誰かしらと一緒・・・寧ろ結構な混み具合になってしまうから、ゆっくりと疲れを癒すとまではなかなか難しい。
まぁ、侯爵家もメイドさんが「お手伝いを・・・」なんて言って着いてきた時は驚いたけど、そこは丁重にお断りして無事に一人で入浴出来た。
しかも上質な石鹸や香油の良い香りに包まれて、誰を気にする事なく足を伸ばしてのんびりとお湯に浸かれるなんて・・・これ以上の贅沢は無いかもしれない。
「ご満悦だな。フロってそんなに良いか?」
お風呂の余韻を堪能しながらフッカフカのベッドへとダイブすれば、反動で跳ね上がったフェリオが迷惑そうに顔を上げる。
「そりゃあもう!こっちに来る前は、毎日お風呂は当たり前だったんだから」
「へぇ。シーナって元々は良い所のお嬢様だったんだな」
「そんな事ないよ。お風呂が家にあるのは当たり前だったし、私がいた国は特にお風呂の文化が盛んだったから」
「フロの文化?」
この世界は水不足だからお風呂の文化が発展しないのは仕方無い事だけど、それを残念に思ってしまうのはやはり日本人だからだろう。
「そう。入浴剤とか色々あるけど、最たるものはやっぱり温泉かな」
「オンセン?」
「そう。自然に湧き出るお湯に浸かるの。基本的には火山の地熱で温められた地下水とかなんだけど、疲れが取れたり病気に効いたり、色んな効能があってね」
「お、おぉう」
「しかも露天風呂がまた気持ちよくて」
「ロテンブロ?」
「露天風呂はね、外にお風呂があって、景色を見ながらお風呂に入れるんだよ。それにお湯の色も色々あって―――・・・」
「ッッわかった!シーナがフロ好きだって事はよく分かったから!」
どうやら、お風呂について熱く語り過ぎたらしい。フェリオが随分と引いている。
「お風呂の奥深さはこんなモノじゃ無いのに」
「いや、オレはフロに入る必要は無いからな。そこまで詳しくなくても・・・」
「ご飯は必要無くても食いついてくるけどね」
「うッ・・・で、でも!良かったじゃないか。この屋敷に泊めて貰えて。ごはんも美味かったし、ラインに感謝だな」
フェリオが明らかに話題を変えてきた。けどまぁフェリオは猫の姿だから?お風呂が嫌いでも妙にしっくりくるし、誤魔化されてあげよう。
「本当に。今回の事で少しでもラインさんの力になれたら良いんたけど」
「そうだな。どうやらちょっと厄介な問題みたいだしな」
「うん。ラインさん、王都に入ってから少しピリピリしてた気がする」
「あぁ。普段通りに振る舞ってはいたけど、何かを警戒してる感じだな」
どうしよう。よく話も聞かずに協力を承諾してしまったけれど、ラインさんがピリピリするほど今回の依頼は危険なんだろうか?
「あぁ。そんな話してたら緊張してきた」
「おいおい、今から緊張してどうする」
「そうだけど・・・」
「まったく・・・今日はもう寝ろ。このベッド、寝心地最高だろ?」
「うん。買おうとしたら高いかな・・・」
「ここ嫁に来れば、ベッドもフロも付いてくるぞ?」
「えぇ~・・・それも良いかも・・・」
フェリオのとんでもない提案も、フッカフカのベッドと、お風呂でポカポカの身体は既に睡魔に捕らわれていて、「それもいいかも」なんてぼんやりと考えながら、この日は眠りに落ちてしまった。




