グトルフォス侯爵家
『おかえりなさいませ、ライン様』
超豪邸に気後れしながら漸く馬車を降りれば、グトルフォス家の使用人達が恭しく頭を下げる。
その光景に怯んだ私にお構い無く、ラインさんは私の手を取ったまま歩き続け、他の使用人達とは明らかに違うオジ様の元で足を止める。
「グレイ、ただいま。シーナさん、家令のグレイです。滞在中なにかあれば彼に相談して下さい。彼は有能なのできっと役に立ちますよ。グレイ、こちらは錬金術師のシーナさん、そらから―――」
家令のグレイさんを紹介して貰い、挨拶を交わす。
「先に連絡が行っているかと思うが、大切なお客様方だ。よろしく頼むよ」
「心得ております。皆様、ようこそいらっしゃいました。お疲れで御座いましょう、お部屋を用意して御座いますので、夕食まで其方でお寛ぎ下さい」
「ありがとうございます。お世話になります」
そうして案内された部屋は、明らかに質の良さそうな家具や調度品がセンス良く配置された一室だった。
しかも古くて大きいだけが取り柄だった、実家の続き間くらい広い。
――――――はぁぁぁぁ・・・。
もう、溜め息しか出ないよね。
フェリオと二人だけになったとはいえ、なんだかまだ落ち着かない。
いやソファの手触りは最高だし、絨毯はフカフカだし、落ち着いた色合いで統一された部屋の雰囲気だって凄く居心地が良いのだけれど、そのどれもが高そうで、下手に動いたら汚してしまいそうで・・・。
ラインさんって本当に貴族なんだなぁ、と実感してしまう。
「シーナ、どうした?」
大きな溜め息にフェリオが心配そうに顔を上げる。まぁ、ソファに寝そべってかなり寛いだ格好ではあるけれど。
「いやぁ。ラインさんの家が凄すぎて気後れしてると言いますか、ラインさんを遠く感じると言いますか・・・」
ラインさんが貴族だっていうのは最初から薄々感じていたし、打ち明けられて知ってもいたけれど、正直あまり実感していなかった。
「そんなの今更だろ。それに身分でいったら、多分シーナの方が上になるんじゃないか?なんといっても"聖女様"だからな」
「いや、聖女じゃ無いし」
「そう思ってるのは本人だけかもしれないぞ?」
「そりゃ、この世界にとって貴重な力があるのは認めざるを得ないけど・・・それも自由に使える訳じゃ無いし、進んで崇められたいとも思わないし」
私は乞い願われても、自分一人でどうにか出来るわけじゃない。
「まぁアレだ・・・要するに、貴族とか聖女とか、そんなのは気にするだけムダってことだ。ラインだって貴族として接して欲しいなんて思って無いだろうしな」
「確かに・・・」
ラインさんが貴族だからって、ラインさんの本質が変わるわけじゃ無いもんね。それにラインさんが育った家の人達だ、きっと善い人達に違いない。
「うん。大丈夫な気がしてきた・・・ふあぁぁ」
そう考えたら安心して、疲れと眠気が欠伸と共に一気に押し寄せて来た。
しかも、座り心地も手触りも最高級のソファだ、抗う事など出来るはずも無い―――。
結果、私は夕食に呼ばれるまでしっかり寝入ってしまった。
そんな寝起きの状態で案内された、これまた広々とした食堂には既に皆が揃っていて、知らない顔の人物が二人。
「シーナさん、ゆっくりできましたか?」
「お待たせしてすみません。素敵な部屋をありがとうございます」
「それは良かった。私達も今来た所ですから、大丈夫ですよ。さぁ中へどうぞ」
ラインさんにエスコートされて食堂に入ると、恐らくラインさんの両親であろう二人が席を立って迎えてくれた。
「シーナさん、こちらモーゼル・グトルフォス侯爵とネーデル夫人です」
自分の両親を紹介するにしては他人行儀なラインさんに少し違和感を覚えたものの、貴族にはそういうマナーがあったりするのかもしれないと思い直した。
モーゼル・グトルフォス侯爵は明るいアッシュブラウンの髪と落ち着いたオリーブグリーンの眼の、精悍な顔付きをした美丈夫で、ネーデル夫人はラインさんと同じ金色の髪に、赤みを帯びた金色の眼をした、これまた相当の美女だった。
ラインさんはお母さん似なのだろう。侯爵様とはあまり似ていないけれど、この二人ならばラインさん程のイケメンが誕生するのも納得出来る。
「こちら錬金術師のシーナさんと、そのパートナーのフェリオです。二人にはいつも助けられているんですよ」
自身も紹介され、私はネーデル夫人みたいに優雅なお辞儀なんて出来ないから、日本人らしく45度のお辞儀で返す。
「シーナといいます。こちらこそ、ラインさんには本当にお世話になってばかりで。今日も泊めて頂き、ありがとうございます」
「なに、腕の良い錬金術師と縁を結んでおきたいのは我々の方だからね。しかもこんなに綺麗なお嬢さんなら尚更だ」
「ええ、本当に。それに話に聞いていた通り、とてもいいお嬢さんですわね」
ニコニコとラインさんに向かって意味深に笑うネーデル夫人に、マリアさんと同じものを感じるものの、ラインさんのご両親は貴族らしい上品さと、穏和で話しやすい雰囲気を併せ持つ素晴らしい方々だった。この二人ならばラインさんの様な子供が育つのも、これまた納得といった所か。
そんなお二人の気遣いもあり、夕食は終始和やかな雰囲気で進み、この世界に来て初めて食べる様な豪華な食事を、心置無く堪能する事が出来た。
でも、ナイル達家族はやっぱりと言うべきか食事のマナーは完璧で、コウガもカトラリーの扱いが随分と様になっていて、意外・・・と言うのは失礼かな。
私はと言えば・・・新入社員時代に先輩に連れていって貰った、マナーレッスン付きのホテルディナーの知識を総動員してましたとも。
「これから結婚式に出席する事も増えるから」なんて言っていた先輩の結婚式が、初めての実践になったのも良い思い出だったりする。




