〉ナイル~鬼人の考察~
「ひ~めッ!」
「ッッひゃあ!?」
旅の途中、休憩の折りに後ろから抱き締めた姫の頬に、軽く唇を落とす。
程なくして、僕は乾いた大地に降り注ぐ雨を、幸せな気持ちで振り仰いだ。
僕の姫は、僕にとって得難い存在であり、この世界の唯一の希望だ。
それに気付いたのは何時だっただろう?
初めて会ったあの日、月明かりの下で煌めく水滴を見た時から不思議には思っていた。
雲一つ無い星の輝く夜に、集中豪雨だなんて・・・今思い出すと、姫の必死過ぎる苦しい言い訳が、可愛くて仕方ない。
それからも、突然水が湧いたり雨が降ったりした時には、必ずそこに顔を赤く染めた姫の姿があった。
姫には水を生み出す力がある。
どこからか集めるのでは無く、生み出す力が。
魔法が使える者ならば、周囲の水分を集めれば姫と同じことが出来るだろう。でもそれは生み出す事とは違う。
魔法使いと錬金術師は相容れない存在だ。故に、魔法使いは錬金術を使えないし、その逆もあり得ない。
だからこそ、錬金術師である姫が出現させる水は、集められたものでは無く、生み出されたものだと結論づけられるだろう。
まぁ、その原理は全くわからないけどね。
―――姫は、伝説の聖女様なんだろうか?
水を生み出し、この世界を潤す伝説の聖女様。
僕達の国では、その身を犠牲にして聖杯を造り出したと伝わっている。
昔のお伽噺や伝説なんて、不確かなものだから、本当はどこかでひっそりと暮らしていて、聖杯が失われてしまったから、再び姿を現したとも考えられる。
現に国によって伝説の内容が異なるくらいだ、それも有り得ない話じゃない。
でも、姫自身は聖女であることを否定しているし、自らの能力に戸惑っているみたいだ。
それに、その力を自分で制御出来ていない。
あぁでも、カリバ湖の一件以来、姫も水を生み出す事をあまり隠さなくはなったかな。
明言もしないけど、わざとらしく誤魔化す事も無くなったよね。
あの必死に誤魔化す感じも可愛くて良かったんだけど。
でも、まだ水を生み出す切っ掛け、要因に関しては誤魔化せてると思ってるみたい。フフッ・・・流石にバレてるよ?
「びっくりした」って姫は言うけど、騎士君に見つめられて雨を降らせてたし、虎君に真正面から抱き締められて後ろに水溜まりを作ってたし。
・・・う~ん。思い出したらモヤモヤする。もう一回チューしに行こうかな。
まぁ要するに、姫は異性を強く意識すると水を生み出しちゃうんだよね。
でも異性なら誰でもいいって訳じゃ無いって所がポイントなんだけど。
僕が知っている限り、姫が意識しちゃうのは4人。騎士君に虎君、それから僕。あと、遂に弟君まで加わっちゃったんだよね。まだ小さいから大丈夫だと思ってたのに、なかなか侮れない。
どうしてそんな事が分かったかって?
姫はモテるからね。姫に好意を持ってる男は五万といるんだよ。それこそ、目が合った男全てを虜にする勢いでね。
だから、姫にアプローチする男は後を断たないし、無防備過ぎる姫が迫られるのも何時もの事なんだけど、他の男達がどんなに見つめても、バランスを崩した姫を抱き止めても、姫が水を生み出す事は無かった。
普通に考えれば、姫が僕達を特別に意識してるんじゃないかと自惚れる所だけど、他に別の要因が無いとも言い切れない。
なんと言っても、水を生み出すこと自体が奇跡なんだ。分からない事が多すぎる。
でもどうせならやっぱり、姫が好意を持っている相手だから・・・なら、いいな。
結局、僕にとって『姫』は姫だけなんだ。
聖女様だろうと無かろうと関係無い。
どんな存在だろうと受け入れるし、何者で無くても構わない。
でもこの世界は『聖女』と同じ力を持つ姫の平穏を脅かすモノばかり。
教会が姫の事を知ったら、きっと自分達で囲い込もうとするだろうし、権力者達は挙って手中に納めようとするだろう。
その辺の男達だって、虎視眈々と姫と親しくなるチャンスを狙ってる。
でも、中でも一番厄介なのは、やっぱり影憑かな。
影憑のあの女は姫を執拗に狙っていたし、あのフードの影憑も明らかに姫の事を気にしてた。
全く。こんなにも危機的状況なのに、うちの姫ってば全然危機感が無いんだから・・・。
今だって、また無防備に後ろ姿を晒してるし。
「隙ありッ!」
「ひゃあッッ!?」
先刻とは逆の頬に唇を落とし、姫を後ろから抱き締める。
「もうッ!!ナイル、いい加減にして!」
「え~?だって姫、隙だらけなんだもん」
「隙だらけって・・・みんなが居るのに危険な事なんて無いでしょう?」
「―――ッッ!?・・・ほんと、姫は可愛いね」
ほんと、姫はズルいなぁ。無自覚な一言でいつも僕を虜にするんだから。
うん、でもそうだね。そんな風に当たり前に僕達に信頼をくれる姫だから・・・。
シーナ。この雨に誓って、これからも全身全霊で君を守るよ。




