品種改良
その日の夜、ディーノさんは畑で採れた新鮮な野菜を振る舞ってくれた。とは言ってもサラダは無かったけれど。
バンカと一緒にペポ君が持っていた野菜は、赤猪の肉と一緒に野菜炒めになった。
ルパちゃんがいるから、辛味のあるパプリカモドキは入っていなかったけれど、青いバンカの酸味と、キュウリとズッキーニの中間のような食感の瓜、トウガラシ風ピーマンの苦味が少し強かったものの、それはそれで美味しかった。
まぁ流石に大人の味過ぎて、ルパちゃんはきっちりピーマンだけ残してたけど。
それからこの世界では定番の、根菜のスープ。でも流石農家の食卓。ポトフみたいに大振りの野菜がゴロゴロと入っていて、食べ応え満点だ。
カリバでは野菜は意外と高価だから、野菜沢山の食卓はそれだけで嬉しかった。
そして翌日、まずはバンカの様子を見に畑へと向かう。
ちなみに、ラインさん以外は森へヒカリゴケの採取に行ってくれている。
「あッ!ディーノさん、赤くなってますよ!」
昨日植え替えをしたバンカの畑には、緑の葉の間から覗く赤い実が、遠くからでも良く見える。
これで爆ぜてなければ大成功なんだけど。
「ほほう。これは見事じゃ」
私よりもソワソワしていたディーノさんは、バンカに駆け寄るとそれを一つ手に取り、満足そうに眺める。
それに倣って私も綺麗に色付いたバンカを一つ取る。
遠目からはトマトと変わり無く見えたバンカは、真ん丸では無く卵形で、中玉トマトくらいの大きさ、色は濃いオレンジ色だった。
けれどピンッと張った皮はどこも爆ぜる事無く、ツヤツヤと輝いていてとても美味しそう。
熟しきったその香りもトマトのそれで、いやが上にも期待が膨らんでしまう。
「綺麗に熟しましたね。美味しそう」
「そうじゃのう。今までは薄く色付く頃には爆ぜて、そこから腐ってしまっておったから、ここまで綺麗に熟した実は初めてじゃ」
しかし、そうなったらやっぱり、このまま生でガブリと齧り付いてみたい。
「ディーノさん。これ、このまま食べてみてもいいですか?」
恐らく今の私の眼は、期待でキラキラと輝いている事だろう。だって、ディーノさんが若干圧されているもの。
「そりゃ構わんが、旨いかは分からんぞ」
「ありがとうございます!」
ディーノさんの許可を得て、私はハンカチで慎重にバンカの実を拭い、そのオレンジ色の果肉に歯を立てる。
ブツッと歯が皮を突き破り、フワリと青臭いトマトの香りが鼻孔に広がる。
噛むとジャクジャクとした食感で、中のゼリー状の部分はあまり無く、酸味が強く甘味は無い。
・・・うーん。食べられない事は、ない。
でも青臭さが強いし、果肉も固い。それに皮が口に残ってしまう。
これはこれで悪くは無いけれど、加熱した方が絶対に美味しいやつだ。
「不満そうじゃの」
私と同じ様にバンカに齧り付いたディーノさんが、私の表情を覗き込む。
「いえ、これはこれで悪く無いと思うんですけど、やっぱり加熱した方が美味しそうですね」
「まぁ、そうじゃのう。しかしオヌシが知っておるのは生で食べたんじゃろう?」
「そうなんです。コレも味は私の知っているモノによく似ているんですけど、皮と果肉の固さや酸味と甘味のバランスが違うので・・・」
加熱用のトマトならば調理法も色々あるし、トマトソースを作れたら料理の幅はぐっと広がる。それでもやっぱり、『桃太郎』が恋しくなってしまうのが日本人というものなのだ。
「じゃったら、品種改良をしてみたらどうじゃ?」
「品種改良ですか?・・・でも、そんなにすぐ出来る事じゃ無いですよね?」
野菜の品種改良とは、例えば成長の早い苗と病気に強い苗を受粉させ、成長が早く病気に強い苗を作り出す農業の技術だ。
でもそれは苗の選別から育成を何度も繰り返し、漸く理想的な苗を作り出せるとても手間も暇も時間も掛かる大変な作業のはず。
「オヌシには明確なイメージがあるようじゃから、後は魔力さえあれば成功するかもしれんぞ」
「魔力ですか?」
「そうじゃ。オヌシは錬金術師じゃろう。錬金術で、バンカをオヌシが知るその野菜に改良すればいいんじゃ。じゃが・・・」
なんですとッ!?
――――――そうだ。無いものは創り出せばいい。
だって私は錬金術師。
トマトが無ければ創ればいいんだ。
それはまさに目から鱗だった。
錬金術で品種改良と聞いてもピンと来なかったのは、元の世界での品種改良の意識が強かったから。
簡単に出来る事じゃ無いって思い込んでいて、錬金術の性質をすっかり忘れていた。
「ディーノさん、ありがとうございます!そうですよね。ここまで似た野菜なら、錬金術でトマトにするくらい簡単に出来ますよね!」
「いや、じゃからオヌシの魔力・・・」
「すみません、バンカをもう一個頂きますね。フェリオお願い!!」
「はい、はいっと」
「こら、話を―――」
――――――シュゥゥゥゥゥゥ・・・。
溢れるトマト愛、そしてサラダ愛に突き動かされ、私は手の中のバンカを魔力で包む。
いつも食べていたトマトの味、香り、食感を事細かに思い出しながら魔力を流し続ければ、フワリと魔力が満たされた感覚が返ってくる。
―――ふう。意外と魔力を使ったかも。でも7秒くらいだから、フェリオ的にはまだ大丈夫よね。
そして私は、手の中に感じる重みに少し緊張しながらそっと指を開く。
手のひらの中には見知った姿。
丸くて、真っ赤な・・・正にトマトだった。




