都合の良い話
目の前できゅっと口を結び、プルプルと肩を震わせて、堪えきれない涙をポタポタと溢すラペルに、私の胸中は既に後悔で一杯だった。
きちんと話さなければ。
そう決めた心が鈍らないうちに、私は皆にもミョーサダールへ行くことを話す事にした。
後になればなるほど、言い難くなるのは分かっていたから。
でもラペルが、話が終るまで声を上げて泣くのを我慢しているであろうその顔を見てしまったら、もう・・・私まで泣き出してしまいそうで、でもそんな訳にはいかなくて、ギュウギュウと胸が締め付けられて、苦しくて・・・
やっぱり止める!と言ってしまいたくなった。でも、心の奥に居座る揺ぎ無い意思が、それを思い止まらせる。
「シーナちゃん。ちゃんと帰って来るのよね?」
私の葛藤が伝わったのか、マリアさんが穏やかな声でそう訊ねてくる。
トルネと全く同じ返しに、「親子だなぁ」なんて感心しながら力強く頷けば、マリアさんもにっこり笑って「よし!」と頷いてくれる。
「お姉ちゃん、ぜったいよ?ぜったい帰ってきてね」
するとラペルもグシグシと袖口で涙を拭い、身を乗り出して念を押す。
「もちろん。だってここには、みんなが居るもの」
帰ってきて良いと言うなら、遠慮無く。
だってもう既に、この世界ではここが私の家になってしまっているから。
何よりも、フラメル家の人達を自分の家族だと思えるから。
「うん!待ってるからね」
まだ涙の残る目元をフワリと緩め、ラペルが笑う。それだけで私の迷いがスッキリと晴れたのが分かった。
やっぱり、家族には笑っていて欲しいものだ。
「あー・・・上手いこと纏まった所で何だが、そこの二人はいいのか?」
そこの二人、とフェリオが視線を向けた先にはコウガとナイル。
ちなみにルパちゃんとベグィナスさんは今日は来ていない。
「シーナは、オレと二人で旅する予定らしいぞ?」
一瞬の、でもとても長い沈黙の後。
「「――――――・・・はァッ!!!?」」
普段あまり仲の良くない二人の声が、見事にハモる。
「姫、何考えてるの!?フェリオと二人って、ほぼ女の子の一人旅だからね?」
「ゼッタイに駄目ダ。危険すぎル」
二人の勢いに圧されたじろぐ私に、部屋の戸口からもう一つの声が追い討ちを掛ける。
「―――どういう事ですか?」
そこには、久しぶりに見るエメラルドの瞳。
その瞳は緊張感を孕み、疲れなのかいつもより少し陰りを帯びている。
「ラインさん!?」
久しぶりに見るラインさんの疲れた様子と、どうやら説明する前に旅に出る事だけを知られてしまった後ろめたさに、私は慌てて立ち上り、本日三度目の話をする。
「えぇと、話すと少し長いんですけど――――」
三度目ともなれば慣れたもので、スラスラと語る私の話に、ラインさんは徐々に驚きの表情を深くしていく。
そして、最後に―――
「なので、私はウールズのミョーサダールへ行ってみようと思ってるんです。それで・・・私はラインさんの家の錬金術師ですから、旅に出るにあたって何か許可とか、そういったものが必要ですか?」
―――と、問いかけてみるものの、ラインさんは未だ驚きの表情のまま何事か考え込んでいる。
「ラインさん?」
「あッ・・・いや。まさか、こちらからお願いする前に、こんな都合の良い話を聞くことになるとは思わなかったもので」
「都合の良い話?」
ラインさんの思わぬ反応に、その場の全員が怪訝な顔をする。
私達のその反応に、今度はラインさんが慌てたように彼の事情を話してくれた。
「―――なので、私もこれからもミョーサダールへ向かう事になっていたのです」
ラインさん曰く、どうしても助けたい人が居て、その人を助ける為にはある魔道具が必要で、それがウールズに在るらしいという事。そしてそれがミョーサダールに在るのだと最近判明したという事だった。
でも、どうしてそれで私がミョーサダールへ行くことが「都合が良い」のだろうか?
むしろ、もしかしたら同行してもらえるかもしれない私の方が「都合が良い」んじゃないかな?
「その、ある魔道具ってのは、どういう物なんだ?」
ラインさんの話を聞いて、フェリオが尋ねる。
確かに、私が必要となる事柄なんて、錬金術関連だけだものね。きっとその辺りに私が必要とされる何かがあるのかもしれない。
「その魔道具の名は『賢者の柩』。不老不死を可能にすると云われている魔道具です」
「賢者の、柩?」
「不老不死だなんて・・・」
「それって―――」
不老不死という衝撃的な効果も然ることながら、『柩』という言葉が気になったのは、皆同じだったらしい。
「私が夢で見たあの柩。もしかして、あれが『賢者の柩』?」
「伝説のような情報しか無いので外見までは分かりませんが、恐らくそうでは無いかと」
あの柩が魔道具だと言われれば、確かにそんな感じがする。普通の柩とは明らかに違うもの。
「しかし、その中で眠る人がいるとなると、ウールズの者は絶対にその柩を貸し出してはくれないでしょう。ですが、シーナさんがその方を目覚めさせるとなれば、少しは可能性が出てくるかもしれません」
そうか。ラウレルールさんを助けなければ、ラインさんの目的も達成出来ないって事だ。
「そして何よりもその柩を借り受けた後、それを使って彼等を助けるには、シーナさんの協力が必要になると考えています」
ラインさんは苦しげな表情で、私を見た。
そこには、その人達を助けたい強い思いと、私に頼る事へと後ろめたさの様なものが混ざり合って見える。
それは、この話を皆にする前の私と同じ、葛藤する人間の顔だ。
「もちろん、私でお役に立てるなら喜んで。それに、ミョーサダールに同行して貰えるなら、私としても都合の良い話、なので」
フェリオの言っていた最善策が、こちらからお願いするまでも無く選択できるのだから、本当に都合の良い話だ。
もしかしたら夢で語りか掛けてきたあの声は、全てを知った上でこのタイミングで夢を見せたのでは無いか?と疑う程に。
「ちょ~と待った!!なんかライン君と二人で旅する流れになってない?僕も当然一緒に行くからね!?」
「当然、俺もイク」
「お姉ちゃん心配だから、ゼッタイみんなを連れて行ってね」
「ホラ、やっぱり一人旅になんてならなかっただろ?」
「まぁ、そうなるよな」
結局、一人でもミョーサダールへ行こうと思っていた私の覚悟は、不要なものとなっていた。
まさかラペルまで一緒になって、皆の旅の同行を後押ししてくるなんて・・・。
この世界の一人旅って、やっぱり無謀・・・なのかな?




