変化と日常
影魔獣出現から数日。
カリバの町はまだ、浮き立っていた。
一度は逃げ出した人達もその日の内に町へと戻り、酒場では湖の復活を祝う笑い声が数日間絶えなかったらしい。
町を歩いていても、聞こえてくるのはあの事件の話ばかり。
男達は影魔獣と騎士団の戦いを熱く語り、女達は影魔獣を倒した三人の男達の話に花を咲かせ、そして最後には皆聖女は本当に現れたのか、それは一体誰なのかという話題が続く。
「あんな大きな影魔獣をあっという間に倒しちまうなんて、すげぇよなぁ」
「それもこれも聖女様のお陰だって話だぞ」
「しかも、聖女様はすげぇ美人らしい」
「そりゃあそうだろう!この町で一番の美人って言えば―――」
「ねぇ聞いた?あの後、ラインヴァルト様が女の子を馬に乗せて帰って来たって!」
「ラインヴァルト様と馬に乗れるなんて羨ましい」
「そうじゃなくてッ!その子が聖女様なんじゃないかってことよ!」
「でも、あの三人が動いてたって事はさぁ―――」
影憑疑惑の時のように、どことなく遠巻きにチラチラと見られている気がする。
その視線にはあの時のような警戒や恐れは無かったけれど、これまで気軽に挨拶をしてくれていた人達が急に余所余所しくなってしまって、やっぱり・・・この視線は嫌いだ。
「ただいまぁ~」
あの事件依頼久しぶりに町に出たものの、居心地の悪い視線に耐えられず、直ぐに帰ってきてしまった・・・。
そもそも私は聖女なんかじゃ無いし、湖が満たされた理由がアレじゃ、町の人達の視線が痛くてたまらない。
「あら、早かったわねぇ。もしかして無かったの?」
「うぅん。ちゃんとあったよ」
フラメル家で出迎えてくれたのは、サラマンダーのお姉さん。私はサラさんと呼んでる。
一瞬、ガッガリしたような表情を見せたサラさんは、目的のモノがちゃんと買えたと知って目を輝かせる。
最近ずっと外に出られなかった子供達三人は、コウガと森で久しぶりの採取に行っていて、今この家には私とフェリオの他にはマリアさんとサラさん、またもやジャンケンで勝ち残ったナイルしか居ない。
そしてサラさんが期待の眼差しを向ける買い物カゴの中身は、お馴染みの細長い形に真っ赤な色をした辛~いやつ。トウガラシだ。
どうやらこの妖精のお姉さん、イメージ通りと言うべきか意外と言うべきか、辛いものがお好きらしい。
サラさんはこの世界のタマネギを生でバリバリ食べるほどの辛党だ。ちなみに、この世界のタマネギはどちらかと言えばエシャロットに近い大きさで、ギュッと固くて生で食べるとかなり辛い。
だったらあの料理も気に入ってくれるかも、と今回用意したのがトウガラシだ。
これで何を作るかと言えば・・・。
「じゃあ、早速作っちゃおっか。フェリオ、お願い」
トウガラシを荒く刻み、蔓豆で作った味噌と合わせる。
「コレ、辛いんだろ?本当にウマイのか?」
よし!と錬成の体勢に入った私に、フェリオは疑いの眼差しを向ける。
どうやらフェリオはあまり辛いものは得意じゃ無いらしい。
「もちろん。辛旨って言葉を知らないの?ほら、お願い!」
「・・・しょーがないなぁ」
――――――シュゥゥゥゥゥゥ・・・。
出来上がったのは、豆板醤。本当は空豆で作るんだけど、まぁその辺は錬金術にお任せということで。
これが出来れば後は鶏ガラスープに豆腐とタマネギ、ニンニクに細かく切った赤猪の肉。それから予めジャガイモっぽい芋から錬成して用意しておきました、片栗粉。
いつもの材料が全部揃った訳じゃ無いけど、これならいい感じに仕上がるはず。
この材料で作るのは――――そう、麻婆豆腐。
実は辛いもの好きな私の得意料理だったりする。
「よし、出来た!」
「あらぁ、美味しそうな匂い」
「確かに・・・匂いは旨そうだな」
スープ用のお皿に麻婆豆腐を盛り付け、薄く切ったパンを添える。本当なら絶対ご飯なんだけどね。
―――錬金術で稲って創れないかな。今度やってみよう。
真剣にそんなことを考えながら食卓に並べていると、マリアさんとナイルがやって来て興味深そうに麻婆豆腐を眺めている。
「シーナちゃん、また新しい料理?」
「そうなんです!ちょっと辛いんで、様子を見ながら食べて下さいね」
「へえ、辛いのは珍しいね」
「流石にルパちゃんやラペルが居る時には作れないからね」
今回はそこまで辛くはしていないけれど、この辺りの人は普段あまり辛い物を口にしないらしいから、大人でも少し心配だ。
そんな私の心配を余所に、早速食べ始めたのはやっぱりサラさんだった。
長い爪で器用にスプーンを持ち上品に麻婆豆腐を口に運ぶその姿は、なかなか様になっている。
「んん~美味しいわ、コレ。ワタシはもう少し辛くても良いけど」
そんなサラさんにトウガラシから作ったもう一つのアイテム、一味唐辛子をそっと渡してから、他の人の反応を窺う。
「―――ピリピリするけど、美味しいわ。この感じ、癖になりそうね。私もソレ貰おうかしら」
「確かに、旨いな。まぁ、オレはこのくらいで十分だけど」
「僕もこれくらいが良いかな。これ以上は舌が痛くなりそうだよ」
どうやらマリアさんは辛党だったらしい。サラさんから一味唐辛子を受け取って、躊躇いもなく追加している。
フェリオとナイルはそこまで得意じゃないのかな?まぁスプーンは進んでいるし、このくらいなら問題無さそうだけど。
そうして、後を引く辛旨の魅力にあっという間に昼食を終えた私達は、食後にまったりとティータイムを満喫していた。
すると、サラさんがそう言えば・・・と、何でもない事のように話を切り出す。
「ワタシ、そろそろ妖精界に帰るわぁ」




