伸ばした手
――――――影憑。
スフォルツァさんから感じるザワザワとした悪寒と恐怖。そしてその姿。
それは影憑の特徴と一致していて、実際に遭遇した影憑に感じたモノと同じだった。
目の前で、人が影憑になる瞬間を目撃してしまった・・・。それは魔力の変質であり、魂源の転生とも呼べる変化だ。
彼女の魂源は黒紫に染まり、そこから溢れる魔力からは深紅の薔薇の残滓さえ視る事が出来ない。
『アぁ・・・満ちる・・・ナカから、溢れてるわ・・・』
恍惚とした表情を浮かべたスフォルツァさんからは、その身に収まりきらなかった魔力が溢れている。
ウネウネと幾本もの魔力を広げたその姿はまるで大輪の漆黒花か、蛇の髪を持つ怪物メデューサか・・・。
『・・・これで私は、永遠の若さと美しさを手に入れたのね』
フフフフッと嗤うスフォルツァさんに誰もが声を失う中、ラインさんが声を上げる。
「スフォルツァ殿!何故その様なッ」
『―――ラインヴァルト様。アナタこそ、ナゼそんな女を選んだのです?私の方が・・・ホラ、こんなにも美しく、才気に満ちて、誰よりも・・・そう、誰よりも尊い存在ですのよ?』
「貴女は確かに、錬金術師として稀有な存在でした。ですが、貴女は少女を誘拐し、妖精を害した。それに、その姿は・・・」
『稀有?―――今の私以上に稀有な者など、存在しませんのに?あぁでも、高位の妖精を従える私がいるにも拘わらず、この女に協力を求めた貴方には、私の価値など分かりませんわねぇ。私の妖精も今頃は私と同じ魔力を得て、更に高位な存在へと昇華するはず、でしたのに・・・この女が・・・全部、全部・・・台無しにしてッッ!!』
スフォルツァさんの怒りに合わせて、彼女から溢れた黒紫の魔力が私に襲いかかる。
蛇の様なその魔力は、私を押さえ付けているゲルルフごと私にグルグルと巻き付き、その濃すぎる魔力に、魔力が視えないはずのゲルルフでさえ視認出来ているのか、ヒィッと小さな悲鳴を漏らした。
『この女だけは・・・この女の存在だけは・・・』
スフォルツァさんの憎悪がそのまま向けられたその魔力は、身体中の毛穴から無理矢理ナニかを捩じ込まれる様な、サラマンダーが入れられていた檻に触れた時の数十倍の不快感を私に与えた。
その余りの気持ち悪さに、吐気と目眩で意識が揺らぎ、全身から力が抜けていく。
「シーナッッ!!」
フェリオの叫びに、その場にいた全員の足にグッと力が入る。しかし
「うごぉくなぁぁぁッッ!!」
私と同様に不快感に襲われているはずのゲルルフは、蒼い顔をしながらも私を放す事無く、そのまま湖に突き出た桟橋へとズリズリと後退り大声で牽制する。
「カカ、カロリィィナ様の、邪魔・・・邪魔をするな!アァァァ・・・カロリィナ様、なんとスバラシイ。早く、早くッ俺も!俺にもその力をお与え下さいぃ」
『あぁ・・・可哀想なゲルルフ。オマエには無理よ?だってそうでしょう?私が、特別なのだから』
ゲルルフの懇願に、スフォルツァさんはクスクスと嗤う。
「そん、な・・・では、カロ、リーナ様の、お側に。お側にさえ居させて頂ければ、俺は・・・」
私にナイフを突き付けていた手を、ゲルルフがスフォルツァさんに向かって伸ばす。
その一瞬の隙に、コウガが素早くこちらに向かって動き出し―――
―――ヴゥゥンッ
突如発生した衝撃波によって私とゲルルフは桟橋の先端へ、真面に受けたコウガは森へ吹き飛ばされ、ナイルとラインさん率いる騎士団員達も軒並体勢を崩された。
一瞬過ぎて、何が起きたのか分からない。
座り込んだまま慌てて顔を上げれば、スフォルツァさんの隣には、黒いフードを被った人影が立っていた。
姿こそ見えないけれど、また現れたのだとすぐに分かる。
こうして比べてみれば、スフォルツァさんに感じる悪寒や恐怖など微々たるモノだ。
その人影から感じるプレッシャーは、酷く重く、突き刺さる程に鋭利で、芯から凍りつく程に冷たい。
―――影憑、ジル・ドレイク。
『ごめんなさいねぇ。この方と一緒に行けるのは、この方と同じ存在である私だけ。だから、ゲルルフ・・・私の為なの、最後にその女と一緒に、消えてくれるわよね?』
スフォルツァさんは一片の迷いも罪悪感も無くそう言い放つと、ジル・ドレイクの胸にしなだれる。
「カロリーナ様、のタメに?―――あぁ・・・ア゛ァァァ――――」
スフォルツァさんは、ゲルルフに私を殺して自分も死ね、と言ったの?でも流石にそんな命令、従うわけ無い。
けれどゲルルフはガタガタと身体を震わせながらも、どこか恍惚とした表現を浮かべ、「カロリーナ様の為」と何度も繰り返し呟きながら、ナイフを握り直す。
「カロリーナ様のタメ、に・・・オマエは邪魔。オレも・・・いらない、いらないいらないいらないいらないいらないいらないぃィィッッ」
あぁ、一日に何度もナイフを向けられるなんて、私はよっぽど悪いことでもしたんだろうか。
振り上げられたナイフを見ながら、悠長にそんなことを思う。
ゲルルフの後ろにはゲートに消えていくジル・ドレイクとスフォルツァさん。
更にその向こうから、こちらに向かって必死に走るラインさんとナイル。
私は未だ身体から力が抜けて上手く動けず、桟橋の先端に居るから後方は湖。
これは、刺されるかも。ポーションもう残って無いのに・・・ッッ!?
ドボンッ―――ゴボゴボゴボッッ・・・
刺されるッと思った瞬間訪れたのは、衝撃と水の感触。
分かっているのは、再び襲った衝撃波によって吹き飛ばされた、という事。
そして吹き飛ばされていなければ、確実に刺されていただろう、という事。
湖に落ちる瞬間、見えたのは・・・こちらに手を伸ばすジル・ドレイクの姿。
―――ジル・ドレイクに、助けられた?
ゲートに消える刹那、私に向けられたフードの中の真っ赤な眼が、穏やかに・・・細められた気がした。
現在進行形で水底に沈んでいく動かない身体と、水中だからだけじゃない揺れる視界。
ゴボゴボゴボと漏れる空気に、目眩に似た息苦しさの中、"助けられた"なんて考えるのもどうかと思うけれど――――――。




