深紅の薔薇は黒く燃え尽きる
声だけ聞いたら、素肌にレザーのライダースーツとか着てそうなその声の持ち主は、ゆっくりと辺りを見渡しながら、パチパチと瞬きを繰り返す。
よく見ればマスカラでも塗ったかの様な、バッサバサな睫毛に、潤んだ黒目が印象的な美人?サラマンダーだ。
「大丈夫ですか?魔力に違和感とかありませんか?」
魔力も回復したし、纏う魔力からも魂源からも綺麗サッパリ影の魔力は消え去っているけれど、もし魔力の質が合っていなければ、毒とまでは行かずとも気分が悪くなったり、違和感を感じるかもしれない。
「いいえ。寧ろとても気分が良いわ。こんな質のいい魔力を貰ったのはいつ以来かしら・・・」
「良かっ―――――」
「良かった」と言おうした瞬間響いた轟音と騎士達の叫び声に、まだ事態の終息には至っていない事を思い出す。
ナイルが作った穴から這い出した影蜥蜴が尻尾を滅茶苦茶に振り回していて、何とかその攻撃に耐えながら隙を窺っていた騎士達が、尻尾と同時に襲って来た炎の息吹に体勢を崩されている。
よく見れば、サラマンダー救出にかなりの魔力を割いた為か、ラインさん達三人の纏う魔力が随分と減っている。その所為もあって現状、攻撃の決め手に欠けているようだ。
「大変!今はゆっくり話してる場合じゃ無さそう。フェリオ、あの三人にコレ渡してきて!」
「マナポーションか。分かった!」
持っていた下級のポーションとマナポーションを取り出し、その内マナポーションをフェリオに託し、私も手近な騎士達に配れる様にと下級のポーションを幾つか手に取ったけれど、鋭く美しい爪を持つ手に奪われた。
「ワタシの所為だもの、ワタシが行くわ」
サラマンダーはそう言うとポーションを持ったまま、背ビレの様だった羽を広げてフワッと飛んでいってしまった。
手持ちぶさたになった私はふと湖に目を向け、あまりの衝撃に自分の目を疑った。
そこに広がっていたのはカリバの生活を支える湖の、変わり果てた姿。
森の南側の方が水深が深いのか、此方側だけ見ればそこまでの変化は見られなかったけれど町側は岩場が更に広がり、停泊していたであろう船が岩場にポツポツと残されている。
湖の実に三分の一の水が消え去り、元々の貯水量をからみれば、その水位は半分程にまで落ちている。
原因はきっと、ゲートの出現。
カリバの人達は、湖の水をそれは大切に使っていた。
町中に張り巡らされた下水道、その先にはフラメル氏が創った大掛かりな魔道浄化槽が整備され、湖に汚水が流れ出る事は無い。
そこからまた生活用水を汲み出し循環させる事で、なんとかこの水不足の世界でも豊かな暮らしを維持していたのだ。
雨の降らないこの世界では、基本的に湖の水位が上がる事はない。下流へ流す事を止めれば水は貯まるだろうが、その先に生きる者の命を犠牲にする事になるだろう。
―――これじゃ、聖女アメリアのお伽噺みたいだ・・・。
『湖が無ければ、私達は生きては行けない』
湖の畔に住む民は悲しみ、絶望しました。
しかし、アメリアは言いました。
『大丈夫、私が皆様をお救いしましょう』
物語の一節が頭を過る。
私は、聖女アメリアと似た力を持っているけれど、聖女アメリアと同じ台詞を言う勇気は無い。
何とかしたい。そう思う自分は確かに居る。
でもそれと同時に、また『特別なモノ』、『違うモノ』として扱われる事を怖いと思ってしまう。
それに、私一人ではどうにも出来ない事だから・・・。
そう自分自身に言い訳をして、タイミング良く上がった「ウオォォォォ!!」という歓声に意識を移した私は、湖から目を逸らした。
それが、いけなかったのだろうか。
視線の先では、今まさに崩れ去り、消え去っていく影蜥蜴の姿。
ポーションで回復した彼等が、いつの間にか勝利を収めたらしい。
その光景にホッと胸を撫で下ろした私は、背後から迫る人影に気が付かなかった。
「動くなッ!!」
突然、背後から後ろ手に捻り上げられた腕をギチッと掴まれる。
急激な痛みに訳もわからず振り向けば、そこには狂気を孕んだゲルルフの横顔があり、私の首元には鋭利なナイフが突き付けられていた。
影蜥蜴を倒した歓声から一転、私の名前を呼ぶ切羽詰まった声が至る所で上がり、命の危険に晒されながらも、勝利の余韻に水を差してしまった事に申し訳ない気持ちになる。
また捕まるなんて・・・油断し過ぎ。
「―――どうして?」
凹む私の後ろから、ゲルルフに縋り付きたくなるほどの、仄暗く底冷えした声がした。
「どうしてなの?」
ユラリと現れた声の主からは、赤い薔薇の花弁がヒラリ、ヒラリと舞い堕ちている。
「みんな、みんな・・・この女ばかり・・・私の方が、私の・・・美しいのよ・・・誰よりも、こんな女よりもずっと、ずっと・・・ラインヴァルトさまも、アイツもアイツも・・・ドイツもコイツも、みんな、みんな・・・」
しかしその花弁は縁から黒く燃え上がり、ボロボロと崩れて真っ黒な塵になっていく。
「私が、選ばれるべきなのよ・・・」
狂気とも違う、信念にも似た、真っ直ぐな憎悪が私に向けられている。肌がビリビリとして凍える様なのに、 焼け付いたみたいにジクジクと痛む。
「でも・・・もういいわ。私は、あの方と同等の存在になるのだから」
かと思えば、悦に入った様にホウッと吐息を吐き出して、妖艶で挑発的な流し目を私に向けてくる。
「もう・・・アナタすら必要無いわ。さぁ!この女の命が惜しいなら、その魔石を此方へ寄越しなさい」
スフォルツァさんが要求したのは、影蜥蜴の魔石。
大きなソレは一つ一つがクッション一個分程の大きさがある。
「ホラ、早く受け取って来なさい」
スフォルツァさんが目線で指示を出した先に居たのは、私にナイフを残してくれた男の人。
その姿は傷付きボロボロで、顔は強張り青褪めて、首には見覚えのあるチョーカー型の魔道具。
ルパちゃんと同じであろうその魔道具によって縛られた彼は、フラつく足をガタガタと震わせながらもラインさんから魔石を受け取ると、スフォルツァさんの元へ向かう。
「裏切者でも、ちゃ~んと使ってあげる。私は慈悲深いでしょう?」
ウフフッと嗤った彼女がドレスを寛げ、露になった胸元から男性陣が僅かに視線を逸らす中、そこに在ったのは―――黒紫の石。
スフォルツァさんはその胸元の石と触れ合わせる様にして、男の持っている魔石を抱き込む。
すると、触れ合った所から魔石がドロリと溶け出し、吸い込まれるようにしてスフォルツァさんの石の中へと消えてしまった。
「うッ・・・ぐぅぅぅ・・・あぁぁぁァァぁぁぁァァァァァ――――――――ッッッハァァ・・・」
苦しげに歪み、閉じられた眼が開く。
それと同時に、深紅だった彼女の薔薇は黒く燃え尽き、代わりのように青みがかった薄灰の眼は、血が満ちたような赤色へと変化していた。




