火蜥蜴、丸洗い
サラマンダー救出の為、私は改めてじっくりとその檻を観察する。
六角形いの平たい鳥籠の様なそれは、太い鉄格子で出来ていて、籠と言うよりはやっぱり檻といった方がしっくりとくる。
アンティークと言うべきか、ゴシック調とでも言うべきか、無駄に美しく装飾されている辺り、スフォルツァさんの好みなんだろうな、なんて無駄な事を考えながら、全体をじっくりと見ていると、鎖が繋がった檻の頂点に、見覚えのある石が嵌め込まれていた。
―――青い石。
影の魔力を、人の魂源に浸食させる石。
これの所為でサラマンダーの魂源が影の魔力に浸食されているんだろう。
それから・・・フェリオが入れられていた袋と同じ様な魔道具なら、何処かに魔方陣が在るはず。
考えられるとすれば・・・やっぱり底の部分だろうか。
確認の為に底を覗こうと、意を決してもう一度檻を掴むと、やっぱり自分の中に異物が入ってくる様な不快感に襲われた。それでも我慢してグッと力を込めたけれど、鉄格子で出来ているその檻はかなりの重さで、持ち上げるだけでも重労働だ。
え?コウガ・・・この重さを咥えてたの?
改めてコウガの力と顎の強さを実感しながら、漸く少し持ち上がった隙間から覗き込めば、案の定そこには怪しげな魔方陣が浮かび上がっている。
それを確認してから、なるべくそっと檻を戻し、額の汗を拭う。
檻の重さも辛いけれど、何よりも押し寄せる不快感に脂汗が滲んだ。
こんな中にずっと閉じ込められて居るなんて、かなり辛いだろう。
「フェリオ。まずはこの魔方陣からなんとかしよう」
「分かった」
「よし!じゃあ、お願い」
フェリオの時と同じ様に、魔方陣を分解する為にイメージする。浮き上がる魔方陣の黒紫の魔力を、自分の魔力で押し流し塗り潰す・・・。檻全体を丸洗いして、すっきりさっぱりと。ついでに鍵も外れてしまえ!
――――――シュゥゥゥゥゥゥ・・・
「フゥ。これでどうかな?」
檻が纏っていた黒紫の魔力は消え、頂点に嵌め込まれた青い石は色を失って白に戻っている。
「なんて言うか・・・シーナってやっぱりとんでも無いな。最後、勢いで鍵外しただろ?」
「あれ、バレてた?でも、できたでしょ?」
「できる事がオカシイんだけどな・・・」
オカシイとか酷い!と抗議したいのは山々だけど、今はそれよりもサラマンダーだ。
妖精らしく見た目よりもずっと軽いその身体をそっと抱き上げ、狭い檻の扉から慎重に外へと連れ出す。
檻が纏っていた影の魔力が無くなったお陰か、僅かに意識が浮上したのだろう。
時折辛そうに顔を顰めるけれど、膝の上に感じる柔らかなお腹からは、仄かな温もりと呼吸が感じられた。
でもサラマンダーの魂源はまだ、影の魔力に浸食されたままだ。
それに、体内に無数にあるこの魔力は・・・。
黒紫の魔力の小さな塊が、サラマンダーの浸食された魂源とは別の、多分お腹の中に幾つも視える。
もしかして・・・と、サラマンダーの頭を下向きに抱え、お腹の辺りから喉に向かって優しく押してやれば、ゴポッと苦し気な音と共に、サラマンダーの口から小さな魔石の欠片が大量に吐き出された。
魔石を食べさせられてた?何の為に?
ゲートが開いた事と、何か関係があるんだろうか?
「酷い事するな。これじゃ、魔石から魔力を吸収するしかない」
「魔石から魔力を吸収できるの?」
妖精は、自分と同じ性質を持つパートナーの魔力しか吸収出来ないんじゃないの?
「ナガルジュナの時の、影魔蜜蜂の蜜にあった特性覚えてるか?魔力の統合と均質化、それから変質だったか。それは多分、影の魔力の影響で付いた特性なんだ」
「それじゃあ・・・」
「あぁ。恐らく、オレ達は影の魔力を糧にすることが出来る。ただ、パートナーの魔力に比べて効率は悪いだろうし、かなりの不快感に襲われるだろうけどな」
魔力の供給を断って、魔石を与えて、青い石の影響下に閉じ込める。そうする事で引き起こされたのが、ゲートの出現なんだろうか。
・・・いや、今はそんなを事考えている場合じゃない。
「――――ッッはぁ。とにかく、今はこの子を助けないと!フェリオ、まずは魂源を綺麗にしよう」
「そうだな」
沸々と沸き上がる怒りを深呼吸で一時的に抑え、今はサラマンダーを助ける事にだけ集中する。
「フェリオ、行くよ!」
「おう!」
――――――シュゥゥゥゥゥゥ・・・
サラマンダーの魂源は弱っているから、浸食した黒紫の魔力を少しずつ慎重に引き剥がし、取り除く。
「――――――ふぅ」
「はぁ、疲れた」
なんとか魂源を綺麗な青色の戻す事に成功し、フェリオと共に息を吐く。
二回目とはいえ、やっぱりこれは精神的に消耗が激しい。
でも、苦し気だったサラマンダーの表情が穏やかになったのを見れば、その苦労も報われるというものだ。
とは言え、まだこの子が助かった訳では無い。
「後は魔力の供給だけど・・・」
「・・・そうだな」
スフォルツァさんに望みを託すのは、正直気が進まないし、期待も薄い。
しかも、僅かながらに供給されていた影の魔力も無くなってしまったから、時間的な余裕も無い。
この子に合った魔力。スフォルツァさんの魔力――――どうすれば・・・。
そこでふと、剥がれ落ちたサラマンダーの鱗が目に入った。
真っ赤な鱗は、まるで薔薇の花弁の様に美しく、スフォルツァさんの魔力に似ていて―――。
「薔薇の花弁・・・そうイメージして、マナポーションを作ったら?」
「えッ?」
「この子に合ったマナポーションを錬成出来ないかな?」
「そんなことッ―――できる、のか?」
「わからない。でも、スフォルツァさんの魔力なら、視たからイメージできるし、あとはこのサラマンダーの鱗を材料にすれば、できそうな気がする」
そうと決まれば善は急げだ。
サラマンダーが吐き出した魔石を魔結晶へと変え、そこにマナポーションの材料とサラマンダーの鱗、まだ影の魔力が残っているといけないから蔓豆も入れておこう。
「よしッッ!フェリオ、お願い!!」
「ッッおう!ドンと来い!!」
――――――シュゥゥゥゥゥゥ・・・
先刻視たスフォルツァさんの魔力は、影の魔力の所為で黒ずんでいたけれど、きっと彼女の本来の魔力は―――
燃え上がる炎みたいに激しく、真っ赤な薔薇の花弁みたいに艶やかな・・・。
――――――シュゥゥゥゥゥゥ・・・
錬成に使った小さな釜から、真っ赤な薔薇の花弁がブワッと広がったように視えた。
「ッッップハァ・・・シーナ、22秒だったぞ・・・」
それと同時に、フェリオがぐったりしながら両手で器用に爪を二本出して抗議してくる。その様子がタブルピースに見えて、私も同じ様に返してニッと笑う。
「でも、大成功。でしょ?」
飲みやすい様に小瓶に移したそれは、いつもと同じ青色のポーション。でも、その中にフワフワと漂う真っ赤な薔薇の花弁が、これが特別なマナポーションだと証明している。
「ほんと、とんでもないよ。オレのパートナーは・・・」
半ば諦めたような、でもどこか嬉しそうな表情でフェリオが溜め息を吐く。
褒められたのか、貶されたのか分からないけれど、まぁ・・・悪い気はしなかったから、褒められたんだろう。
「まぁ、本当に効果が出るかは、飲んでみないと分からないけどね」
再びサラマンダーを抱きかかえ、そっと出来上がったマイナポーション(命名)を口内へと流し込む。
するとすぐに、薄れて消えそうだった魂源がハッキリと視えるようになり、そこから真っ赤な薔薇が花開く様にフワッと魔力が広がると、ずっと閉じられていたサラマンダーの目が開き―――。
「―――アラ?アタシ、消えてないのね?」
聞こえてきたのは、極上に色っぽい女の人の声だった。




