深紅の薔薇は枯れ落ち
―――バキィッバキベキバキバキィッッ!!!!
振り上げられたナイフにギュッと閉じた眼を、不気味な轟音に驚いて咄嗟に開けば、ナイフは私の目の前で止まっていた。
「―――邪魔するなんて、どういうつもり?」
見れば、スフォルツァさんの腕を男の人が掴んで止めている。
恐らく私をここに連れてきた男だろう。何となく見覚えがある気がする。
彼は・・・前にゲルルフに絡まれた時に一緒に居た人だ。解麻痺薬を欲しがってて、最後に一人だけ頭を下げてくれた人。
ゲルルフと違って真面な人だと思ったのに、誘拐なんて・・・ん?でも、この状況って私を助けてくれたって事?だったらやっぱり良い人なのかな?
「カロリーナ様、ゲートが開いたなら影魔獣が出現しているはずです。その魔石があれば、この女の力を全て奪う事も可能じゃないかと。今殺すには惜しいのでは?」
良い人じゃ無かったッッ!!最終的には助からないやつだー!
しかも今ゲートって言った?もしかしてさっきの音がそうなの?前にゲートが出現した時はあんな音しなかったけど、もしあれがゲートの開く音だとして・・・どんな規模のゲートよ!それって絶対危ないヤツでしょ?逃げた方が良いんじゃない?
「―――フンッ!オマエの意見なんて聞いてないのよ!」
「―――ッッ申し訳ありません」
「・・・でもそうね、漸くゲートが開いたんだもの、魔石は回収しないとね。でも・・・オマエに倒せるかしら?前回の牙狼は誰かに横取りされた上に、今回の贄は私の妖精を使ったのよ?」
「それは・・・」
「フンッ、まぁ良いわ。どうせ騎士団が討伐に動くでしょうから、オマエは魔石の回収にだけ専念なさい」
なに?この人たち。ゲートが開いたっていうのに、全く動揺していない。それどころか、それを待っていた様な言い方。
それに、妖精を贄にしたってどういう事?それじゃまるで、スフォルツァさんが意図的にゲートを発生させたみたいな・・・。
そこまで考えて私は、初めて青眼でスフォルツァさんを視ている事に気付く。
彼女が纏っていたのは、深紅の薔薇の花弁。
しかしそれは影の魔力に浸食され縁から黒ずみ、枯れ落ちた花弁の様に視えた。
彼女の、若返った美貌とは裏腹なその光景が酷くちぐはぐに視えて、妙に居たたまれない。そして魂源は―――
―――魔石みたいな、黒紫の魔力の塊。
こんなにも影の魔力に浸食されてるなんて・・・でも彼女から溢れる魔力には、まだ彼女の色が残っている。
だからまだ完全に浸食された訳じゃないはず。それでも・・・これは・・・。
呆然と彼女を見つめていた私に、スフォルツァさんの鋭い視線が向けられる。
「今度こそアナタの全てを奪ってやるわ。騎士団も、影魔獣が現れればアナタの事なんてすぐに見捨てるでしょうから、ここで自分が死ぬのを惨めに待ってなさい。行くわよ。―――あぁ、棺の蓋は閉めるのよ」
酷薄な笑みを浮かべその身を翻したスフォルツァさんは、再びカツカツと高い靴音を響かせて小屋から去って行く。
蓋を閉めるように命令された男は、箱の横に屈み無慈悲に蓋を閉め―――コトンッ―――暗闇になった箱の中、私の手元には一本のナイフが置かれていた。
―――やっぱり良い人だったー!!!!
これってナイフで縄を切って逃げろって事だよね?ありがとうございますッ。よし!・・・って、アレ?えーと?
・・・切れない。
ナイフはちゃんと手で掴める所に置いていってくれた。でも両手を縛られた状態でそれに力を込めて動かすのって、かなり難しい。
ッッ!?イタッ・・・。
下手に刃物なんて動かすから、手首に当たって幾筋もの切り傷が出来てしまう。
ドラマや物語の主人公達はどれだけ器用なんだろう。何故この状態で縄が切れるの?
早くしなければ、またスフォルツァさんが戻ってくるかもしれない。そうじゃ無くても影魔獣が出現しているかもしれないのに、こんな所で呑気に捕まっている場合じゃない。
どうしよう。早くしなきゃ―――あぁ、もうッ!
思えば思うほど、焦りでナイフは上手く動かない。
焦りが苛立ちに変わり、どうせポーションで治るなら少しくらい怪我したって構わないッ、と思いきってナイフを動かしたその時、箱の蓋が開かれて再び視界が明るくなった。
「シーナ、無事か?―――ッッて、オイ、大丈夫か!?」
箱を覗き込んだ青年姿のフェリオは、びっくりして動きを止めた私の腕が、ザックリ切れて血が流れているのに気付くと、青い顔をして私の手からナイフを取り上げ、それで縄を切ってくれる。
「うぅ痛いぃ~」
「当たり前だ!足の縄も切ってやるから、シーナは早くポーション飲んどけ」
フェリオに言われて素直にポーションを飲んだ私は、痛みで霞んでいた不安や恐怖、焦りや苛立ちを思い出し、見慣れたミントグリーンに心底安堵する。
「フェリオォ~」
「うわッ危な!ナイフ持ってる時に抱き付くなッ」
思わずフェリオの首に縋り付いてギュウギュウ抱き締めれば、優しくない言葉が返ってきた。
でもまぁ、ナイフを持っていない方の手で、背中をポンポン叩いてくれているので、全体的には優しいんだけど。
「でも、よく脱出できたね。あれ、魔道具だったでしょ?」
何故かビリビリに裂けた黒い袋を見ながら問い掛ければ、フェリオもそれを振り返って苦笑する。
「シーナが魔方陣の一部を壊してくれただろ。それに、元々この魔道具は魔力を遮断して下位の妖精を捕まえておく魔道具だったんだ。オレくらい高位になれば、保有魔力だけで姿を変える事はできるからな」
つまり・・・袋の中で猫の姿から青年の姿に変身して無理矢理あの袋を破って出てきたと?
袋の中でミチミチに詰まってるフェリオ・・・想像するとちょっと面白い。いや、不謹慎なのは分かってるから言わないけどね。
「それにしてもシーナ・・・苦しいんだが?」
そう言われて私は、未だにフェリオに抱き付いたままだった事を思い出す。
そして思い出した途端に恥ずかしくなり、そーッと離れてみるものの、そこにはニヤニヤと笑うフェリオの顔。
「腰が抜けたなら、横抱きで連れてってやろうか?」
下手に顔が良いから、そんな表情もその台詞も無駄に似合ってて腹が立つ。
だから・・・抱き付いた時にちょっと泣いてしまった事だけは、絶対に秘密だ




