〉その頃彼等は~カリバ大捜索~
「ッッ――――――はぁ・・・」
騎士団の詰所で、ラインは必死に堪えていた。
本当なら真っ先に捜索に向かいたいが、キナン分隊長が不在の今、自分がここで指揮を執らなければならない、と。
コウガは森へと捜索に出て、先程ナイルがその能力を活かして町の捜索に加わった。他の騎士達は今も町中を駆け回っている事だろう。
そこから集められる情報を精査し、適宜展開するのが彼の役割だ。
差し当たって、容疑者であるゲルルフの常宿へと向かった者の報告を、今か今かと待ち構えている。
「ライン隊長、ゲルルフの仲間を捕らえました!」
「よくやった!それで、ゲルルフは?」
「それは、すみません。発見出来ませんでした。しかし、ゲルルフの仲間から証言を得ることが出来ました。やはりゲルルフはカロリーナ・スフォルツァと―――」
騎士の一人がラインへ報告をしている頃、ナイルはカリバの町の上空にいた。
「まったく、虎君は何をやってるの?」
先刻フラメル家を訪れた騎士によって知らされた、シーナの行方不明。
騎士団の詰所でラインから詳細を聞けば、コウガを責める事は出来ないと分かってはいても、ついついナイルの口から文句が漏れる。
ナイルは高く跳躍しながら、カリバの町全体に隈なく視線を走らせていた。
しかしよく訪れる店の前にも、よく散策する大通りにも、更には家々の間の細い路地にも、町の外れの木陰にも、求める者の姿は無く、湖では漁を終えた漁師達が岸へと船を戻すいつもの光景が広がるばかり。
―――姫、どこにいるの?
普段と変わらない町の風景に、柄にもなくナイルの顔に苛立ちが浮かぶ。
そんなナイルの飛び回る様子を窓から見上げたトルネは、悔しそうに小さく呟く。
「子供のオレじゃ、足手まといにしかならない・・・」
自らも探しに行きたいと思いながら、自分の力不足を自覚しているトルネは、グッと堪えて拳を握る。
そんな彼の後ろにピタリと寄り添うのは、不安気な表情の妹達だった。
―――大丈夫。あの三人なら、絶対ねぇちゃんを見つけてくれる。だからオレは、この二人を、母さんを守るんだ。
「よし。ねぇちゃんの分のペポプリン、俺達で錬成して待ってような?」
妹達を安心させる為、無理矢理作った強がった下手な笑みは、本人が思うよりもずっと頼もしく男らしい顔をしていた。
一方その頃、コウガは森の中で辺りの気配を探っていた。
町の中では人が多すぎて分かり難い気配も、森の中でならコウガが一番敏感に察知出来る。
鳥の声、風に揺れる葉擦れの音、動物の足音。
普段シーナと共に採取を行っている東の森には、人の気配は感じられない。
―――居ないか・・・。
コウガは、普段あまり足を踏入れない南の森の湖畔へと視線を向ける。丁度船が一隻、湖岸に向かって進んでいるが、距離がある所為で気配までは感じ取れない。
確かあの辺りでシーナが幽霊を見たと言っていたな。あの辺りも調べてみるか―――。
ふと幽霊を怖がるシーナの姿を思い出し、グッと息が詰まる。
今も怖い思いをしているんじゃないか?
助けを待っているんじゃないか?
そう考えれば考えるほど、焦りばかりが募っていく。
―――パシュッ!
その時、日の傾きかけた空に花火の様な光球が打ち上がる。
今からカロリーナ・スフォルツァの工房へ踏み込む、というラインの魔法による合図だった。
その合図に、漸くかとナイルとコウガは踵を返し、一番疑わしいその場所に向かう。
そのカロリーナ・スフォルツァの工房の前には、既に騎士数名が待機していた。
「被害者を発見した場合、その保護を最優先して下さい。ゲルルフ及びその仲間を発見した場合は、状況に応じて確保。宮廷錬金術師であるカロリーナ・スフォルツァに関しては私が対応します」
曲がりなりにも宮廷錬金術師の工房への強制捜索。今回ばかりは隊長級の人間が必要の為、ラインが現場の指揮を執る。
そこへナイルとコウガも合流し、まずはラインが工房内へ入り様子を窺うことになったのだが―――。
「これは・・・ッッ!?」
まず始めに目に飛び込んで来たのは、荒れた室内だった。
高価な絨毯の上には枯れた花や割れた花瓶が散乱し、壁紙は所々破れて染みが広がり、引き裂かれたソファーやクッションからは綿や羽毛が飛び出している。
そして室内に充満する甘ったるい香り。
―――ヤランヤランの香り。麻薬効果があり、個人での所有は認められていないはずだが。
別の容疑も浮上したこの工房の主は不在。更にはどの部屋も荒れて、華美に彩られていた部屋は見る影も無い。
「ライン隊長。これは・・・強盗でしょうか?」
一人の騎士がその部屋を見て問い掛けるが、それに対してラインは首を振る。
「いや、強盗であれば金品が残っているのは可怪しい。あの辺りの燭台一つでも、かなりの額になるはずだ」
ラインが指し示したのは、金が装飾が施された燭台だったが、それは壁に突き刺さり放置されたままだ。
「ライン隊長、一階の捜索完了しました。睡眠薬と怪しげなポーションを発見しましたが、シーナさんは・・・居ません」
「ライン隊長、二階の捜索完了しました。魔石の欠片を複数個発見しましたが、シーナさんは・・・居ませんでした」
次々と上がる証拠の数々に、しかし一番の目的は果たされないまま。
その場にいた全員に不安と焦りの色が見え始める中、地下を捜索していた騎士の一人が声を上げた。
「ライン隊長!地下に鍵の掛かった部屋があります!ッッお前は―――ゲルルフ!?ゲルルフを発見しま―――ッッゴホッゲホッ―――待てッ!ゴホゴホッ」
その声に瞬時に反応したのは、コウガとナイル、それに続きラインも地下へと走る。
直ぐ様声の方へと向かうと、そこはゲルルフの使用した煙幕によって真っ白な煙に覆われ、一寸先も見えない状況に陥っていた。
―――クソッ、どこへ行った!!
コウガは風を操り素早く地下の空気を入れ換えたが、地下には湖から水を引く水路へと繋がる隠し扉あり、そこからゲルルフの逃亡を許してしまった様だ。
その間に、ナイルは鍵の掛かった部屋の扉を焼き切り、中へと侵入を果たしていた。
ラインの光球によって照らし出された真っ暗なその部屋には、何か大きな長方形の箱を置いてあった形跡だけが残されていたが、目的の人物を発見するには至らず、ダンッ!とナイルの拳が石壁を叩く。
―――姫、ここにも居ない。何か・・何か見落としている気がする。でも、何を?
ナイルは記憶の中に小さな違和感を覚え、コウガの胸にも同じ様な違和感が燻っていた。
―――シーナ、何処だ?オレは、何か大事なモノを見過ごしているんじゃないのか?
彼等はそんな違和感を抱えながらも、ライン率いる騎士達と共に、シーナの手掛かりを握るゲルルフを追って水路を走る。
そして水路を出た先、船着き場の光景を見た瞬間、二人は同じ言葉を発することになる。
「「船だ!!」」
ナイルは見ていたはずだった。
多くの船が帰港する中、一隻だけ逆方向に進む船を。
コウガは見ていたはずだった。
普段人の近寄らない南の森へ向かう、一隻の船を。




