箱中の攻防
突然現れたスフォルツァさんに、私を拐って来た男は声を掛けるでも無く、只々無言を貫いているようだ。
スフォルツァさんの言動といい、男の様子といい、彼女が私を誘拐した主犯なのだろうか?
「ん?ちょっと、妖精は離しておけと言ったでしょう?使えないわねッッ」
「ッッ!!・・・申し訳ありません、直ぐに―――」
スフォルツァさんの怒声の後、バチンッと肉を叩く痛そうな音と男の許しを乞う声が聞こえ、私はヒッと小さく息を呑む。
このままではフェリオと離されてしまう、と慌てて中断していた錬成を再開しようとしたけれど、それよりも早くフェリオの温もりと重みがスッと消えてしまった。
恐らく、男がフェリオを遠ざけてしまったのだろう。
「本当に使えない男。でも、まぁ・・・許してあげるわ。今から、この女の全てを奪えるんですものね」
不穏な言葉と共に、カツカツと特徴的な鋭い靴音が近付いて来る。
奪うって何を?私の全てって、何?
疑問に思う暇もなく、目の前の袋がツンッと持ち上げられ、次の瞬間―――ビジッと袋を裂いて、鈍色のナイフが眼前に突き出し、思わず悲鳴が漏れそうになる。
私、殺される?
誘拐されたと気付いた時、他の被害者の子達同様、殺される事は無いと高を括っていた。
どこかで、同じ誘拐犯なら、命までは取られないだろう、と思ってしまった。
でも、本当にそうだろうか?
同じ犯人とは限らないし、目的が他の子達と同じとも限らない。
ましてや、私を酷く嫌悪しているスフォルツァさんがこの事件の首謀者であるなら・・・本当に全てを、命さえも、奪われてしまうんじゃないか?
ビジビジと裂かれていく布袋の隙間から、少し傾いた日差しが射し込み、私は眩しさと恐ろしさにギュッと目を閉じる。
「この女、この状況でまだ寝ていられるなんて・・・神経が図太いのねぇ。ホラ、泣き叫んで、許しを乞う姿を見せなさい」
ヒヤッと硬く冷たい感触が頬を滑り、僅かに走ったピリッとした痛みに、頬を傷付けられた事を知る。
あぁ、どうしよう。あの時、喧嘩なんて買うんじゃなかった。
恐怖で震えそうになる身体をグッと奥歯を食いしばって押さえ付け、頭の中では冷静になれと必死に自分に言い聞かせる。
怖い。でも、ダメだ。
ここで意識がある事がバレたら、もっと酷いことをされるかもしれない。
それでも硬質なナイフの感触は未だ私の肌の上をなぞり、今にも自分に突き立てられそうで―――。
「スフォルツァ様。騎士団が動いております。あまり騒ぎ立てれられては―――」
ペチペチとナイフの腹で頬を叩かれ、いよいよ寝た振りが難しくなり目を開けようかと意を決した瞬間、控えめな男の声がスフォルツァさんを制止する。
「―――ハァ。気の小さな男ね。まぁでも、まだ見つかる訳にはいかないし・・・仕方無いわね」
スフォルツァさんがそう言うと、スッとナイフと人の気配が遠くなる。
良かった・・・誰だか分からないけど、ありがとうございます。いや、拐われてるんだから、お礼は違うか?
ナイフの脅威から逃れて、そっと詰めていた息を吐き出した私に、次に待っていたのはバタンッという音と風の動く僅かな圧力。そして、眼裏に落ちた真っ暗闇。
恐る恐る眼を開けた私は、完全な暗闇の中に居た。
視えるモノは自分の魔力のみで、まるで水中に居るような錯覚を覚える。
どうやら私は、長方形の箱の中に寝かされていたらしい。
箱を満たす魔力が形作った、その棺桶の様な不気味な空間に怖気が走る。
完全に閉ざされたその空間からでは、外で話すスフォルツァさんの声も上手く聞き取れず、これから何が始まるのか想像もつかない。
「この―――を使えば、―――魂源―――、直ぐに枯れ―――。あぁ、楽しみね」
カコンッと箱の上から何かを嵌める様な音がして、そちらに目を向ける。
するとそこから、草が根を張るようにジワジワと細い黒紫の魔力が生え始め、私の魔力を吸いながら更に此方へと伸びてくる。
ウネウネと伸びるその魔力は胸の中心へと向かい、ズズッと私の中へ入ってこようとする。
―――ぎゃぁぁぁぁ!気持ち悪い!!
その光景の不気味さに胸中で絶叫した私が逃れようと身を捩ると、グラッと意識が揺らぐような、寝ているのに立ち眩みを起こした様な、気持ち悪い感覚に襲われた。
気力を、生命力を、奪われる。
これが、『魂源を奪われる』という事?
一瞬遠退きかけた意識を、ギュッと唇を噛んで引き戻す。
嫌だ。奪われたくない。
この命は―――が繋いでくれた、私のモノだ。
絶対、誰にも、奪わせない!
反射的な防衛本能か、ブワッと内側から大量の魔力が溢れだし、黒紫の魔力を押し返す。
そのまま黒紫の魔力を根本まで押し戻し、それでも止まらず流れ続け―――
―――パキィィン!
甲高い破裂音が箱の中にまで響き、驚いた拍子に漸く止まる。
何かが、割れた?
気が付けば黒紫の魔力は消え去っていた。
けれど、また伸びてくるんじゃないかと、ジッとそれが生えていた場所を睨み付ける。
すると今度はガタッと箱が開かれ、真っ暗だった箱の中に再び夕暮れの日差しが注がれた。
そして・・・その光を背にこちらを見下ろすスフォルツァさんと、バッチリ眼が合う。
「・・・なんなのよ、その魔力。なんでそんなに・・・」
そう言えば、スフォルツァさんも青みを帯びた眼をしている。
その眼が影を落としてギラリとこちらを睨み付け、赤く長い爪がガツッと肩を私の肩を縫い止める。
「どうして?なんなの・・・その眼・・・私よりも、青いなんて・・・ありえない、ありえないわ。許さないわ、そんな事。私が一番なのよ。いつまでも、誰よりも美しいのは。青眼を持つ錬金術師も、男達に愛されるのも、全て私だけ・・・それなのにッアナタ如きがッッ何故その眼を持ってるのッッ!?」
振り上げられたナイフに、夕陽が反射してギラリと光る。
逃げようにも手足を縛られ箱の中。
あぁ、どうしよう?
―――バキィッバキベキバキバキィッッ!!!!
次の瞬間私の耳に轟いたのは、そんな不気味な音だった。




