袋中の戦い
ユラユラと、何処か懐かしい感覚がした。
水に浮いているような、何処までも沈んでいくような。
いつの事かは分からない。母の胎内での記憶だったのかもしれない。
覚えは無いが、懐かしい、そんな感覚。
けれど夢から醒めるように、心地いいはずのその感覚はだんだんと遠退き、グラグラと揺れる不安定な振動と、ギィッと何かが軋む耳障りな音が私の身体に伝わってくる。
―――あの時は、絶えず水が流れる優しい音がして、トクンットクンッと、温かい振動に揺られていたのに。
―――あの時は、流れる水の感覚でさえ、私の身体には伝わって来なかったのに。
―――ゴトンッ。
眠りと目覚めの境界で漂っていた意識が、大きな音と衝撃に無理やり浮上させられる。
驚いて目を開けたはずの私の視界は、それでもまだ暗闇だった。
いや正確には、薄暗闇といったところか。
慌てて起き上がろうとするも、手足の自由が利かず焦りが募る。
―――なに、コレ?私、どうして・・・?
目を開けていても、何の情報も得られないこの状況に、不安で胸はムカムカするし、恐怖で身体は強張っていく。
―――なんでこんな事に。
回らない頭を必死に巡らせれば、湖に飛び込むコウガと、フェリオが変な袋に詰められる映像が鮮明に浮かび上がる。
―――ッッそうだ!フェリオは!?コウガと女の子は無事?
咄嗟に辺りを見回してみるものの、どうやら私も大きな袋にでも詰め込まれてしまったらしく、荒い布地の感触と薄っすらと光を通すその生地以外はなにも見えない。
―――え?・・・私、誘拐された?
拘束され、袋詰めされた姿は、明らかに誘拐された被害者のそれだ。フェリオもきっと、一緒に拐われたに違いない。
湖に落ちた女の子は、問題無くコウガが助けているはず。だから、そっちはきっと大丈夫。
まぁ、心配は掛けちゃってるだろうし、帰ったら皆から凄く怒られそうだけど。
でも、どうにかして逃げ出さなきゃ。
―――ズズズッ―――ズズズッ
焦る私を他所に、何やら下から地面を擦る様な音と共に、少しの間ガタガタと身体が揺れる。
きっと移動している最中なのだろう。
自分とフェリオを拐った犯人に目覚めた事がバレると、また変な薬を使われる可能性がある為、フェリオの行方が気になるものの、ここは我慢してじっと外の音に耳を澄ます。
すると、突然腕ごと身体を掴まれたかと思うと、どうやら肩に担ぎ上げられたらしく、お腹に固い骨が食い込み思わず呻き声を上げそうになる。
お腹は痛くて苦しいし、頭に血が上って気持ち悪いし、本当に勘弁して欲しい。
少しの間その苦行に耐えていると、サクサクと落ち葉を踏みしめる様な音から、コツコツと床板の上を歩く音へと変わる。恐らく、家屋内へ入ったのだろう。
再びグッと身体を掴まれて、乱暴に投げ落とされるのを想像し、覚悟を決めてギュッと目を瞑ったものの、思いのほか丁寧に下ろされて拍子抜けしてしまった。
加えて、男の人の声で小さく「・・・すまない」と聞こえた事で、そんなに悪い人では無いのかもしれない、と少しだけ安堵する。
男が出て行く気配はないけれど、今のところ暴力を振るわれる危険は無さそうだ。
それでも、フェリオの状況が分からない現状では、そうそう気を抜いても居られない。
気を引き締め直し、改めて感覚を研ぎ澄ませていると、直ぐに縛られ横たえられた自分の足の辺りに、仄かに温かい何かがそっと置かれるのが分かった。
私は、布地越しのその小さな温もりに、今度はしっかりと眼を凝らす。
透視なんて芸当は出来ないけれど、布越しであれば、視る事は出来る。
青眼で視た自分の魔力は、私からその小さな温もりへと確かに流れている。
やっぱりフェリオで間違いないと安堵の息を吐き出すものの、いつもより魔力の流れが少ない事に違和感を覚え、フェリオが大人しく袋に詰められている事にも疑問が生じる。
―――そういえば・・・フェリオが捕らわれた袋には、怪しげな模様が刺繍されていた。
それはナガルジュナで視たような、魔方陣の刺繍。
もしかしたら、あの袋は魔道具の類いなのではないか?だからフェリオは動けないでいるのかも?
そう仮説を立て、今度はフェリオが捕らわれている袋、更にはそこに施された刺繍を意識して、ジッとジーッと見つめる。
穴が開くんじゃ無いかと言うほど視続けていれば、やっぱりと言うべきか、薄っすらと黒紫の魔力によって魔方陣が浮かび上がって視えてくる。
またしても影の魔力かと思えば、原因が分かった所で嬉しくは無いけれど、これで対抗策も思い浮かぶというものだ。
私が膝を使ってフェリオをトントンッと突付くと、どうやら意識は有るらしいフェリオがモゾッと動く。
良かった。意識があるならこっちのモノだ。
さぁ、フェリオ。錬成をお願いね。
こんな魔方陣、分解してやるんだから。
こういう時、膨大な量の魔力は役に立つ。
いつもより流れの悪い魔力を、意識してフェリオの方へと押し流していけば、力業ではあるけれど、錬成に必要な量をなんとか送り込めた。
フェリオも私の意図を察してくれたらしく、感覚として錬成が進んでいるのが分かる。
魔力を思うように使えない所為で、少しずつ、ジワジワと、それでも確実に。
あと少し、もう少しで魔方陣を崩せる―――
「―――あの女はどこ!?」
バンッと乱暴に開いた扉の音と共に、聞き覚えのある声が響き、私は慌てて錬成を中断する。
「あぁ、そこに居たの。まぁ、なんてみすぼらしい姿、フフフッ・・・」
―――この声、間違いない。スフォルツァさんだ。




