〉ラインヴァルト~騎士の資格~
「邪魔スルゾッ!!」
バンッと大きな音を立てて、見知った男が騎士団の詰所へと飛び込んで来た。
普段の彼とは違う酷く焦った様子に、私は思わず目を瞠る。
「コウガ、どうしたのです?―――ッその子は?」
彼は先程シーナさんと共にここを訪れ、何時ものように被害に遇った少女達への差し入れを届けてくれた後、帰途に着いたと報告を受けている。
なのに何故、彼だけがここに?
そんな疑問と共に改めて彼に視線を向ければ、彼の腕の中に10歳位の少女が抱かれているのに気が付き、座っていた簡素な椅子から慌てて立ち上がる。
少女の瞳は意識が無いのかしっかりと閉じられており、痩けた頬に血の気は無く、微動だにせず彼の腕に収まっている。
その様子が、最近頻発している少女誘拐事件の、これまでの被害者達の発見時の様子と酷似していることや、先日行方不明となっていた少女の外見と一致することから、新たな被害者であることをすぐに理解した。
それはどうやら他の騎士も同じだったようで、戸口の一番近くにいた騎士がコウガからその少女の身柄を預かっている。
「湖に落ちタガ、ソレは大丈夫ダロウ。ダが、湖ニ落ちる前カラ、カナリ弱ッテいた」
確かに、騎士に預けられた少女はただ眠っているだけらしく、穏やかな寝息を立てている。
だとすれば、彼はこの子を騎士団に預ける為にここに来たのだろうか?
それならば、いつも泰然としている彼があれ程焦っていた理由が分からない。
重苦しい不安が胸に過る。
コウガと共にいたはずの、シーナさんはどうした?
「一体何が―――」
「ソレよりも、シーナは来てナイカ?」
私の言葉を遮って、コウガはそう問い掛けながら詰所内を見渡している。
まるで、シーナさんがここに居る事を願うかの様に、少しの期待と、強い焦燥の色を浮かべたその視線に、胸に宿った不安が更に重さを増し、ズンッと腹の辺りを重くする。
「―――シーナさんは、ここには来ていません。まさか・・・」
「アァ。その子供を助けテイル間ニ・・・居なくなった。ココにいないとなると・・・拐ワレた可能性ガ高い」
『―――なッ!?』
その場にいた騎士全員が、息を呑む。
彼らは皆、シーナさんの魔法薬に助けられた事のある者ばかりだ。
「―――ディックはマリアさんの所へ行って、シーナさんが戻って居ないか確認を。後の者は状況がわかり次第、シーナさんの捜索に出ます。準備を」
『ハイ!!』
キナン殿が不在の為、この場で最上位職である自分が指示を出せば、皆直ぐに行動を開始する。
俄に騒がしくなった詰所内の一角へ移動した私は、一度冷静になろうと深く息を吐き出し、同じ様に長い吐息を吐き出していたコウガへと声を掛ける。
「コウガ、状況を詳しく説明して下さい」
「アァ・・・」
「―――では、あの子が確かに“錬金術師”と言ったのですね?」
「ソウダ」
「・・・実は―――」
コウガの話を聞いて、こちらもここ数日の調査の内容と、浮上した容疑者の名を伝える。
シーナさんが拐われた可能性がある現状では、彼に情報を渡して騎士団と共に動いて貰った方が良いだろうという判断だ。
容疑者の名はゲルルフ。この辺りを中心に活動する冒険者と呼ばれる職業の男。
ここ数日、この男が子供の居る家の中を覗き込んでいるのが、頻繁に目撃されているのだ。しかも、その充血し見開かれた眼は常軌を逸しており、目撃した者の恐怖を掻き立てたという。
最近では町人達は誘拐を警戒し、一人で出歩く子供の姿は無く、誘拐が容易では無くなっている事から、誘拐事件の犯人であるゲルルフが、家内にいる子供を狙っているのでは無いか、と推測されるのも当然の流れと言える。
そして、それに伴って浮上したもう一人の容疑者。
ゲルルフは何故、少女を誘拐したのか?
誘拐しておいて金銭を要求する訳でなく、少女達の身柄を何処かへ売り飛ばす訳でもなく、暴行された跡も無い。
唯一、シーナさんの眼でやっと確認出来た被害が、魂源の消耗。
そんな事が出来る存在等、そうそう居るものでは無い。勿論、ゲルルフには不可能だ。
この世界でそんな事が可能なのは『錬金術師』のみ。
そしてゲルルフが心酔し、常に付き従っていたのが、錬金術師カロリーナ・スフォルツァだ。
彼女は最近、私から見ても澱んでいた。
しかし、騎士団とはいえ『錬金術師』である彼女にそうそう手を出す事が出来ず、手を拱いて居たのだが―――。
「被害に遇った少女の証言が有れば、スフォルツァ殿の工房への立ち入り調査くらいは出来るでしょう。ディックが戻り次第、町内を捜索。最終的にはスフォルツァ殿の工房への立ち入り調査を強硬します」
「町の捜索は必要カ?」
コウガとしては、今すぐにでもスフォルツァ殿の工房への踏み込みたいのだろう。
だが、この国では錬金術師は保護され、敬われるべき存在。
昨今では錬金術師が権力を持ち過ぎた事による弊害も出ているが、国にとって貴重で有用な存在であることもまた事実なのだ。
だからこそ対錬金術師となると、その対応は慎重にならざるを得ない。
「そうですね。スフォルツァ殿が錬金術師である以上、相応の確証が必要ですから」
「面倒ダナ」
顔を顰めるコウガに内心では同意しながらも、それを口に出す事は出来ない。
正直、本来であれば被害者の証言があったとしても、錬金術師の工房へ立ち入り調査を強硬するなど、難しかっただろう。
だからこそ、我々は容疑者が浮上しているにも関わらず、動けずにいたのだから。
実際、今回動くことが出来るのは、同じ『錬金術師』であるシーナさんが拐われた可能性があるからだ。
こんな状況になって、初めて動ける自分が不甲斐ない。
命の重みにも、その価値にも、優劣などあるはずもないのだから。
しかし、シーナさんが姿を消したと聞いた瞬間から、今までに無い程の不安と焦燥、怒りを覚えてしまう私は、騎士として失格なのだろう。




