思い出の甘味
元気って、なんだろう?
今のフィアちゃんは、魂源が薄れていて活力や気力、それに感情が削がれた状態にあるようだ。
生きる気力みたいなものが感じられないその姿は、諦念に苛まれた人間の姿に似ている。
そんな事を考えていた私は不意に、両親を亡くしたばかりの頃を思い出す。
周りの大人達から、お前の所為だ、呪われた子だと罵られ、疎まれて・・・両親と一緒に居たくて、生きているのが辛くて・・・何もかもを諦めてしまったあの頃を―――。
「シーナ?シーナ!?大丈夫か?」
昔の事を思い出し、その記憶に引き摺られそうになった私を、心配気なフェリオの声が呼び戻す。
「―――うん、大丈夫。ちょっと昔の事を思い出しちゃっただけ」
「疲れちゃった?無理はダメだよ?」
「もし、辛いようなら・・・」
私の様子に、ナイルとラインさんまで心配そうにこちらを窺っている。どうやら、相当酷い顔をしていたみたいだ。
「いえ、本当に大丈夫です。元気を出したい時ってどうしてたかな~って、考えてただけで」
少しわざとらしくなってしまった私の笑顔に、二人はどこかが痛む様に歪んだ微笑を返す。
その表情に、心配させてしまったなぁと反省しながら、今度は無理せず自然と笑みが浮かぶ。
「それで、少し作りたいものがあるんだけど・・・」
辛い記憶と共に、思い出した事がある。
それはまだ、祖父に引き取られてすぐの頃。
私は酷く塞ぎ込んで、誰とも話さず、食事も殆んど摂らず、部屋で一人ぼんやりと一日を過ごしていた。
そんな私に、祖父は毎日欠かさずお菓子をくれたのだ。
塩羊羮に甘納豆、かりんとうに豆板、それにきな粉棒も。子供に与えるには少々渋いラインナップではあったけれど、毎日違うお菓子を持って私の部屋に来ると、無言で私の頭を撫でて置いていった。
人間、どんなに塞ぎ込んでいてもお腹は空くし、甘さを感じた瞬間は、少なからず心が緩む。
それを繰り返していくうちに、私はおやつの時間を楽しみに待つようになっていた。
そんなある日、祖父が言ったのだ。「今日はプリンを買ってきたから、向こうで一緒に食べよう」と。
元々、甘いお菓子を好んで食べる人では無かった祖父が、洋菓子なんて買った事が無かっただろう祖父が、突然プリンを一緒に食べようだなんて・・・なんだか可笑しくて、嬉しくて。久しぶりに自分の部屋以外の場所で、お菓子を食べた。
そして祖父と二人でプリンを食べて以降、私は部屋に引きこもるのを止めた。
「作りたいもの?」
私の突然の提案に首を傾げる三人を他所に、私は部屋にあった書き物机の上に一番小さな釜を取り出す。
私が作りたいのは、プリン。
きな粉棒でも良かったけれど、ここはやっぱりプリンだろう。
その為に材料も買ってあったし、何よりツルンとしたあの柔らかさなら、食が細くなっているというフィアちゃんでも、無理無く食べられるだろうから。
「そう。女の子にはやっぱり、甘いものが一番でしょう?」
ニッと笑って卵とミルク、それからハチミツを取り出せば、いち早くフェリオが眼を輝かせて飛んでくる。
「今日は何を作るんだ?新作か?」
ワクワクと釜に顔を寄せるフェリオに追い付く形で、後からやって来たラインさんとナイルも興味深く釜を覗き込んで来る。
今回作るのは、本当になんの変哲もない只のプリンだ。材料に特別な効果のあるものを入れる訳では無いけれど、少しでも『美味しい』と思ってくれたらいいなと思う。
「今日作るのは、プリンだよ。お豆腐のデザートに似てるけど、卵とミルクで作るから濃厚で美味しいんだよねぇ」
「へぇ。ぷりんっていうのか。オトーフも旨かったけど、それより旨いのか?」
「デザートとしては、私はプリンの方が好きかなぁ」
「よし、早く作ろう!ほら、いくぞ!」
いやいや、フェリオさん?
やる気を出してる所申し訳ないんだけど・・・今から錬成するのはフィアちゃんの分だからね?
「じゃあ・・・お願い!」
――――――シュゥゥゥゥゥ・・・。
小さな釜の中に黄色のプルンとした膜が張る。入れ物が無くて釜の中に直接出来上がったプリンは、錬金術の影響なのか入れてもないのに仄かなバニラの香りがする。
「おぉぉぉぉ!プルプルしてるぞ!しかも甘くて旨そうな匂いだ!」
フェリオはそのまま釜に顔を突っ込みそうな勢いでプリンを覗き込み、フンフンと匂いを嗅いでほわぁ~んとしている。
「よし。取りあえず・・・成功、かな?」
このままではフェリオが本当に顔からプリンに突撃しそうなので、一度スマホへ収納して一応の安全を確認。
『プリン』
錬成者:シーナ・アマカワ
素材:卵・ミルク・魔蜜蜂の蜂蜜
特性:精神回復(微)・疲労回復(微)
僅かに心と身体を回復させる
おぉ!何気にちょっとだけ回復効果が付いてる。これは素材の特性かな?それとも私がそう思って作ったから?どちらにせよ、食べて問題になる事は無さそうだ。
目の前のプリンを奪われて恨みがましい眼を向けるフェリオは一旦スルーして、私はフィアちゃんのお母さんの元へと向かう。
流石に親の承諾無しに子供に食べ物を与えるのは駄目だろう。それに、お皿とスプーンも借りないとならないしね。
ついでにお母さんにもプリンを食べて貰って、その疲れた顔に血の気と笑顔が戻った事に安堵する。
それからフィアちゃんには、知らない人の手から食べるのは不安もあるだろう、とお母さんに食べさせて貰い、私達は後ろの方で様子を窺う事にした。
お母さんがスプーンでプリンを一匙すくい、フィアちゃんの口許へ近付けると、フィアちゃんはスゥッと匂いを嗅ぐ様な仕草をすると、素直に口を開いてくれた。
ツルンと口の中へと滑り込むプリンを追って、注意深くフィアちゃんを観察していると、薄れた彼女の魂源がトクンッと、鼓動するように充ちてその存在を主張する。
けれどそれはほんの一瞬で、小さな器から溢れた鼓動は、流れ落ちて霧散してしまう。
回復効果はあるけれど、それを受け止める器がないって事かぁ。
でも、最初こそお母さんの手で受動的にプリンを口にしていたフィアちゃんが、いつの間にか自らの手でスプーンを口に運び、少し味わうようにゆっくりと飲み込む姿は、私に希望を持たせてくれる。
魂源については、まだその治療イメージは掴めない。
でも、“食べる”は“生きる”だ。
食べる意欲すら失い衰弱した彼女達には、まずは栄養があって美味しく食べられる物が必要なんだ。
それなら、今の私でも十分役に立てるはず。
よし!その線で取りあえず考えてみよう!




