【100話到達記念番外編】猫派?犬派?
ある日、カリバの町外れを歩いていた私は・・・見つけてしまった。
クリンッとした円らな瞳は愛らしく、ペロンと中程から垂れた耳に、しっとり艶やかな鼻。薄茶と白の毛並みが優しげで、ブンブンと嬉しそうに揺れる尻尾が懐かしい。
―――犬、だ。あれは間違いなく、犬に違いない!
この世界に来て、狼に遭遇する事はあっても、未だ犬に遭遇した事は無かったから、もしかしてこの世界には狼しか居ないのかと残念に思っていたのに・・・。
いや、元々狼だって嫌いでは無かった。実物を見たことは無かったけれど、画面越しの映像では格好いいと思ったし、可愛いとすら感じたものだ。
でも、この辺りにいる牙狼は・・・敵意と殺気が剥き出しで、当然鋭い牙も剥き出しで襲ってくるから、否応なしに応戦しなければならない。
何より獲物を狙う様なその眼の鋭さに、忌避感を懐いてしまうのだ。野生動物にとって自分達は敵で、同時に狙うべき獲物なんだと痛感させられるあの眼を見ると、流石に愛でる気持ちは湧いてこない。
それに比べてあの子ときたら・・・一緒にいる少年を嬉しそうに見上げ、頭を撫でられて気持ち良さそうに眼を細めているでは無いか!
テリア種の様な半立ち耳に、ビーグルっぽい少し面長な顔立ちが非常に愛くるしい。
―――あぁ、触りたい。撫でくりまわしたい。今の私は犬不足なのよ!
「こんにちは。その子、可愛いね。君が飼ってるの?・・・私も、撫でていい?」
気が付けば・・・少年に声を掛け、心行くまで犬を撫でまわし、最後にはキスまで貰って、私は至福の時を満喫していた。
そう。一緒にいたフェリオとコウガの事をすっかり忘れて・・・。
「はぁ~。今日はいい日だったなぁ」
そのまま大満足で帰宅した私が、そういえばずっとフェリオが肩に居ないと気が付いたのは、離れの工房へ入ってからだった。
あれ?と振り返ると、そこには・・・何故か暗いオーラを漂わせたフェリオとコウガ。
フェリオはコウガの肩に乗り、ジトッとこちらを睨み付けているし、コウガの視線は下に落ち、心なしか耳がシュンとしている。
「二人とも、どうしたの?」
二人の様子を不思議に思って声を掛ければ、フェリオがやけに深刻な表情で私に問い掛けてくる。
「―――シーナ、お前まさか・・・猫より犬派、なのか?」
「―――はい?」
犬派って・・・一体急に何を言い出すんだ。
「だから!シーナは猫よりも犬が好きなのか!?」
「え?どっちが好きって・・・そりゃどっちも好きだけど、強いて言えば――――犬、かな?私の家ではずっと犬を飼ってたから、より馴染みがあるって程度だけど・・・て、何?どうしたの?」
フェリオの質問に正直に答えただけなのに、二人は更に項垂れてしまう。
え?まさか・・・二人とも猫(猫科)だから、とか?いやいやそんな事で落ち込んでるって事は―――。
「まさか、シーナが猫より犬が好きだったとは・・・」
「オオカミに反応しなカッタから、油断シタ」
―――――あるの!?
「え?でも、フェリオは妖精でしょう?猫の姿だって変身してるだけなんでしょ?」
私の言葉に、ハッとフェリオが顔を上げる。
「・・・そうだ。オレ妖精だった」
いや、忘れてたの!?
最近では、猫姿が板に付いてて私もたまに忘れそうになるけど、本人まですっかり猫姿に馴染んでたのね。
「だったら・・・これでどうだ!」
自分が妖精であることを思い出したフェリオが、猫姿で宙を一回転する。
すると、ポンッと一瞬の内に猫の姿が消え、そこに現れたのは、ミントグリーンと白色の毛並は同じだけれど、全く別の生き物。
ハチワレだった小さな額には白い麿眉、長くスラリと長かった尻尾はクルンと巻いてフサッと、そして何よりその姿は―――。
ミントグリーンの・・・・柴犬、だと!?
ミントグリーンという見慣れない毛色と、妖精の象徴である虹色の羽根はあるものの、そこには所謂“柴犬”がてーん!とドヤ顔で立っていた。
「どうだ?犬型の妖精、クーシーだ。さっきの犬とは違うが、これなら・・・犬、だろう?」
クゥーンと上目遣いで見上げらたら、もう「可愛い」しか出てこない。
・・・まさか犬にも変身出来たなんて!
「・・・可愛い。はぁぁぁ癒される。毛がモコモコだぁ」
「そうだろう、そうだろう。存分に愛でるが良い」
仕草まで犬化してコロンと寝転んだフェリオが偉そうにそんな事を言っても、それすら可愛く思えてしまうのだから重症だ。
そうして衝動の赴くままに犬フェリオを撫でていると、コウガのどこか打ちのめされた様な呟きが溢れる。
「フェリオ・・・裏切ったノカ」
クッと喉を鳴らし、私達に背を向けるコウガの背中が余りにも哀愁に満ちていて、私は慌ててその背に声を掛けた。
「コウガ!コウガは虎でしょう?虎は特別なのよ?普通の猫とは違うの!」
元の世界では、動物園でしか見ることの出来ない特別な存在。その美しい縞模様に、画面越しに憧れたのは言うまでもない。
そんな私の言葉に、コウガはピクリと肩を振るわせると、肩越しにこちらを見返す。
「特別、ナノカ?」
「そりゃ、特別だよ。虎ってさ、気軽に触れられないじゃない?一度でいいから触れ合ってみたいって思ってたの。それを叶えてくれるのは、コウガだけだよ?」
私の言葉に「ソウカ」と短く返したコウガの頬が少しだけ赤く見えて、なんだか可愛く見えてしまう。
けれど、そんな余裕は直ぐに掻き消される事となる。
「なッ!?」
バサッ!と唐突に、コウガが着ていた服を脱ぎ始めたのだ。シャツ、ズボン・・・え?下着まで!?
咄嗟に後ろを向いて視線を外したけれど、突然全裸になるのはやめて欲しい。その辺りの羞恥心が欠落しているのは、獣人だからなのか、それともコウガだけなのか・・・。
そんな事を考えていると、背中にドンッと軽い衝撃が来て、かと思えば腰の辺りからスルスルッと漆黒の毛並みを擦り付けながら、虎型のコウガが私の前へと姿を現した。
―――そっか、私が触れ合ってみたいって言ったから、虎に変身してくれたのね。
サパタ村から戻って以降、最近ではずっと人型で過ごしていたから、この姿を見るのは久しぶりだ。それに、普段は流石に自重して背中に少し触れる程度に止めていたのに、こんな風に触って良いぞと言わんばかりに擦り寄られると・・・我慢なんて出来ない。
「ありがとう、コウガ。フフッ、この辺りの毛はフワフワなのね」
はぁ。こんな風に虎の首元に手を突っ込んでワシャワシャ出来るなんて、夢みたい・・・。
工房の一角、コウガの寝床となっている場所へ悠然と寝転んだコウガの横に腰を下ろし、その毛並みを堪能していた私の背後から、今度はフェリオがキャンキャンと吠える。
「ちょっと!それはズルく無いか!?シーナは犬派じゃ無いのかよ?」
「もちろん犬も好きよ?その姿もすごく可愛いし」
「でも虎の方が良いんだろ?」
プイッと可愛い顔を背けて不貞腐れるその姿も、やっぱり可愛い。
でも、何をそんなに張り合っているのか知らないが、私は基本的にモフモフした動物なら何でも好きなのだ。モフらせて貰えるものは、ありがたくモフらせて貰うに決まってる。
「どっちが良いかって聞かれたら・・・両方が良い、かな。二人に囲まれた今の状況が、一番幸せ」
私の正直な感想に、「なんだそりゃ」と溜め息を吐いたフェリオは、仕方無いなぁと言いながら私の膝にポフッと顎を乗せて座る。
「まぁシーナが幸せなら、ちょっとくらいはサービスしてやるよ」
そう言ってされるがままに私の手を受け入れ、撫でさせてくれるフェリオに目を細目ながら、心地よい時間を楽しむ。
暖かな日差しに加えて、いつの間に寝入ったのか、コウガの穏やかな息遣い。
右手には黒虎、左手には柴犬。
―――あれ?ここって・・・楽園なのでは?
なんて素敵な昼下がり。幸せだなぁ・・・。
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「・・・フェリオ、だよな?」
自宅の工房の、絨毯が敷かれた一角。
今ではコウガの寝床と化したその場所で、一人の女性と、黒毛の虎、それから緑色の犬が仲良く昼寝をしている姿を見付けたのは、トルネだった。
女性と虎には覚えのあった彼も、突然現れた犬には少々戸惑い、けれどその背に生えた虹色の羽根に、それが眠る女性のパートナー妖精であると結論付ける。
「トルネ~。姫いた~?」
そこへやって来たのは、ナイル。
「シーッ!ねぇちゃん寝てるから」
スヤスヤと眠る彼女達の姿に、二人は息を潜めて会話を交わす。
「ねぇ、コレどういう状況?」
「昼寝だろ?ねぇちゃん動物好きだから、コウ兄とフェリオを撫でながら、そのまま寝ちゃったんだろ」
「この緑の犬ってフェリオなんだ!?」
「たぶん。ほら、起こしたら悪いし、もう行こう?」
その場から立ち去ろうとしたトルネに、けれどナイルはその場から動かず、ジッと眠る三人を見つめている。
「どうしたの?」
「ん?いやぁ・・・動物に変身出来るってズルいなぁ、と思ってね。僕だって姫と添い寝したいのにッ」
それを聞いたトルネも、ついつい想像してしまう。
シーナと並んで眠るミントグリーンの髪の幼児と、黒銀の髪の青年の姿を・・・。
「まぁ、フェリオはともかく、コウ兄は・・・確かに。ちょっとズルい、かな?」
「でしょぉ~?でも、フェリオもダメだよ。普段は猫でも本当の姿はアレなんだから」
―――いくら妖精とはいえ、人型になったら成人した男なんだから、ダメでしょ!ってか羨ましい!!僕が一緒に寝るって言っても、姫は絶対許してくれないのに!
「え?フェリオは別に良いだろ。妖精だし」
―――本当の姿って言っても子供だろ?流石にそこまでは・・・ナイルって軽く見えて以外と堅いんだな。
微妙に噛み合わない二人の会話と、ジッと注がれる視線を感じたのか、フッとシーナの瞳が開く。
「ん・・・トルネ?」
「あッ、ねぇちゃん。起きちゃった?」
「うん・・・フフッ。こっちおいで~」
寝惚けているのか、フワフワとした笑みを浮かべたシーナに、トルネが仄かに頬を染めながらも言われた通りに側に膝を着くと、そのままシーナによって引き倒され、その場に寝っ転がる羽目になる。
「ちょッ!ねぇちゃん!?」
「フフッ。楽園へようこそ~・・・スースー・・・」
「えぇ~・・・」
そしてまた寝息を立て始めたシーナに抱き込まれ固まるトルネに、ナイルがジトッと恨みがましい視線を向ける。
「トルネ、それはズルいでしょ?」
「うッ。これはオレの所為じゃ無いだろ?」
トルネはシーナの腕の中で、彼女を起こさない様にと気を使いながら僅かに身動いで、すっかり真っ赤に染まった顔を隠しながら、潜めた声で弁明する。
「まぁ、役得だよねぇ。僕も動物に変身する魔法、考えようかなぁ~。それとも、シーナに小さくなる薬でも創って貰おうかな」
「ねぇ。ちょっと!ブツブツ言ってないで助けてよ」
トルネはそう言うが、傍目から見ればその表情から満更でも無い事は明らかだったりする。
「まぁ、今回は仕方ないかな。君は旦那候補の先輩だしね」
「え?ちょっと・・・」
「じゃあ、おやすみ。シーナが起きたら今度こそ僕の番だからね?」
フウッと肩を竦めたナイルは、強すぎる日差しを遮るように軽くブラインドを下げ、最後に優しい眼差しをシーナに向けると、静かにその場から立ち去ったのだった。
「いや、オレは寝ないし・・・こんなの、寝れるわけ・・・なぃ・・・ん・・・」
―――後に残るのは、穏やかな寝息。




