第80話 二人の食い違い
「それは前に永遠姉さんに話したほっこりするお兄の昔話ってわけじゃないよね?」
「まあ、そっちの話も興味はありますけど今回はそれじゃないっすね」
やっぱりか。
まあ、さっきのお兄を見れば七海ちゃんなら勘づいちゃうよね。
話すべきなのかな。
「やっぱり空先輩には何かあるんすか? それも人に言いにくいような何かが」
「……人に言いにくいってわけじゃないよ。ただ、あの話は私にとっての《《罪でもあるから》》」
◇
「俺はさ、昔からずっと美空と一緒にいたんだよ。両親がろくに構ってくれなかったから必然的に俺達兄妹はずっと一緒だった。それは小学校に上がってからも同じだった」
「まあそんな感じがするわよね。美空ちゃんは空にかなり懐いてるみたいだし。見ていて微笑ましいもの」
「でさ、俺が小学校二年のころ。つまり美空が小学校一年生の時も美空はずっと俺と行動を共にしていた」
俺は永遠の目を見ながら自白するように昔の話をしていた。
俺にとってもトラウマであり俺自身がずっと抱えてきた罪。
もう、目を背け続けるのも限界だ。
「俺はどうやら小学校では人気があったらしくてな。俺と仲良くしようとする生徒が男子女子問わずに多かったんだ」
「自慢かしら?」
「茶化さないでくれよ。俺がそんなものに興味ないことくらい永遠なら知ってるだろ?」
「まあ、そうね。でもあなたに人気があったって言うのは納得できるわ。顔が整っているし性格に難があるわけでもないからね」
褒められてうれしいが今は素直に喜べなかった。
「で、そんな連中からしたらずっと付きまとってくる美空が邪魔だったんだろうな。次第にあいつを罵倒したり俺が知らないところでいじめをしたりしていた」
「それって……」
「俺のせいで美空は辛い思いをした。あの時は心底自分自身が嫌いになった。美空がいじめられてる時にすぐに気づけなかったこととかもろもろな。俺がもっとしっかりしてればってさ」
今でも思い出す。
感じたことが無いくらいの怒りと気が付けなかった自分の不甲斐なさ。
両親に構ってもらえない美空が頼れるのは俺だけだったのに。
昔俺が見たのは同級生が美空の悪口を言っているところやいじめをしているところ。
虐めをしているところを直接見たのは一回だけだったけどそのときの光景が嫌に頭にこびりついている。
「でも、それは空が悪いわけじゃないじゃない」
「いや、そもそも俺が学校で目立ってなければ。もっと注意深く美空を見ていればあんなことにはならなかった。すべて俺の責任だ。俺のせいで美空に辛い思いをさせてしまった」
「それは違うわ! 確かにあなたがもっと注意深く見ておればそんな事態は起きなかったのかもしれない。でも、悪いのはあなたじゃないでしょ? 悪いのは美空ちゃんを罵倒したり虐めた張本人よ。あなたに責任があるわけないでしょ」
「……でも、」
だとしても、やっぱり俺が悪いと思う。
もっとしっかり見ていれば。
人のことを信じなければ美空は辛い思いをしなくても済んだはずなんだ。
もっとしっかりしていれば。
そんな後悔が絶えない。
もうずっと。
10年くらいたった今でも俺は過去に囚われているんだろう。
だから、永遠と美空が仲良くしてるのを見て思い出してしまった。
今まで記憶にあるのは美空が暴言を言われたり虐められている光景だった。
けど、今はそうじゃない。
永遠は美空に優しくしてくれてるし罵倒なんて絶対にしない。
それがうれしくて、それと同時に昔の俺の罪が頭をよぎってしまったんだ。
「でもじゃないわよ。全くあなたはそういう所で責任を感じすぎなのよ」
「あ、」
永遠は俺のことを抱きしめながらそう言ってくれた。
その言葉だけでなんだか心が少しだけ軽くなったような気がする。
「何度でも言うけどあなたは悪くないわよ。きっと美空ちゃんだって空が悪いなんて全く思っていないはずよ。だから、そんなに責任を感じないで」
永遠はそういってさらに強く俺のことを抱きしめてくる。
心音がどくどくと胸のあたりで聞こえる。
これは俺の心音じゃなくて永遠の心音だ。
やっぱり俺は永遠のことが好きだな~
「ありがとな」
「それが空がさっきあんなふうになった原因なの?」
「ああ。トラウマみたいなものでな。最近はそんなことなかったんだけどな」
「何がトリガーだったの?」
「トリガーは美空と永遠が仲良くしてたのをみて昔のことを思い出したってだけだよ。もちろんいつもはそうじゃなかったんだ。でも、最近はほら下級生の女子生徒とかに囲まれたりしてたからかな。つい昔の記憶がフラッシュバックしてさ」
あそこまで体調に異常をきたしたのは久しぶりかもしれない。
小学校を卒業したくらいからあんなふうな発作は起きなかったんだけどな。
「そっか。でももう大丈夫よ。私は美空ちゃんを虐めたりしないし杉浦さんもそんなことをする人物じゃないって知っているでしょう?」
「そうだね。わかってはいるんだけど。今回はいろいろ重なった感じだと思う。次からはこんなことは起きないと思う」
「ならいいけど。もしまた何かあったらすぐに頼りなさいよ。あなたはすぐに無茶するんだから」
「ああ。その時は遠慮なく頼らせてもらうよ」
もう、俺は一人じゃないんだな。
抱え込まなくてもいいんだよな。
「そうして頂戴。まあ、もう少し横になってなさい。まだ本調子ではないでしょうし」
「ありがとう。そうさせてもらうよ」
まだ体調がすぐれないため永遠のベッドで少し眠らせてもらうことにした。
◇
「それは私が聞いてもいい話ですか?」
「う~ん。どうなんだろうね。でも、聞いてもらおうかな。これは懺悔みたいなものだし」
「懺悔?」
「うん。お兄を変えてしまったのは私。七海ちゃんも気づいてるんじゃない? お兄の思考や考え方が少し、いやかなりおかしいことにさ」
昔からあんなふうなわけではなかった。
お兄が変わってしまったのは小学校二年生の時。
私が小学校一年生の時だったと思う。
「まあ。私もその件について聞こうと思っていましたから。今回の件で改めて思いました。空先輩の精神性は歪です。普通に生きてきてあんな精神性になるなんてありえない」
「やっぱりそうだよね。私もそう思います」
「一体何があったんですか? 何が起こればあそこまで歪な性格になってしまうんですか?」
七海ちゃんになら話してもいいだろう。
なんなら彼女ならいいアドバイスがもらえそうです。
「私はね昔からお兄っ子だったの。両親が私たちに構ってくれなかったから構ってくれるのはお兄だけだったの。だから小学校に上がってからも私はお兄に付きっきりだった。でも、お兄は学校で人気者でお兄と仲良くなりたかった人からは私が邪魔だったみたいでね。暴言を言われたり陰で虐められたりしたの」
「そんな……ひどいっすね」
「でも、私はお兄に心配かけたくなくて秘密にしてたんだけど結局バレちゃって。それを知ったお兄はひどく自分を責めてた。そこからお兄はあんなふうな自責思考になった。いや、自責思考どころか自分を道具のように見るようになった」
「でも、空先輩も美空ちゃんも悪くないじゃないっすか」
「私がもっとうまくやっていれば、私がしっかりしてればお兄はあんなふうにはならなかったのに」
私はそれをしりながら見て見ぬふりをしてきた。
それが私の最大の罪だ。
「それはちがうっすよ。悪いのは空先輩でも美空さんでもない。悪いのは虐めや罵倒をした人物なのであって二人ではありません。そこをはき違えないで欲しいっす。空先輩も美空さんが悪いなんて思っていないでしょう。それどころか先輩はきっと自分をずっと責めてるっすよ。自分のせいで美空さんが傷ついたって」
でも、それでもお兄をああしたのは私でそのことに気が付いていたのに見て見ぬふりをしてた。
「……」
「あなたのせいではないです。絶対に。今度でもいいのでしっかり話し合ってみてください。不安なら私も付き添いますし永遠先輩に同席してもらってもいい。しっかり話し合って過去を清算してください」
七海ちゃんは私の肩に手を置いてそう言ってくれる。
暖かいいい友達だ。
こんな子と友達になれて本当に良かった。
「うん。わかったぁ。ありがとぅ~」
涙が出てくる。
こんなに暖かい友達ができたのは初めてのことだったから。
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