第78話 七海ちゃんレポート2
「先輩なんだかスッキリした顔してたなぁ〜」
先輩たちとの昼食を終えて自分の教室に戻った私は頬杖をついてそう思う。
今まで見た中で一番緩んでいると言うか張り詰めていない表情に見えた。
きっと美空さんがそうしてくれたんだろう。
妹ということもあってやっぱりよく空先輩のことを理解してるんだろうな。
「ま、私が調べないといけないことが浮き彫りになった感じかな」
今回の一件を得て明らかに、いやさらに深く思ったことだけど空先輩の精神性はやっぱり歪だ。
いや、歪すぎる。
一体どんな環境に身を置けばあんな思考回路になるんだろう。
もっと空先輩のことを調べればわかるのかな。
◇
「なるほど。それで私に空君のことを聞いてきたというわけだね?」
「その通りです。後藤さんなら私よりも遥かに空先輩のことを調べているでしょう?」
「それはまあ、そうですね。永遠さんの恋人でもある以上調べないわけにはいきませんので」
「ですよね。それを私にも教えていただけませんか?」
わたしよりも絶対に空先輩のことを知っている人物である後藤さんに私は電話をかけていた。
あの様子の先輩ならもうそうそうバカなことはやらかさないと思うけどなんでああなったのかは個人的に聞いておきたい。
じゃないと取り返しのつかないことが起きそうな気がするから。
「ふむ。ですがこれはかなりデリケートな個人情報ですからね。私の口から明言することは難しいんですよ」
後藤さんは心底残念そうな声でそう言ったがきっと残念だなんて思っていない。
この狸め。
「じゃあ、どうしろと?」
「杉浦さんが言い当てたのなら正解か否かくらいは言えるかなと」
「つまり当てろってことですか」
また面倒な。
でも、以前もらった資料を見た感じあそこまで精神がいびつになるような要素は無かったかのように思える。
意図的にそこの情報を抜いていたのかそれともあの資料の中にヒントがあるのか。
わからない。
「堀井先輩は関係ありますか?」
「いいえ。彼女はそもそも高校に上がって藤田悟と浮気するまでは本当にいい幼馴染でしたよ。少なくとも彼女は空君の性格が歪になった件に関してはそこまで関与はしていません。ただ浮気されたことによって歪さは増しましたけどね」
「じゃあ、やっぱり藤田先輩ですか?」
「それも違いますね。彼は昔から空君に対して劣等感を抱いていた節があったそうですけどそれをうまく隠していましたので。彼も原因ではありませんね。堀井瑠奈と同様に歪さを加速させはしましたけどね」
あの二人が違うとなるとあと誰が残っているのか。
最近、というかここ二か月であったことを思い返す。
あの二人以外で空先輩に影響を与えられる人物。
……あ!
「もしかして、空先輩のご両親ですか?」
「違いますね。確かにあの二人は空君や美空さんに対して冷たい態度で当たっていたらしいですし愛情はあまり向けられていなかったと思われます。ですが、虐待などがあったわけでもなくあの二人も空君の歪な精神性に直接関与はしていないと思います」
であれば私がする人物ではないのか?
だとしたらそもそも当てることなんて不可能だ。
知らない人物のことを言い当てるなんてことできるわけがない。
「それ私が知ってる人物ですか?」
「さぁ? そこは教えられませんね」
「……わかりました。自分で調べてみます」
どうやらこのタヌキは絶対に私に教えるつもりはないらしい。
ならば、私自身が調べるまでだ。
「そうですか。私はそれで構いませんよ。頑張ってくださいね」
そういって後藤さんは電話を切ってしまった。
あの狸め。
本当に許せない。
「こうなったら絶対に調べてやる! 空先輩がどうしてああなってしまったのか」
◇
「ふむ、どうやら杉浦さんもさすがに今回の件はすぐに調べてしまったようですね」
空君が自身のことを物のように扱う癖はもとから知っていた。
最初に調べたときにはすでにそのことはわかっていたからだ。
「でも、私にとってもその性格は問題があると思っていましたがまさかこういった問題になるとは想定していませんでしたね」
まさか、自身を狙っている相手に真っ向からしかも一対一で立ち向かうなんて正気じゃないとしか言いようがありません。
そもそも、いくら彼の身体能力が高いとはいえ武装した人間相手に立ち向かうなんて本当に馬鹿げている。
でも、その結果永遠さんを危険にさらさなくて済んだのはいい点でしたね。
「とはいえ、彼氏になったのですからもう少し永遠さんを信用して話してみてもいいでしょうに」
まあ、彼がそうできないのは知っていましたがね。
それはそうと藤田悟ですか。
彼の動向は私が調べてもわからない。
どういうからくりか。
誰かに匿われているのか。
もうこの県にはいないのか。
「どちらにしろ彼は絶対に空君を狙ってくるはず。彼の性格上逆恨みであろうと何だろうと復讐を試みるはずですからね」
それをどう止めるか。
私は椅子に座りながら頭を抱えるのだった。
◇
「空先輩の過去、か」
詳しくは知らない。
けど、きっと幸せな過去ではなかったのだと思う。
だって、幸せならあんなふうに性格は歪まないから。
自分を道具のように扱えるはずが無いから。
「先輩はおかしい。誰かを守るっていう目的に対して彼は自分を道具としか見ていない節があるんすよね」
今回の件がまさにそれだ。
永遠先輩に危害を加えさせないという目的のために自分を道具として使った。
安全度外視。
リアリストとかそんな次元じゃない。
自殺志願者といっても差支えが無いくらいに先輩は自分の命を軽く見てる。
「どんな経験・体験をすればあんな思考回路になるのか。相当に辛い経験をしたのか深い絶望を味わったのか」
どれにしたって普通は調べれば何かしらの痕跡が見つかるはず。
なのにその痕跡は一向に見つからない。
「本当、何があったんすか。先輩」
あまりにも答えが見えない自問をしながら私はため息をついた。
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