第63話 私は空がどうしようもなく好きなんだ
「柳先輩って鈍感というよりはなんていうんでしょうかね? 自罰的な思考の持ち主なんすかね?」
最近になって私はよく柳先輩の資料を目にすることがあった。
それは私が調べたものではなくて送られてくるものなんだけど。
「それにしても、なんであの人は今更柳先輩の資料を送ってくるのか」
人格に問題があると考えているならあの人が天音先輩の近くに柳先輩を置くわけがない。
ある程度あの人からも先輩は信頼されているはずだ。
じゃあ、なんで?
なんであの人はこんなにも詳細な人物像、性格、思考方法をまとめて送ってくる?
これを私に見せて何をさせるのが目的だ?
「あの人が何の意味もなく私にこんな資料を送ってくるわけがない。でも、何の意味があるんすかね? 本当にあの人が何を考えているのかわからない」
昔からそうだ。
あの人は詳細を告げずに情報だけを渡して私に何かを伝えようとしてくる。
彼なりに私のことを鍛えようとしてくれているのかもしれないが毎回毎回私はそれに振り回されてる。
私があの人に苦手意識を抱いてるのはこういう所にも原因があるのかもしれない。
「それよりも今はこの資料に書いてある情報の事っすね」
今手元にある資料には先輩についての情報がいつも通り事細かに書かれている。
いつもと違うのはそれが外見や体重などの誰でも知り得る情報だったのが今回はもっと内面的なものだった。
「柳先輩を細かく調べ上げてあの人、ひいては天音先輩になんのメリットがあるんすかね」
性格は自罰的で自虐的。
大切な人にはとことん甘く敵対者には容赦をしない性格。
他者から好意を向けられることに慣れておらず好意を向けられても気が付かない。
もし気が付いたとしても勘違いだと決めつける。
「俺を好きになるわけがない」そう決めつけてしまうのだ。
「さすがあの人が調べただけはありますね。かなり情報は正確に思えるっすね」
私が知っている柳先輩もこの資料に書かれている人物像とそう大差はない。
「あの人が何を求めているのか。もしくは何も求めておらずただ単に柳先輩の情報を渡してくれているだけなのか」
どちらもあり得る。
「この資料を見れば見るほど天音先輩は苦労しそうですね。どれだけ天音先輩が好意を示しても柳先輩はそれを信用しないでしょうしね」
「私はこの資料をどうすればいいんでしょうか」
手に持っている資料に目を落としてからため息が出る。
本当にあの人から送られてくるものは面倒なものが多い。
◇
「美空ちゃんちょっといいかしら」
「はい? どうかしたんですか永遠姉さん」
「少し相談があるのだけど今いいかしら?」
「全然大丈夫ですよ! 私で力になれるなら」
私は夕食後美空ちゃんの部屋を訪れていた。
理由は簡単。
美空ちゃんにとあることを相談するためだ。
「相談内容なのだけど、その……空のことについて」
「お兄のこと!? どんな事?」
「それが、この前に遊園地に行ったじゃない?」
「行きましたね」
「それで美空ちゃんが一人でアトラクションに乗りに行ったとき私と空は二人で観覧車に乗ってたの」
「ええ!?」
美空ちゃんは顔を真っ赤にして目を輝かせていた。
やっぱり恋バナがかなり好きなんだろうなと思う。
「空が私に手を握ったことがあったの」
「うんうん!」
「でも、すぐにその手を放してひどくおびえたような顔で不快じゃなかったかと聞いてきたの」
「あ~そういう事ですか。何となく相談内容が分かった気がします」
美空ちゃんは先ほどまで輝かせていた目を引っ込めて呆れたような顔になる。
私は美空ちゃんのこういう表情が豊かなところが好きだ。
見ていて面白いし何より信頼が置ける。
「その後も空はずっと自分を卑下していたわ。自分を卑下するというよりあれはもはや自虐のように見えたわ」
「わかりますよ。お兄は大体いつも考え方が自虐的ですからね。多分ですけどお兄は自分のことが何よりも嫌いなんですよ」
美空ちゃんは悲しそうな顔でそういった。
やっぱりそうなのか。
彼は自分のことをいつも軽く見ているように思う。
何をするにも彼は自分の危険を顧みない。
自身を犠牲にすることになんら抵抗が無いように見えるのだ。
それが私はどうしようもなく悲しいく心苦しい。
「……そうなのね」
「昔からそうなんです。お兄はいつも自分のことが嫌いで嫌いで仕方無いんですよ。それでも昔はまだもう少しマシだったんですよ。自分を犠牲にしようとするところは相変わらずでしたが今みたいに自分の身を全く顧みないというようなことは無かったです」
「どうして最近になった悪化したのかわかる?」
「……予想でよければ」
「聞かせて頂戴」
きっと、この世の中で空のことを一番理解しているのは間違いなく美空ちゃんだ。
その美空ちゃんの予想は考え得る限り正解に最も近いだろう。
「……お兄は多分瑠奈姉に浮気されてから、藤田さんに裏切られてからもっと自分が嫌いになったんだと思います。そのタイミングでお兄は昔に比べてさらに自罰的、自虐的な思考になっているんだと思います」
「あれが原因で……」
でも、説得力はある。
わたしだって大切な幼馴染と親友から裏切られたらそういう思考になるのも理解できてしまうのだ。
空はそれに加えて両親にも見捨てられて居場所すらも奪われた。
そうなったら自分のことが嫌いになってしまうのも自罰思考になるのもしょうがないと言えるのかもしれない。
それでも……
「そんなの……悲しすぎるじゃない」
空は何一つとして悪くないのに。
あらゆるものを奪われて。
今の空は自分自身すらも捨てようとしている。
そんな気がしてならないのだ。
捕まえておかないとすぐにどこかに飛んでいなくなってしまいそうで怖い。
眼を話したらすぐにどこかに消えてしまいそうで、それがたまらなく恐ろしい。
「永遠姉さん……」
「私はどうしたらいいのかしら。私は空を失いたくないの」
どうしても空だけは、いなくなって欲しくない。
空だけは私の前から……
「私にはわかりません。それでも永遠姉さんが本気でお兄と一緒にいたいと願うのなら本音をぶつけてみるべきだと思います。お兄にはそれが一番効きますからね」
「でも、それをしても空はそれを否定するでしょう?」
この前に観覧車の時のように否定して違う可能性を提示してくるのだろう。
空がいないという仮定条件付きで。
「それでも正面からぶつかるんです。お兄が否定するなら永遠姉さんがそれを否定すればいいんです。お兄が納得するまで何度でも」
そんなことで空は納得するのだろうか。
でも、行動してみないと何も変わらない。
ならば、やってみるしか他にないのだろう。
「ふふっ」
「どうしたんですか? いきなり笑って」
「いえ、私はどうやら私が思っている以上に空のことが好きなんだと思っただけよ。今日は相談に乗ってくれてありがとう。お休み美空ちゃん」
それだけ言って私は部屋を後にした。
私がやることは決まった。
どれだけ空が自分を卑下しても自分を苦しめても私が空を助ける。
私にとって空はもうかけがえのない存在だ。
空音のように依存してるわけでもない。
私は純粋に柳空という一人の男の子のことが《《どうしようもないくらいに好きなんだ》》。
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