第32話 二人きりの勉強会
「ただいま~」
「おかえりなさい。早かったのね?」
「まあね。ひどい目に遭ったよ」
今思い出しても冷や汗が出てくる。
あそこで選択を誤っていたら今頃冷たい死体になっていたかもしれないのだから。
「ひどい目? あなた、後輩の女の子とデートに行っていたんじゃなかったかしら?」
「デートじゃないってば。なんかいいように使われただけだったよ」
「どういうことか説明して頂戴?」
「わかった」
それから俺は今日起こった出来事をありのまま話した。
勿論最後に言われた意味深な助言についても。
「よく無事だったわね」
「運が良かったんじゃないかな? 俺もあの状況で、無傷で帰ってこれたことに感動してるし」
普通の高校生があんな場面に直面するなんて思ってもいなかった。
きっと普通じゃない七海さんと一緒にいたせいなんだろうけど。
ん? というかあんな状況に巻き込まれたのに教えてもらった状況があれだけって割に合って無くないか?
「運って、まあそうなのかもしれないわね。でも、その七海さんが言っていたっていう私としばらく離れないほうがいいって言うのはどういう意味なのかしらね」
「さあ。それは俺もわかんない。何なら俺が教えて欲しいくらいだ」
これだけだと本当にどういう意味なのか分からないのだ。
一緒にいるだけでいいのか、それとも何かをしないといけないのか。
詳しいことは何一つわからない。
一緒にいる期間もわからない。
「そうよね。でもいったい何なのかしらね。その助言は」
「わかんない。でも、怖いからしばらくは一緒に行動しようか」
「そうね。といっても私達基本的にずっと一緒にいるわよね?」
「……確かに」
言われてみれば俺はずっと天音さんと一緒にいる気がする。
朝起きて着替えて天音さんの部屋で朝ごはんを食べて一緒に登校してお昼ご飯も一緒に食べて一緒に帰ってそれからも基本的には天音さんの部屋で過ごしてるからずっと一緒にいるな。
「言われてみればずっと一緒にいるな」
「でしょ? だからそんな助言なくても今までと変わらないんじゃないかしら?」
「そうだね。変に気にしすぎても良くないし頭の片隅に置いておくくらいでいいかもね」
「そうね。そうしましょう」
方針は固まった。
気にしすぎないようにする。
「そういえば美空は?」
今の時刻は3時だから遊びに行ってるのかもしれないけどなんだか美空がいないのは珍しかったのでつい聞いてしまった。
シスコンだと思われないかな。
「美空ちゃんなら友達と遊びに行くって言って空が出ていった少し後に出て行ったわよ」
「そうなんだ」
美空にも遊びに行くような友達がいると知れて少し安心した。
俺にはもうそんな友達はいないからな。
「天音さんは何してたの?」
「ん? 勉強よ? もう少しでテストだし。この前学校を休んでしまったから取り戻しておきたいのよ」
「なるほど」
流石は天音さん。
努力を怠らないその姿勢はぜひとも見習いたい。
「じゃあ、俺も勉強しようかな」
「あら、なら教えてあげるわ」
「いいのか?」
「もちろんよ。私のせいであなたに一日休ませてしまったのだし。それに教えたほうが私の勉強にもなるのだからね」
「それならありがたく教えてもらおうかな」
こうして俺と天音さんとの勉強会が急遽幕を開けたのであった。
◇
「そこ違うわよ。そこの問題はこっちの公式を使うの」
「え? そうなの?」
「あなた授業聞いていなかったの?」
「いや、聞いてはいるんだけどこの単元難しいんだよね」
天音さんは少しスパルタ気味ではあったけど丁寧に一問ずつ教えてくれた。
正直ありがたい。
自分でも勉強はしているけどこうしてわかりやすく教えてもらえるとはかどるのだ。
「それはわかるけど、ここら辺はきっとテストに出るわよ?」
「だよな~だから教えてもらえてありがたいよ」
「ならよかったわ。私も誰かと一緒に勉強をする機会なんて今までなかったから新鮮でいいわね」
天音さんはペンをおいてこちらを見つめてくる。
本当この子は今まで一人だったんだろうなと思うと少し胸が苦しくなる。
だからこそ、俺はこの子を一人にしないと心に誓うのだ。
「なら、また教えてくれよ。定期的に勉強会をしよう」
「いいわねそれ。今度は美空ちゃんも誘おうかしら?」
「いいんじゃないか? あいつあんまり勉強しないからどしどし教えてやってくれ」
天音さんに教えられるのならあいつも素直に参加するだろうしな。
「ふふっ、楽しみね」
「勉強会だぞ?」
「それでもよ。じゃあ、まずは今しっかりとあなたに教えないとね?」
「え?」
どうやら俺は妙なスイッチを押してしまったらしい。
それから約二時間ほど俺は天音さんのスパルタ勉強会を受ける羽目になった。
一日でかなり頭が良くなったような気がするけど精神的に疲れた。
今度は絶対に美空も巻き込んでやる。
楽しそうに俺の問題の間違いを指摘する天音さんの横顔を見ながら密かにそう決意した。
◇
「じゃあ、今日はこのくらいにしておきましょうか」
「あ、ああ。ありがとう」
しんどかった。
教えてもらえるのはありがたかったけどあまりにもスパルタ過ぎた。
間違えると正論パンチが飛んできて何回心をえぐられたか……
思い出したくもない。
「それとあなたに一つ言わないといけないことがあったわ」
「そんなに改まってどうしたのさ」
言わないといけないこと?
一体何なのだろうか。
最近は何も変なことはしていないと思うんだけど。
「あなたのご両親が会いたいと言っているそうよ」
「……は?」
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