第148話 初恋
「七海ちゃん大丈夫?」
「美空さん? 大丈夫って何のことすか?」
「はぁ~これでも私は七海ちゃんの友達のつもりなんだよ? 何かに迷っていることくらいは想像がついてるよ。悩みの内容に関しても大体予想がついてる。私に隠す必要は無いよ?」
「なんで……全く表情とかには出してないと思ってたんすけど?」
「確かにお兄とかなら気づかないかもね。お兄は鈍感だし永遠姉は最近いろいろあって七海ちゃんにまで意識を回せてなかったと思うし」
この前の文化祭で結構心労がたまっていたのだろう。私や七海ちゃんに対する注意というかなんというか、がおろそかになっていた。
大きな変化なら気が付くだろうけど小さな変化には気が付かなかったらしい。
「そういう事っすか。あなたは空先輩に似ないで感がとても鋭いんですね?」
「まあね。私もこれで幼少期は結構な悪意にさらされてきたんで。誰かの感情の機微は察することができるようになったの。当時は辛かったけど今はそのおかげで結構助かってるんだよ」
「そっすか。私の天敵はどうやら美空さんみたいっすね」
「天敵って。私は七海ちゃんの不利益になるようなことはしないんだけどな。友達が苦しんでる姿とか見たくないし」
私は自分の周り以外の人がどうなっても意外とどうも思わないタイプの人間だ。
自分でも少しは無慈悲かもと思わないでもない。
それでも私に関わらない他人なんてどうでもいい。私は私の周りの大切な人たちが幸せであればそれで私は構わない。それ以上は望まないから。
人が手にできる物には限りがある。すべてを手に入れることなんてできない。
だから私は大切なものを優先する。
「別に苦しんでなんていないっすよ」
「嘘つかないでよね。そんなところに縮こまってさ」
七海ちゃんは部屋の隅で縮こまっていた。膝を抱えて顔をうずめていた。
世の中にはどうしようもならないことが多数存在する。
例えば《《仲睦まじいカップルの片方に恋心を向けている事》》とかね。
どうしようもないって頭では理解してるはず。毎日いちゃつくお兄たちを見てれば入り込む隙が無いなんてわかりきってることだ。
それでも心はそれを許容してはくれない。
「美空さんに何がわかるっていうんすか」
「わかるよ。七海ちゃんがお兄のことを好きなのもそれを必死に隠してなかったことにしようとしてるのも」
「本当、なんでわかるんすか。その察しの良さは少し異常っすよ」
いじけたように七海ちゃんは私を睨んでくる。やっぱり好きなんじゃん。
「どうするつもりなの? 最近それでずっと悩んでたんでしょ?」
「どうしたらいいんすかね。私も自分がどうしたいのかよくわかってないっす。確かに空先輩のことは好きです。でも、空先輩には永遠先輩がいますしきっと見向きもされません」
「だろうね。お兄は良くも悪くも一途だから。でもさ、七海ちゃんはすっきりしないんじゃない? そういう気持ちって吐き出さないとなかなか消化できないものじゃないの?」
恋愛関係はため込んだままが一番精神衛生上よろしくないって聞いたことがあるし私もそうだと思う。吐き出せないまま好意を胸にしまっておくなんて生殺しどころの話じゃない。
一生引きずってしまう可能性すらあるのだ。
「そんなのわかってますよ! でも私にどうしろってんですか。告白して玉砕しろってんですか? そんな事したら私はこの家に居づらくなる。それどころか永遠先輩を敵に回してこの家から追い出される可能性すらあるじゃあいっすか!」
「そんなことにはならないよ。永遠姉はそんなことしないしお兄だって七海ちゃんを嫌いになったりしないよ。だからね、七海ちゃんにとって後悔の少ない選択をしたらどうかな」
後悔のない選択なんてものはこの世の中には存在しない。二択あるいはそれ以上ある択を前にしたときどれか一つを選ばなければならない。
そんな状況で選ばなかった方を選んだならどうなっていたのだろうか?
あの時にこうしておけば、言っておけば。そんなことを考え始めたらきりがない。
だから、そんな後悔をできるだけ少なくする選択をしなければいけないのだ。
私は七海ちゃんにそういう選択をして欲しい。
少なくともできるだけ後悔が少ない方を。
「でも、私は怖いんすよ。せっかく安心できると思える居場所を失うのが。空先輩に嫌われるのが。私はどうしようもなく怖い」
「七海ちゃんはどうしたいの? やっぱりそこが大切じゃない? 気持ちを伝えるのかこのまま現状維持で辛い思いをするか。私個人としては前者を選んでほしいけどそこを強制はできない。ゆっくり考えて答えを出してみればいいと思う。でも早くしないとお兄は永遠姉にプロポーズするよ。きっとクリスマスに」
お兄はそれくらいの覚悟があるように思える。絶対に永遠姉よ一緒にいたいっていう願いを最近はひしひしと感じることが増えたような気がする。
少し前のお兄なら何かに過剰に執着することは無かったように思う。瑠奈姉に対してもあそこまで執着はしてなかったと思う。
でも、今のお兄は違う。何を犠牲にしても永遠姉と一緒にいることを願っているように思う。いや、きっと何があってもそうするのだろう。
今のお兄は多分少しだけおかしい気がする。
私の気のせいかもしれないけどさ。
「完全に勝機0じゃないっすか。わかりました。敗戦処理をすることにします」
諦めたみたいに七海ちゃんはがっくりとうなだれた。私も勝ち目がない勝負を挑ませるのは気が引けるけどここでしっかり振られて割り切らないといつまでもお兄のことを忘れられないだろうから。私が言うのなんだけどお兄は男性としてはかなりいい部類に入ると思う。そうそうお兄と同じようなスペックの男はいないと思う。
だから、そんな片思いを終わらせるのが友達としての私のせめてもの役目だと思うから。
↓にある☆☆☆☆☆評価欄を、★★★★★にして応援して頂けると励みになります!




