第140話 柳空たる所以
「空、おはよう」
「おはよう。といってもそこまで時間は経ってないけどね。疲れは多少取れた?」
「うん。おかげさまで。今日は迷惑をかけちゃってごめんね」
「いいや。迷惑なんかじゃないさ。永遠が大丈夫ならそれでいいよ。もう少ししたら美空が呼びに来ると思うけどそれまでもう少しゆっくりしとく?」
あれから数十分経ってるしもうそろそろ夕飯ができる時間帯だろう。
呼びに来るまでゆっくりする時間はあるだろう。
「そうしようかしら。空も付き合ってくれる?」
「もちろん」
「少し懐かしいわね。こうやって私の部屋で話すのは何度かあったけど私が寝ているときに話すのは熱を出した時以来じゃないかしら?」
「確かにそうかも。懐かしいね」
あれはもう一年近く前の話になるのか?
時間の流れはやはり早い。
「やっぱり空は聞いてこないのね」
「何を?」
勿論永遠の意図はわかっている。
あえて俺はとぼける。
永遠に気を使ってほしくは無かったから。
「ふふっ。あなたはいつもそうやって私に気を使ってくれてるけど意外と私は気が付いてるのよ。気づいていて何も言ってこないこととか実は私にどう接すればいいのかわかってないこととかね」
「……バレてたか」
「これでも私は空の恋人だからね。それくらいはわかるわよ。いつもありがとね」
「お礼を言われることじゃないさ。永遠が話せるようになるまで無理に聞きはしないし話せないのなら一生話さなくても構わない。永遠がしたいようにしてくれ。それが俺の願いだよ」
無理をさせたくない。
それに聞かなくても聞いても俺が永遠に向ける愛情は全く変わらない。
だからどちらだってかまわない。
「じゃあ、聞いてもらおうかしら。一人でずっと抱え込んでてもどうしようもないし」
「うん。永遠がそれでいいならちゃんと聞くよ。聞かせてくれ」
「私が昔空に話しやこと覚えてるかしら?」
「覚えてるよ。空音さんの話でしょ。前に聞いた」
「ええ。そうよ。私の親友の空音。あの子のことを詳しく話したことは無かったわね。昔話したときはそこまで深い関係性ではなかったこともあってね。だから今回はもっと詳しく話そうと思うの。長くなるかもしれないけど聞いてくれる?」
「もちろんだ。ゆっくりでいいから話してくれ」
空音さん。
きっと俺よりも永遠のことを知っていてかけがえのない存在なんだろう。
それは永遠を見てればわかる。
「空音と知り合ったのは中学一年生のころよ。学校になじめなかった私に話しかけてくれてね。そこから二人でずっと行動するようになったわ。人生で初めてともいえる友人だったの。優しくて気遣いができて周囲の人間をよく見ていたわ」
そう語る永遠の目は優しくて彼女の存在がどれだけ永遠の心の支えだったのかように想像できる。
昔聞いたときよりもそれがはっきり伝わってくるのは俺が永遠を理解してきたからなのだろうか。
「休日は一緒に遊びに行ってテスト勉強をして。中学生活の多くの時間を一緒に過ごしたわ。本当に今でも一番の親友は彼女と胸を張って言えるくらいにはね」
永遠は遠い昔を振り返るようにしていた。
それほどに大切な友人だ。
失ったショックは大きすぎたのだろう。
「前にも言ったけどそんな空音を快く思わない奴らに虐められてた。私はずっと一緒だったのにそれに気づいてあげることができなかった。結果は空の知っての通り。彼女は自殺してしまった」
「……」
かける言葉が無かった。
いや、その言葉を俺は持ち合わせていなかった。
「あの日以降私は誰も信用することができなかった。誰とも関わりたくなかったから。私と関わった人を失うのが怖かったから」
関わった人間を失うのが怖い。
それは誰しもが感じることだろう。
ただ、大抵の人間はそれを体験したことはあまりないはずだ。
勿論肉親の祖母や祖父が亡くなる経験をした人は多いかもしれないが目の前で親友を失う経験をしたことがある人間は少ないと思う。
それゆえに再び誰かと関わって失う経験をするのが怖いと思ってしまうのだろう。
俺も永遠が居なかったらそうなっていた可能性が十分にある。
「そのあとは空にも言ったけど虐めにかかわった人物を密告して高校に入学できなくしたわ。裁判とかそう言った事もたくさんしてね。そこで終わったと思ってたんだけどまたあいつらの顔を見たら昔のことを嫌でも思い出しちゃって」
永遠は少しだけ悲しそうな顔をしてそういった。
「そっか」
俺が同じ状況だったら俺もそうなっていたと思う。
「でも、空に話して少しだけ落ち着いた気がする」
「ならよかったよ」
「……空はどこにもいかないわよね」
「少なくとも永遠から離れるつもりは全くないな」
永遠と離れない。
変な話永遠といるのが俺にとって、柳空にとっての第一優先事項となっているのだ。
柳空が柳空たる所以ともいえる。
「そういってもらえて安心したわ。これからもずっと一緒よ」
「もちろん。そろそろ夕飯ができるだろうしリビングに行くか」
「そうね。待たせたら悪いしね」
永遠が今回の件をどう受け止めたのかはわからない。
それでも、さっきよりもだいぶ顔色がましになった永遠を見て俺は少しだけ安心した。
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