第121話 あんまり俺を見くびるな
「……なんにも聞かないんすか?」
「何をさ」
保健室に七海さんを運び込んでベッドの上に寝かせて一通り先生に診てもらったくらいな時に体育館倉庫にいた先生が保健室に入ってきた。
「柳大丈夫か?」
「俺は何ともないですよ。七海さんは複数個箇所に打撲が見られるそうです」
さっき保健室の先生が言っていたことをそのまま伝える。
複数箇所の打撲。
何か所は痣になってしまっているらしい。
「そうか。とりあえずさっきの生徒たちは拘束して生徒指導室に運んである。これから全員の保護者に連絡して明日にでも話し合いの席を設ける予定だ」
「そうですか」
このような事件が学校で起こるのは二回目だ。
先生たちも少しだけ対応に慣れてきている節があった。
「ああ。その話し合いに柳も参加してくれないか?」
「構いませんよ。俺もこうなってしまった以上がっつり関わる気でいるので」
「すまないな。よろしく頼む。杉浦のご両親とは連絡がつかなかったんだがどうすればいいと思う?」
「それは俺に聞かれても困るんですが…」
七海さんの両親にはあったことが無いと思う。
でも、事情を話せば後藤さんなら来てくれる気がするけどそこまで迷惑をかけてよいものなのか。
「それなら杉浦さんの保護者の代理になる人に心当たりがあるので私の方で連絡しておきます」
「天音? わかったそういう事ならよろしく頼む」
永遠も俺と同じ考えに至ったのだろう。
先生にそう告げて俺と七海さんに向けてウインクをする。
「じゃあ、俺たちはあいつらと話をしに行かないといけない。今日はもう帰っていいが柳は杉浦を送ってくれるか?」
「もちろんです」
「ありがとう。杉浦をよろしく頼んだ」
先生はそういってから保健室を後にした。
教員というのは苦労が絶え無さそうだと思った。
俺は絶対教員になれない気がする。
「さて、七海さんは動けそうかしら?」
「まだちょっと厳しいかもです」
「なら、俺が運ぼう。今日は美空の部屋に泊まると良い」
「そうね。杉浦さんさえよければどうかしら?」
「私は……それで構わないです」
控え気味に七海さんはそういった。
さっきから俺と永遠を窺うような視線を向けてくるけど何かを語りだすような気配は一向にない。
「じゃあ空、車まで運んでくれるかしら?」
「お安い御用………って怒らないか?」
「怒らないわよ。私が頼んでるんだし」
永遠から許可を取ったところで七海さんを抱きかかえる。
体は小刻みに震えていた。
七海さんをこんな目に合わせた奴らを尚更許せなくなった。
「なんか最近先輩にお姫様抱っこされてばっかりな気がします」
「確かに。だって七海さんが最近ボロボロだからさ」
「…………確かに」
永遠に案内されながら学校を後にすると校門前に後藤さんの車が見えてきた。
さっき永遠が呼んでくれていたのだろう。
まあ、一緒に帰らない代わりに私も協力させてといっていたからある程度この展開を読んでいたのだと思うが。
「じゃあ後藤さん家までお願いしますね」
「はい。畏まりました」
後藤さんはにこりと笑って車を走らせた。
走る車の中特に会話はなく少しだけ重い空気が車内に漂っていた。
正直空気が重すぎて話題を振りたかったけどそんな事しても七海さんが空元気を出すだけだと思って自重した。
◇
「お邪魔します」
「別にそんなに畏まらなくてもいいんだよ?」
「そうだぞ? って言うのも変か。ここ俺の家じゃないし」
「そうよ。ふふっ。空ったらおかしいんだから」
少しでも七海さんの気を紛らわせようと永遠と軽口を叩きあっていたが七海さんの表情は芳しくない。
先ほどの一件が尾を引いているようだ。
「……永遠先輩。ごめんなさい空先輩と二人で話してもいいですか?」
意を決したように七海さんはそういった。
その表情を俺は知っていた。
諦め絶望、悲観そのすべてがごちゃ混ぜになったような物だった。
「いいわよ。私は自分の部屋にいるから終わったら声をかけて頂戴」
「ありがとうございます。《《天音先輩》》」
「…………」
天音先輩…………か。
◇
「それで、話って言うのはなにかな?」
部屋に二人きりになって七海さんの顔を窺う。
真剣な顔だ。
真剣でいて諦めに満ちた表情。
「先輩は優しいですよね。私に何も聞いてこないんっすから」
「言ったはずだ。俺は君を傷つける気はないし無理に話しを聞く気もない。でも、話す気になったから俺と二人の状況を作ったんだろう?」
「その通りです。先輩には、いえもう馴れ馴れしいですよね。柳空さん」
他人行儀で七海さんは俺の名を告げる。
声音に温度は無く表情は能面のように無表情であった。
「ずいぶんと他人行儀な呼び方をするんだね。七海さん」
「ええ。単刀直入に言います。体育館倉庫で女子生徒たちが言っていたことは本当です。私はもともと天音永遠に近づいた人間の調査という仕事を請け負っていました。そして最も天音永遠に近づいた人間。それがあなたなんですよ」
「そういう事か。だから君は最初から俺のことについてある程度詳しかったと」
「その通りです。失望したでしょう? 私があなたの近くにいたのは監視するため。彼女たちが言った通り仕事だったからです。……どうぞ罵ってください。気が済まないようであれば殴っていただいても構いません」
「…………」
全くこの子は。
……多分俺と同じなんだろうな。
この子は自分が嫌いなんだ。
自分のことを低く見て自罰的な思考の持ち主。
きっとこの子があいつらに抵抗しなかったのはこの事実を俺たちに知られるのを恐れてのことだったのだろう。
バカだ。
バカとしか言いようがない。
「…どいつもこいつも俺を見くびりやがって」
目を瞑っている七海さんに向かって近づき額にデコピンをかます。
「いたっ。柳さん? 何を」
「その他人行儀みたいな口調をやめろ。俺は君に失望とかしてないし多分永遠もそうだ。そんな程度で俺が君と縁を切るなんて俺を見くびっているのにもほどがある」
何を言われても俺は七海さんに感謝している。
それに七海さんの行動がすべて仕事に起因するものではないと思っている。
「でも、先輩……」
「でももくそもない。それに七海さんが今まで取った行動のすべてが仕事だからじゃないだろう? もし、仕事だけだというのなら俺の個人的なお願いを聞く必要は無かったし美空と友達になる必要もなかった。それにお見舞いにも来てくれたじゃないか。あの行動のすべてが《《仕事だったから》》とでもいうのか?」
もしここで仕事ですって言われたらもう何も言えなくなるんだが。
「……だとしてもきっかけが仕事であったことに変わりはありません。先輩たちに罵られても私は文句が言えません」
「だから俺は罵る気が無いって言ってるのに。そもそも俺は《《七海》》に救われてばっかりだし。感謝しかない。だから君を罵る気もなければ距離を置くつもりもない。まあ、七海が距離を置きたいっていうなら話は別だけどな」
「そんなわけないです!! 私は先輩たちとずっと仲良いままがいいっす。そうじゃ無かったらあんな奴らにいいようにはされてません!! 先輩たちといるのが楽しくて、いつの間のか失うのが怖くなってて…だから! 私はあそこまで虐められても何の抵抗もしなかったんすよ!」
七海は泣きながら俺の胸倉をつかんで叫ぶ。
グラグラと胸倉を揺らされる。
「そっか。よく頑張ったな」
そっと七海の頭を撫でる。
すると胸倉をつかむのをやめて本格的に泣き出してしまう。
「……困ったな」
ここまで泣いている七海にどんな言葉をかけていいのかわからず俺はただ頭を撫でることしかできなかった。
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