第120話 七海の秘密
翌日も七海さんは普通に学校に通っていた。
先生から聞いた怪我を聞くと絶対に今日は休むべきなんだけど。
俺にはそれを無理に止める資格も権限もなかった。
それに女子生徒たちは明確な証拠が無かったからいったんは保留にされている。
「相当心配しているのね。七海さんのことを」
「ああ。心配だな。ああゆう連中は絶対にただで終わらない。俺はそういう連中を見てきてるからな」
「同感ね。私もこれだけで終わるような気はしないわ」
俺達は虐めやそれに類する問題の渦中にいた側の人間だ。
だから何となくわかるんだ。
これだけで終わらないって。
「だよな。ちょっと不安だ」
「そうね。いいわよ。今日は私と一緒に帰らなくても」
「え?」
「空が今日そう言うと思って昨日のうちの後藤さんに連絡しておいたの。だから今日は後藤さんに迎えに来てもらうから空は杉浦さんと一緒に帰ってあげて」
「…………ごめ、いや。ありがとう」
「ええ。その代わり帰ったら私をお姫様抱っこして? あれ羨ましかったんだから」
「お安い御用だ。ありがとう」
「ならよし。しっかりやりなさいよ」
永遠はまた俺の背中を押してくれた。俺は背中を押されてばっかりだな。
◇
「七海さんいるかな?」
そういって授業終わりに七海さんの教室を覗いてみるけど七海さんの姿が見えない。
「クソっ」
ああいう手の輩がやりそうなことは想像がつく。
そして、学校側の目が届かない場所なんて山ほどある。
屋上然り別の場所然りだ。
「どこだ。どこにいる!?」
昨日の状況でもカッターが出そうになっていた。
そして昨日多少なりとも学校側に虐めの事実が伝わってしまった。
つまり相手の行動がエスカレートする可能性が高い。
本当に危険な状況だ。
「こういう時にああいう奴らが使う場所。監視カメラが無く人目につかずに多少声をあげても人が来ない場所」
屋上はもう使わないはずだ。
というより使えない。
学校側が警備を厳重にした。
あそこにはもうやすやす入ることはできない。
となればどこだ?
校舎裏?
いや、ありえない。
大声を上げればすぐにばれてしまう。
「…………体育館倉庫か」
あそこであれば人目につかずある程度声をあげても周囲にバレることは無い。
クソっ、ここから倉庫まで走って数分はかかる。
急がないと取り返しのつかないことになる。
「無事でいてくれよ!」
◇
「今のうちにあんたをボコボコに嬲っとかないとね~バレちゃいそうだし」
「それにあいつにはもうバレちゃったわけだしあいつに話してもいいんじゃない?」
「それはやめっっ」
「っるさい! なに私に反抗してるのよ!」
「っっ!」
頬を殴られる。
反応できずに口の中が切れて鉄の味がする。
痛い。
鈍い痛みが頬を襲う。
「本当にイライラする。顔がいいだけで調子に乗って」
「いっそのことこいつの顔今度こそぐちゃぐちゃにすればいいんじゃない?」
「そうね。私今カッター持ってるし」
絶体絶命とはまさにこの事だろ。
今度こそ空先輩はこないだろうし私はこいつらに顔をズタボロにされる。
こいつらは警察に捕まるだろうけど私の顔を無事では済まなそう。
ははっなんていうかもうどうでもいいかもしれない。
「じゃあまずは一発いっときますか!」
カチカチカチ
カッターは刃が出る音がする。
完全に傷が残るほどには刃が出てる。
「じゃあ恨まないでね?」
下種な顔をした女子生徒がカッターを私の顔に当てる。
これでこの刃をスライドさせれば私の顔には深い切り傷が刻まれるだろう。
ダンっ
今度こそだめだと諦めたときに倉庫の扉が勢いよく開かれる。
そこには絶対に来ないと思っていた先輩の姿がそこにはあった。
◇
「やっぱり懲りないんだな。お前らみたいなやつはさ」
「なんでここに!?」
「チッまたお前かよ」
「もういいじゃん役者はそろったでしょ? 話しちゃおうよ」
「それいいね~」
話す一体何をだ?
だが、何かを話す気になってくれたおかげかカッターはいったん引っ込めてくれた。
その事実に胸を撫でおろしつつだが、警戒を緩めないように三人の女子生徒を見つめる。
「一体お前らが何を話してくれるというんだ? 何もないのなら俺は今からお前らを拘束する」
「まあまあ、待ってくださいよ。これは先輩たちに関わる話ですから」
「まっ、て。それ、だ、けは」
「黙れ!」
七海さんがなにかを言おうとした瞬間殴られて地面に倒れこんでしまう。
「お前らっ!」
ぐつぐつと腹の内でどす黒い何かがうごめいているのを感じる。
「そんなに怖い顔すんなって。わたしらの話を聞けばこんな女を大切に思えなくなるからさ」
「は?」
「この女はさずっとあんたを利用してたわけ」
いきなりそんなことを語り始める女子生徒。
理解が追い付かない。
俺を利用?
七海さんが? そんなことをして七海さんに何のメリットがあるのか。
でも、七海さんの絶望したような表情を見て俺はこの女たちが言っていることがある程度本当なのだと悟る。
「あんたが困っていた時に助けたのもただの仕事。今まで一緒にいたときだってあんたを監視して誰かに報告していたのかもしれないね~」
ニヤニヤと下卑た笑みを覗かせていた。
なるほど。これが七海さんが一向に事情を話したがらなかった理由か。
「あんたと今まで過ごしていた時間この女は何を考えてたんだろうね~めんどくさがってたりしてたんじゃない?」
「そうそう。可哀そうだね~あんたまた利用されて裏切られてたんだよ」
「残念だね! 浮気されて信頼していた後輩にも裏切られてさ。あはは~今ならこいつを殴っても何しても誰にもバレないよ? 私たちは黙ってるからさ」
「そうそう共犯になろうよ~」
「そうか……そうだな」
俺はゆっくりと倒れている七海さんに近づく。
できるだけゆっくりと。
◇
ああ、言われてしまった。
これで先輩たちと一緒にいられなくなる。
私の人生において一番大切だった居場所を失った。
先輩が近づいてくる。
私はこれから何をされるんだろう?
殴られたりするのだろうか。
それとももっと酷いことをされるんだろうか。
「はは、せんぱい、ごめっ」
先輩は私の頭を撫でていた。
「…………ぇ?」
理解が追い付かなかった。
なんで先輩が私の頭を撫でているのか?
いや、何をしているのだろう。
わからない。酷いことをされると思っていたがために理解が追い付かない。
「あんまり俺を見くびるな。お前たちが何を知っているのかなんて興味が無い。俺は俺の知る七海さんを信じている。他人の言葉で揺らぐことは無い」
「先輩…………」
先輩は私を抱きかかえながらそう言ってくれる。
人生で二回目のお姫様抱っこだ。
「ちっなんだよ。お前」
「本当しょうもない男」
「こんな奴のどこがいいのか」
揃って彼女たちは空先輩の悪口を口にする。
私が否定の言葉を出そうとしたとき再び倉庫の扉が開かれる。
「あら、人の大切な恋人に向かって言ってくれるじゃない」
「と、わ先輩?」
「来てくれたか」
「ええ。もちろん援軍も連れてきたわよ」
永遠先輩がそう言うと数人の先生が倉庫になだれ込んでくる。
「柳! 杉浦大丈夫か?」
「俺は何とか。それよりも七海さんを保健室に連れて行っていいですか?」
「もちろんだ。あとの処理は俺達に任せろ。事情は天音から聞いている。あとで俺たちも保健室に向かうから先に行っててくれ」
「了解です。あとは任せました」
先輩は私を抱きかかえたまま先生たちにそういって保健室に向かう。
勿論永遠先輩も一緒に来てくれる。
「空、またお姫様抱っこしてる」
「これは見逃してくれよ。仕方なかったんだから」
「まあそうね。今回は許してあげる」
先輩たちは仲よさそうに会話をして私を保健室に運んで行ってくれた。
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