第119話 君がいる限り
「どんな事情があると思う?」
「わからないわね。空は知らないだろうけど女子って陰湿なの。誰のもばれないように裏で誰かを貶める。何があったのか情報が少なすぎて予想すらできないわ」
永遠は険しい顔をしてそういう。
きっと自身の過去にあった出来事を思い出しているのだろう。
「だよな」
情報が少なすぎる。
さっき先生に話した通り俺たちは何も知らないのだ。
それに言ってしまえば俺はただの部外者だ。
屋上では完全に危ない状況だったから即座に介入したけどこれ以上首を突っ込んでいいのか。
迷惑に思われないか。
そもそも俺たちに話したくない事情があるようだった。
そんな彼女の意志を無視して踏み込んでもいいものなのか。
「…………」
「悩んでいるのね空は」
「え?」
「表情で丸わかりよ。あなたは杉浦さんを助けようか触れないでおこうか迷ってるんでしょ?」
そんなに表情に出ていただろうか?
永遠が俺のことを知りすぎているだけかもしれないけど。
「その通りだよ。できることなら助けたい。でも、七海さんが事情を話さない以上踏み込んでほしくないのかもしれない。そう思うと安易に動けないんだ」
「知ってる。空はそういう性格だからね。じゃあさ空はどうしたいの? 私や杉浦さん、美空ちゃんのことは気にせずにあなただけの感情は何をしたいと思ってるの?」
永遠は優しい笑みを向けながら俺にそう聞いてくる。
永遠や七海さん、美空を気にしなくて俺がやりたい事。
誰の迷惑も気にしないで俺の感情、エゴを優先できるのだとしたら俺は……
「七海さんを助けたいと思ってる。彼女がどんな事情を抱えているのかはわからない。踏み込んでほしくないのかもしれない。それでも俺は苦しんでボロボロになるあの子を見ていたくはない。あの子は俺の恩人だ。美空の友達だし俺と永遠にとってもかけがえのない人間だ。だから助けたい」
「あなたならやっぱりそういうわよね。いいんじゃないかしら? あなたのやりたいようにやれば。もしあなたが間違ったことをしているなら私が止めてあげるしくじけそうになったら支えてあげる。だから、あなたはあなたのやりたいことをやってみればいいんじゃないかしら」
永遠がこう言ってくれるから俺は迷わずに選択することができる。
本当に俺にはもったいなすぎる恋人だ。
「ありがとう。永遠が支えてくれるから俺は前を向いて進めるよ」
「お礼を言うのは私の方なんだけどね。あなたがいたから私はずっと後ろを向いていた人生に終止符を打てた。前を向いて歩めるようになったんだから」
「そういってもらえて光栄だよ。まずは話を聞かないといけないかな」
「それなら帰り一緒に帰りましょうか」
「それがいいね」
こうして俺は俺自身の感情を優先することになった。
◇
「七海さん今から帰りかな?」
「空先輩? まあそうですけど」
「じゃあ私達と一緒に帰らない?」
「え、あ、はい。大丈夫ですけど」
学校が終わった直後に俺と永遠は七海さんの教室を訪れていた。
あの後七海さんは先生方から話を聞かれたらしいがすべて黙秘を貫いたらしい。
そのため教室に戻されて授業を受けていたというわけだ。
それでもある程度学校の監視があるからしばらくは安全だとは思うが。
「じゃあ行こう。ここじゃあ目立つし」
「そうね。早く行きましょう」
「わかったっす」
七海さんを連れて教室を後にする。
教室を見渡して見れば忌々しそうに俺たちを見つめる女子生徒が三人いた。
七海さんに暴行を行っていた連中だ。
(安心しろよ。そんな目で見つめなくてもお前らは必ず地獄の底に叩き落としてやるからさ)
心の中でそう決意して教室を後にした。
◇
「久しぶりにここに来たんじゃないか?」
「そうっすね。最近はお邪魔してなかった気がしますし」
「いつでも遠慮なく来てもらっていいのに」
家に着いてほっと一息をつく。
「体は大丈夫か? かなりぼろぼろだったみたいだけど」
「ええ。まあ。痛いですけどもう動けます」
「ならよかった。とりあえずお茶でも入れるよ。くつろいでてくれって言っても永遠の部屋なんだけどね」
お茶を入れてリビングに戻ってくる。
美空はここにはいないため三人だ。
「これお茶ね」
「ありがとうございます」
「ありがとう空」
自身のコップもテーブルに置いて俺も椅子に座る。
勿論永遠の隣に。
「それで先輩はなんで私を連れてきたんですか? 何か理由があるんでしょう?」
七海さんはさっそく本題に切り込んできた。
「理由……か。まあ、今の七海さんならそう勘ぐっても無理はないよな」
「ええ。先輩は私に何を聞きたいんですか? 保健室での続きですか? であれば話す気はないっすよ」
「別に警戒しなくても無理やり聞いたりするつもりはない。俺に君を傷つける意思はない。今日君を呼んだのはシンプルに久しぶりに話したかったからだよ」
「疑う気持ちはわかるけど空の言う通りよ。無理に聞く気はないからね。話したければ話せばいいし話したくないのなら話さなくてもいいのよ」
俺と永遠は七海さんの警戒を解こうとする。
今回は本当に七海さんに話させる気はない。
そんなことをしても彼女を傷つけるだけだし彼女の不興を買いかねない。
「そう、なんすか?」
「ああ。だから久しぶりに話をしよう。学校ではできない話とかさ」
「そうね。今度美空ちゃんを入れて遊びにも行きたいし今日はゆったり話しましょう」
「先輩たちはなんでここまで優しくしてくれるんですか? 私なんかに」
「俺にとって七海さんは《《なんか》》じゃないってことだよ。それに君は俺の恩人だ。それだけじゃなくて友人とも思ってる。それが回答では不満か?」
俺にとって七海さんは既にかけがえのない人間なんだ。
優しくする理由なんかそれくらいで十分だ。
「不満じゃないっす。ありがとうございます」
「礼を言われることじゃないさ。それよりも七海さんは元気にやってたかな? いや、皮肉とかじゃなくてね」
「ぼちぼちっすね。先輩は最近元気そうですね。でも左目は治ってないでしょう?」
「まあね。治す手段みたいなものはあったんだけどこの傷が悟との最後の思い出だからな。最後はあんなふうだったけどそれでも親友だったんだ」
「先輩らしい考え方っすね。いいと思います」
「空は変なところで優しいからね。でもこの傷のせいで空は少し怯えられてる節があるからね」
「そうなんですか?」
そうなのだ。
永遠と一緒に歩いているときは好奇の目線で見られていたが今では俺もその好奇の目線や不審なものを見る目で見られることがある。
まあ、今どき隻眼の人間なんて珍しいからな。
「まあね。もう慣れたけど」
「学校では人気ですけどね」
「…………まだ空の人気はあったのね」
「そりゃもう。なんなら昔よりも人気ですよ? 恋人を命がけで守ったから株が爆上がり。そのせいで紹介してっていう女子生徒は増えるばっかりですよ」
またその話か。
「永遠落ち着いて!? 包丁を取りに行こうとするのはいったん待って!」
「そ、そうですよ! 私は誰にも紹介してませんからね! だから刺すなら空先輩だけでお願いします!」
「さらっと俺を売るな! 俺のことも刺さないでくれ!」
そんな騒動がありつつ七海さんと話して今日は帰った。
「どう思う?」
「空元気でしょうね。まあ、無理もないわ」
「だよな。彼女がただやられているのには何か理由がある気がする。それを突き止めないとどうしようもないな」
きっと弱みか何かを握られてるんだろう。
それが何なのかを調べる必要がある。
いや、もしかして俺や永遠に関連する出来事なのか?
もしそうだとしたら七海さんの態度にも納得がいく。
「そうね。でも、それを杉浦さんは知られたくないんじゃないかしら?」
「だろうね。でもそれを知らないと七海さんを助けることはできない。多少嫌われても俺はそれを知らないといけない」
「あなたの自己犠牲的な思考は変わらないわね。私はあなたがいつか壊れてしまいそうで不安だわ」
「大丈夫。永遠が隣にいてくれる限り俺は俺のままだよ」
何を失ってもどれだけ傷ついても隣に永遠がいるだけで俺はきっと前を向ける。
向いていられる。
だから、好きなだけ俺は傷つくことができるのだ。
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