第118話 絶望の底で
「……これは一体どういう状況だ?」
目の前の光景に困惑を隠しきれなかった。
いや、困惑だけじゃない。
目の前の光景を理解したと同時に怒りがこみあげてくる。
「あ、あんたは」
「こいつ、柳って先輩じゃない?」
「ああ、この先輩が例の」
三人いた女子生徒は全員動揺していたがそんなことはどうでもよかった。
そんなことよりも床に倒れて動かない七海さんのことが心配で仕方なかった。
「七海さん大丈夫か?」
すぐに駆け寄って安否を確認する。
息はあるし出血も見られない。
とりあえず保健室に連れて行かないと。
「ちょ、ちょっとあんた何勝手なことしてくれてんの?」
「私たちがそいつと話してたんすけど?」
「部外者はどっか行ってくんない?」
背中にかけられる言葉はどれも俺の神経を逆なでするようなものばかりだった。
正直これ以上このゴミと長い時間一緒にいたらいつ手が出てもおかしくない。
「お前らが失せろ。次なにか言ってみろ問答無用で顔を殴る。ぐちゃぐちゃになるまで殴るからな」
「「「ひっ」」」
ゴミ共は短い悲鳴をあげて屋上から出て行った。
「大丈夫か?」
「せん、ぱい? なんでここに…………」
「何でもいいだろ。とりあえず立てるか?」
目に見えた外傷はないけど打撲とか服の中まではわからない。
だから一概に大丈夫とは言えない。
「むずかしそうっす。全身痛くて」
「わかった。あとで永遠に何か言われたら一緒に弁明してくれよ」
「何を言って、きゃっ!?」
「動けないみたいだしここにいてもどうもならんだろう。保健室に連れてく。運んだら永遠にも連絡するけどいい?」
「え。はい?」
七海さんを抱えていわゆるお姫様抱っこをして屋上を後にする。
「先輩、これ結構恥ずかしいんすけど。それに視線が痛いっていうか」
「安心しろ。その痛い視線は全て俺に注がれている。それにあれを見ろ。殺気のようなものを放っているのが見えるかな?」
「え、ええ。なんか不穏な空気が漂ってるっすね」
「あれ、俺の恋人」
視線の先には紫色の空気を纏った永遠がいた。
後でしっかり説明しないと悲惨なことになりそうだ。
「…一緒に弁明はするっすよ」
「……許してくれるかな」
「さぁ?」
前途は多難である。
でも、今は七海さんを早く保健室に連れて行きたい。
「失礼します。ちょっと見てほしいんですけど」
「柳君? どうかした…って杉浦さん? なんで柳君が杉浦さんを抱えてるの?」
「俺も詳しくはわかっていないので本人に聞いてください。もちろん俺も保健室に残るので」
「ん、事情が見えてこないのだけどわかったわ。とりあえず杉浦さんの様子を見るからそこのベッドに寝かせてくれる?」
「わかりました」
先生に言われた通りに七海さんをベッドの上に寝かせる。
「じゃあ、私は七海さんの容体を見るから柳君は保健室の中にいてくれるかしら?」
「わかりました。一人呼びたい人がいるんですけどいいですか?」
「ええ。いいわよ」
先生の許可を得たところでスマホを取り出して永遠を呼び出す。
すぐに永遠は保健室に現れた。
この速度的に後をつけていたようだ。
「ふふっ、いい度胸ね空? まずはどこを切り落とされたいかしら? 希望くらいは聞いてあげる。耳とかどうかしら?」
「ちょっと待ってくれ事情があったんだ」
「事情ですって? 面白いことを言ってくれるわね。じゃあ、学校で堂々と私がされたことのないお姫様抱っこをしてどんな言い訳が聞けるのかしら?」
どうやら相当怒ってらっしゃるようで永遠の体がプルプルと震えている。
これは早く弁明しないと本当にどこかしらを切り落とされかねない。
「ちょっと? 保健室で痴話喧嘩はやめてくれるかしら?」
「三浦先生。すいません、空とは家で話すことにします」
「そうして頂戴。それより柳君。杉浦さんに何があったの? 服の中に数十か所打撲痕があったわ。何があったの?」
「俺にもわかりません。俺は倒れてる七海さんを抱えて運んだだけなので。本人に意識はありますか?」
「ええ。今はベッドで横になっているけど」
「じゃあ、三人で話してもいいですか?」
「もちろんよ。私は先生方に事情を説明し行ってくるわ」
そういって三浦先生は保健室を後にした。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!?」
先生が退室した瞬間永遠に胸倉をつかまれる。
かなり力が込められている。
「とわ、先輩。待ってください。先輩は私を助けてくれただけなんです」
「どういうこと?」
「私が同級生に虐められてた時に助けてくれてここまで運んでくれたんです。だからあんまり先輩を怒らないであげてほしいっす」
「なんで虐められてたのか聞いても良いかな」
七海さんほどの人間なら一方的に虐められるなんて事無いと思うんだけど。
それにあの行為は度が過ぎていた。
カッターまで出ているとなればこれは学校内で終わる問題じゃない。
完全に警察案件だ。
「それはいやっす」
「どうして?」
「言いたくないからっす。助けてもらったのはありがたいっすけどこればっかりはいえません」
頑なに言いたくないらしく掛け布団にくるまってしまう。
これ以上話す気は無いらしくここまで拒絶されては聞きづらいため引き下がることにした。
「わかった。無理には聞かない。でも、俺は君が傷つくのを見たくは無い。だから何かあったら頼ってくれ。恩を返したいんだ」
「私にも何かあったら遠慮なく言ってね? 同性だから言いやすいことだってあるだろうし」
「ありがとうございます」
七海さんはそういうと同時に保健室の扉が開いた。
事情を聞いた先生方がやって来たようだ。
「とりあえず、柳と天音に話を聞いてもいいか?」
「俺はかまいませんよ」
「私もです」
こうして俺と永遠は保健室を後にして先生たちに事情を聞かれることになった。
でも、永遠は俺に呼ばれただけだし俺も事情という事情をあまり知らないため話せることはほとんどなかった。
◇
見つかってしまった。
よりにもよって空先輩に。
一番見つかりたくなかった人に。
この感じだと絶対に永遠先輩にも伝わってしまう。
そうなったら隠し通せなくなる。
学校側にもおおよその事態を知られてしまったからこのままじゃあ私の居場所が無くなってしまう。
生まれて来て初めて心地いいと思える居場所が。
「今更焦ってももう遅いっすよね。もうじき私の守りたかった居場所がなくなってしまうんすから」
あまりにも私は無力だ。
無力すぎた。
だから自分が守りたかった居場所も簡単に奪われてしまう。
「はは」
乾いた笑みがこぼれ落ちる。
諦観と自嘲が混ざったような温度のない笑いが自然と口からこぼれ落ちる。
同時に蹴られたお腹や背中が軋みを上げる。
鈍い痛みに耐えながら私は天井を見上げることしかできなかった。
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