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「実は僕もその現場の近くに居たんです……止められなかった。ですが、あの司祭も王族に対しやり過ぎました。王族への不敬罪で斬られてしまっても仕方のない方法で、しかも城の中で殿下を糾弾したんです」


「けど……亡くなったのは、国民的に人気のある司祭様だったって」


 前にハミルトンさんにその事件のことを聞いた時に、彼はそう言っていたはずだ。


「そうです。ですから、彼とて自分が殺されるとまでは思って居なかったのでしょう。ですが、この事件を知った陛下も、この顛末を国内外へ知らせることを渋りました。王家の権威は失墜は免れず、亡くなった司祭とて勝手な正義感でした越権行為を責められることになるでしょう」


「けど、エセルバードのやったことは許されることではないと思います……いくら彼が幼い年齢でも」


「ええ。ですが、司祭が城に直接やって来て不道徳な行為を、直接殿下へ糾弾してしまうのは筋が違います。だから、陛下は司祭や神殿のためにもこの事を伏せるべきだと考えたんです」


「だからって、ジュリアスだけが犠牲になるなんて……」


 信じられない。納得がいかない……第三者の私だってそう思うんだよ?


「ええ。僕ならば、英雄と呼ばれなくなる程度です。過ちは正されるべきではありますが、幼い子にそうさせてしまった周囲の大人の一人は僕だったんです」


 責任感の強いジュリアスに私は何も言えなくて……そんな二人の間に、しんとした沈黙が落ちた。


「その……ジュリアスは……エセルバードのお母さんのことが、忘れられなかったんですか?」


 どうしてもそこが気になってしまった私がそう聞いた時に、悲しそうな表情をしていた彼は驚いてかぽかんとした顔になった。


 以前、エセルバードはジュリアスと母の二人が婚約者だったと聞いた。けど、父である王に望まれたから、ジュリアスは一人残されてたのだと。


「……いいえ?」


「……え?」


 私たち二人は同じような不思議そうな顔をして、見つめ合っているのかもしれない。


 頭の中に『?』があふれる私はジュリアスはエセルバードのお母さんが好きだったからこそ、貴重なイケオジ独身を貫いていたんだと思っていたんだけど……?


「あの……何故、そう思われたか、聞いても?」


「エセルバードが……この前、言っていたんです。父から乞われて是非にと結婚した王妃さまは、ジュリアスの婚約者だったのだと……だから、ジュリアスは色恋沙汰も聞いたことがないって」


 こんなにも素敵な人で独身だと言うことは、片っ端から誘いを断っているという事でしょ……?


「それは、誤解です。事実ではありません。僕の初回の救世を祝う宴会に、二人は意気投合して結婚することになったんですが、婚約というのも親の口約束だけでパメラは元々妹のような存在でお互いに恋愛感情はありませんでした」


 エセルバードから聞いた私の言葉も、ジュリアスは困った表情で否定した。


 もー!! エセルバードー!! あんたの情報、全然違うじゃん! 本当に信用ならないってば!


「えっと……じゃあ、なんでジュリアスは結婚しなかったんですか?」


 そうよ……そこなのよ。すごく疑問。


 なんで、ジュリアスは誰とも結婚していないの?


「……言葉にするのは、難しいです。僕は女性をそういう意味で好きになったことがありません。だから、結婚をしない方が良いのかと……」


「え……男性が好きなの? あ! 大丈夫です。私が元居た世界は、多様性を大事にする感じなので、個人的にはとてもショックだけど受け入れられます」


 ジュリアスの言葉を聞いて心に物凄く大きなショックを受けたけど、私は大丈夫。


 好きな人の恋愛対象ストライクゾーンに自分が居なかったとしても、それってジュリアスのせいでもなんでもないです。どうしようもないことだって、わかっています。


「いえ……そういう訳でもないんです。言葉は難しいですね。つまり……僕は恋をしたことがなかったんです」


「あ……そういう……?」


 恋をしたことがないという人も……確かに居る。恋をした時のとんでもない酩酊感は、脳内物質の仕業らしいから、そういう働きが少ない人だっているはず。


 人それぞれのはずだし。


「と、思って居たんですが……それは、違ったみたいです」


「あの……違うって、どういう意味ですか?」


 新情報が山盛り過ぎて、もう何がなんだかわからなくなっている私は混乱していた。


「僕は聖女様に恋をしているようなので、どうやらそれも間違いだったようです」


「……え?」


 私は彼の言った意味が、また良くわからなくなった……ジュリアス、今なんて言ったの?


「僕はこうして聖女様が好きになってしまったので、恋が出来ないという訳ではなく……ただ、単に好きになれる相手に、こうして会えていなかったからだったようです。聖女様を待っていたのかもしれません」


 ジュリアスはきっとそうだったんだと言いたげだけど、私はさっきから急カーブを何度も曲がっているような展開に心がついて行けずに恐る恐る言った。


「え……私、産まれた世界も違うし……物凄く、年下なんですけど……」


「僕はこれで、世界を救うのが四回目になりますし……神様も可哀想に思って、喚んでくれたのかもしれません」


 私はジュリアスをじっと見た。別に私のこと揶揄っている訳でもないし……ううん。ここ数週間、一緒に居たから知っている。


 この人は、そんなくだらない嘘をつくはずがないって。


「うっ……嬉しい! 嬉しい! 嬉しいぃぃぃぃぃいいいいいいい!!」


 慌ててジュリアスに飛びついたら、彼は驚いた顔をしたけどすぐに抱きしめてくれた。


「えっ……そんなにです?」


「そんなにだよ! 嬉しい! ジュリアス好きだったから、帰らなく良くなって嬉しい!」


「本当に……元の世界に帰らなくて、良いんですか?」


 割と真面目な顔をしてジュリアスは私に聞いたので、私も嬉しさにほころぶ顔に精一杯真面目な表情を浮かべた。


「うん……私。ジュリアスがあの時に言っていたことも、ちゃんと考えてた。元の世界は……何の未練がないって訳でもないよ。向こうにしかない楽しみだってあったし、ここまで育ててくれた両親にも感謝してるし、今思うとまた会いたいな話したいなって思う人だって居るよ……この前は、少し大きくして言い過ぎたと思う」


 あの時に自分が言ったことを今思うと、すごく恥ずかしい。どうにかして、悲劇のヒロインになりきっていた。


 私が現代の仕組みにあまり合わなかったってだけで、普通にエンジョイして楽しんでいる人も居るんだから、それってちょっとした考え方の角度の問題ってだけだと思う。


 自分が楽しもうとそう思ったら、きっとなんでも楽しく出来るはず。


 ……私は多分、異世界にこのまま居られる理由付けがただ欲しかっただけ。


「……辛いことやしんどいことはどちらの世界でも変わらずにあるっていうのも、ちゃんと理解してる……けど、ジュリアスはこの世界にしか居ないなら、私はこの世界を選びたい」


 ジュリアスはこうして間近で見ても本当に飛び抜けて容姿が良いけど、別に彼はその外見だけが素晴らしいって訳でもない。


 優しすぎて二人の子どものために殺人の罪だって、被っちゃう人なんだよ。


 私はこのまま元の世界に帰っても、ジュリアスのことが絶対心配になって……居てもたってもいられなくなる。うん。これだって、言い訳がましい。


 本当に言いたいことは、これなの。


 ジュリアスが好きだから、傍に居たいから……私は自分のために、今後の未来において重大な選択をする。


「……僕で良いんですか?」


「良いよ! 駄目な訳なんでしょ! こんなに素敵で優しくて良く出来た人で、確かに年齢は経てるけどよくわからない理由で若返った人なんて、いくら探したって、多分ジュリアス一人だけだよ!」


「……光栄です」


 そう言って苦笑したジュリアスは、この世界に残りたいと強く望んだ私のことをもう否定することはなかった。

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