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大連合その2


「これから少し本気を出す、付いてこられるか?」


 ソルタは妹達を前に訓示をした。

 当然ながら、妹達は元気よく「はい!」と返事をすると思っていた。


「えーやだぁー」

「森を歩くとか無理よ。せめて運んで下さる?」

「文句言うな、良いから付いてこい!」


 兄は妹を説得などしない、ただ命令するのみである。

 ただし命令を聞くかは半々だが、森の入口で取り残されるよりは渋々でも付いてくるはずだ。


 全速力の半分ほどで、全力で索敵しながらソルタは進む。

 最後の街からソルタの村まで40キロ、荒れ果てて道なき荒野と鬱蒼とした森林が半々だが、ソルタ達は一日で踏破しようとしていた。


 大きな鞄を背負ったソルタを先頭に、荷物を下ろした一角馬のプニル、二人の妹と後ろには下半身が蜘蛛のアラクネ族が続く。

 アラクネ族はそれぞれが荷を持っているが、これはマンサムサの商会で入手した。

 大きな蜘蛛の体に預けるように背負っているのは、こっちで生きてく為の日用品だ。

 マンサムサは「何でも好きなだけお持ち下さい」と言ったが、商人に借りを作るのはソルタでも怖い。


「大丈夫? 利子とか付かない? 後で妹を寄越せとか言われても困るよ?」

「商品など些少な物でございますから。利子と言えば、既に我が商会はテティシア様や王家へ金貨三百万枚をお貸ししておりますよ」


 目も眩む金額だが、それも当然だとマンサムサは言った。

 魔王から生き延びての復興期、借金してでも配下と庶民を食わせるのが貴族の仕事で、ここで金と物品をひねり出すのが商人の役割だそうだ。

 ソルタは期待されている、魔王と諸外国の侵攻を乗り切った国をこれからも守ることをだ。

 ソルタの要求にマンサムサが出来る限り応えようとしているのは、未来への投資なのだ。

 そんな訳でソルタは急ぐ、護衛を引き連れて数日かけるよりも妹を走らせて一日で村へと帰り付く為に。


 ちらりと振り返ると、フィーナもアキュリィも文句を言いながらも何とか付いてくる。

 体力も筋力もソルタは妹より遥かに優れるが、その妹達でも平均よりは何倍も上。

 ソルタとプニルが切り広げた森の中を、一歩ごとに飛ぶような歩幅で追ってくる。

 だが小一時間ほど進んだところで、遂に妹達が音を上げた。


「ねえお兄ちゃん、ちょっと待って!」

「もう無理、暑い!」


 立ち止まったソルタが後ろを振り返ると、フィーナとアキュリィの体からは湯気が立ち上っていた。


「お前ら普段から運動しないからだぞ、それに出た熱気はこう回収して魔力に換えてだな……」

「そんな器用なこと出来るわけないじゃないっ!」


 人より激しく動けばそれだけ大量の熱が出る。

 ソルタなら熱魔法の要領でそれさえも集めて使えるが、妹達には無理だった。

 我慢出来ないとばかりに、フィーナが分厚いタイツを脱ぎ始めた。


「あっ、こらっ! 森で素足はやめなさい!」

「臭くなるし蒸し焼きになるよりはマシよ! これ荷物に入れといて」


 フィーナに続いてアキュリィまで脱いだ服を投げて寄越す。

 足首から手首までがっちりとガードしていた防寒着を脱ぎ捨て、二人は短いスカートに素足と半袖になった。


「これならいけるわ」

「そうね、あんなの着て走る方が無理よ。お母様達が薄着だったのも、あながち理由がないわけではなかったのねえ」


 ソルタは妹が脱ぎ散らかした服を一つ一つ拾っては、畳んで背中の荷物に入れていく。

 どれもこれも汗が染み込んで臭いし重いが、厚着のせいで体力を消耗し尽くすよりはマシだろう。

 やはり女の子は戦いに向かないなと思いながら、ソルタは少し速度を緩めて走り始めた。


 さらに一時間ほど走ったところでソルタは異変に気付く、何時までも村が見えてこないのだ。

 妹に合わせてゆっくり進んだはず――事実二人はぴんぴんしている――で、そろそろ村を囲む見慣れた山々が見えてくるはずであった。


「あれ……おかしいなあ……何時もの山が多分あれで……」


 北の山脈を見渡してみるが微妙に覚えがない。

 冬に村を出るのが初めてで、雪山をこんなに遠くから見ることがなかったとはいえ違和感が強すぎた。


「ねえお兄様、どうしたの? ひょっとして迷ったとかないわよね? 地図はあるんでしょ?」


 少し不安な顔をしたアキュリィが聞いてくる。


「いや、地図はないんだ。だいたい頭に入ってるし、それに元々このあたりの地図なんてないしな」


 村の南側、死の道(デスロード)がある方から回れば確実だったが、時短の為に真西から直行しようとしたのがまずかった。

 周囲を確認しようにも平地の多くが雪景色で、高低差すら分からない。


「大丈夫だぞ、お兄ちゃんが付いてるからな?」

「別に心配はしてないけど」


 幸いな事に、妹たちは迷子になっても騒ぐことはない。

 だがせめて夕暮れまでには村に入りたいところだ。


「若様、周囲を探って参りましょうか? ほら我々は木にも登れるので」

「おお、そうか。頼む!」


 アラクネーの提案をソルタはほっとしながら受けた。

 蜘蛛体のアラクネは、平地よりも森などの建て込んだ場所の方が得意なようで、木々に糸を貼り付けながら相当な速度で楽々と移動していた。

 周囲の様子を探るのにこれ以上の適役はいない。


「では、しばらくお待ちくださいな。あんた達、いくよ!」


 十六体のアラクネが四方八方に散らばる。

 木から木へ、空き地からまた樹上へと見事な起動であっという間に見えなくなった。

 それからほんの僅かでアラクネ達は順次戻ってきて、東へ行った三体ほどが同じ報告をした。


「すぐ先に街があります。魔王城のような城は見えませんでした。というか千人どころかその数倍は居そうな大きな街ですが」

「街? こんな所に?」


 村の近くに街は無く、あり得るとすれば村を遥かに追い越してしまったとしか思えない。

 ソルタはプニルを見る、疲れ知らずのはずの一角馬が少しだがバテている。

 妹達が付いてこれる速度は意外な程に速かったようで、それにソルタ自身の成長もあるだろう、ほんの半年や一年前の感覚ではまだ村の手前だったのだ。


「その街に行ってみるか、おそらく亜人の国だろう。どうせこの後に行ってみるつもりだったし」


 どうだとフィーナとアキュリィを見るが、特に反対はない。

 近くに来たならものはついで、村に戻るよりは新しい街を見たいとの好奇心が勝った。


「ところでだ。街に行くから服を着なさい」

「いやよ、まだ暑いもの」


 言うことを聞かない妹とアラクネ族を引き連れて、ソルタは森を東へ進む。

 街はあっさりと見つかった。

 特に強固な防壁はないが、一応森から来る物を見張る設備はある。

 見張りの詰め所といったところから槍を持った者が数名出てくる、ソルタにとっては見慣れた種族、オークだった。

 オークは、ソルタ一行を何度も見て、槍を構えながら言った。


「エ、エルフだっ! エルフが、悪魔を連れて襲撃に来たぞ!」


 一気に騒がしくなる詰め所を見ながらソルタは妹に尋ねる。


「おいフィーナ、お前なんかしたか?」

「するわけないでしょ! もし何かしたならママじゃない?」


 詰め所と街から、多くの種族が武器を持って集まり始めていた。

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