大連合その1
「マンサムサさん、良いの? 予算はともかく相場の倍近いでしょ?」
幾ら希少でも魔物素材のほとんどは実用品だ。
これが宮城の広間に権威の誇示として飾る、ドラゴンの全身骨格ならまだ分かるが、昆虫型の魔獣は勲章としては弱い。
マンサムサが見慣れて来た悪い笑みを再び浮かべる。
「私も商人ですので、損になる取り引きは致しません。儲ける算段、稼ぐ為の情報がございます」
「それは聞きたいけど、教えてくれるの?」
「若様になら喜んで。何度も申しますが、私が生きて商売出来るのもお父上のお陰でございますから」
増々悪い顔になった商人との密談は要らぬ注目を集める。
周囲にいるオークション参加者のみならず、二階からはアキュリィとフィーナが退場もせずにソルタを見ていた。
「それでは。つい最近でございますが、人類発祥の地と言われる西の古王国に大量のアンデッドが侵入しました。ウンゴール公国と同様でございますな。死の魔王との戦いを東方の新興国に任せていた古王国にとっては寝耳に水、まさに飛び起きて優秀な武具を揃えようとしております。このタランチュラホークの素材からは全身鎧が五領、手足はそのまま槍としても使えましょう。鎧と槍の一組で金貨五千は下らない値が付くでしょう。魔王大戦の折は、東から西へ資金が流れましたが今度はその逆、ということです」
「ほう……やるなぁ……」
素知らぬ振りをして上手く呟けたか、ソルタには分からない。
母親達が追い払った腐乱の道化師の軍勢に間違いなく、西側に面倒を押し付けたのだ。
「まあ致し方ないですな。ウンゴールも古王国も、我らが魔物に苦戦していた時には援軍も寄越さず穀物には普段の三倍の値を付け、私の故国に助けに来て下さったのはガンタルド様とお仲間方のみ」
「親父達が?」
「はい。国民五十万から最後に生き延びた五万余人、全てを引き連れて十日にも及ぶ逃避行を成し遂げて下さいました。私と息子と娘もその中に」
信用していただけますかとばかりに、マンサムサがソルタの目をじっと見つめる。
目を見れば分かると言われるが、妹達以外だとさっぱり分からない。
妹ならば何でも目に出るし嘘も隠し事も分かる――年々巧妙になってはいく――のだが、歴戦の商人相手に目を見ただけで真偽は分からない。
むしろ言葉を交わした方が通じる気がした。
「親父が強いのは知ってるけど、一人で五万人も守りきれるものなの?」
「ガンタルド様は最初に言われました『持てるだけの食料を持て、水は水筒だけで良い。女は幼子を抱いて子供の手をひけ。男達はその周りで戦え、半分は死ぬが残りの半分で女子供を守れ』と。出発する前に、足弱の年寄りは姿を隠しました。男達はありったけの武器と農具、時に棒切れで武装してひたすらエオステラに向けて歩きました。水はエルフのフォルミリア様が湧き出し、怪我人は聖女レアーレイ様が、他にエロピダスなど数人の冒険者が護衛してくれ、襲い来る魔物は男達が時間を稼げば駆けつけたガンタルド様が一蹴。僅か二千人ほどの犠牲で五万人が救われました。まさに奇跡を見たものです」
「凄まじいな……誰かが犠牲になるのが前提なのか。俺にはそこまで……」
戦後育ちのソルタにはそこまでの覚悟がない。
苦労しているという西側の話を聞けば助力すべきだろうかとさえ思う。
「エロピダスとも知り合いなの?」
「はい、もちろん。あれとも長い付き合いですな、二人でガンタルド様のおられる前線の後ろで頑張ったものです。奴のいる街カロンとここから繋がる道は我が商会が造ったものです」
「道か、確かによく整備されていた。峠には休憩所まであったし……」
ソルタには個人で欲しい物はなかったが、あれば良いなと思っている物はあった。
「ねえ、魔王城って知ってる?」
ソルタの問いにマンサムサは声量を落として囁いた。
「……ガンタルド様が戦後住まわれた場所ですな。私が物資を手配したこともございます。ですが、あの村は秘密のはずでは」
「なんだ知ってるんだ。親父はマンサムサさんを信用してたんだね」
「もったいないお言葉です。それにマンサムサと呼び捨て下さい、私のことは便利な財布とでも思っていただければ」
「さっき、商人は損になる取り引きはしないって言ってたじゃない」
「商売と人への投資は違います。金を稼ぐのは商人の仕事ですが、金がなくて出来ないを減らすのは商人の役目でございます」
ならばとソルタも覚悟を決めた。
村のことを知っている相手ならば信用するしかない。
「マンサムサ、道が欲しい。この母の領地から大森林にある俺の村まで続く道が」
「承知しました。直ちに準備にかかります。テティシア様のご許可が必要になりますが?」
「そっちは俺が頼む」
「職人と工夫と護衛を集めます。早ければ一ヶ月で着工に入れます」
「護衛はこっちで何とかする。森の魔物は任せてくれ。あと死の魔王が造った道があるのだけど」
「死の道でございますね、存じております。あれを利用すれば、来年の冬までには可能かと」
エオステラ王国からソルタの村、さらに東にあるという亜人の国。
全てソルタの父が関係する場所で、今は個別に動いているがいずれ誰かが『発見』してしまう。
その時に不幸な出会いにならないように、今動くべきだとソルタは決めた。
「こういうのは親父の仕事だと思うんだけどさ」
「いえいえ、お父上はこういった調整や話し合いが大層苦手でございましたよ」
「ところで、工事の費用ってどれくらい?」
「恐らくは金貨で30万枚くらいでございましょうな。護衛を雇えばさらに10万枚といったところですので安く済みます」
「……それ、僕の借金になる?」
「まさか、今回は投資でございますから」
マンサムサがまた悪い笑顔を浮かべる。
この笑いにも慣れそうだなとソルタは思った。
妹達の所へ戻ったソルタは散々に質問攻めにされた、むしろ警告だ。
「ねえ、お兄ちゃん。あの怪しい人誰?」
「お兄様! あの顔は絶対に悪人よ、悪人! なんか変な契約書に署名してないでしょうね? ほらお兄様って世間知らずだから心配で」
大丈夫だと言い聞かせ、アキュリィにはテティシアへの手紙を一緒に買いてもらう。
工事の許可を貰わねばならない。
「ほら、二人共さっさと寝る。明日は早いぞ、飛ばすことにしたからな。村まで一気に駆ける予定だ」
「お兄ちゃんも一緒に寝る?」
「寝ない!」
妹二人は同じ部屋に押し込んでソルタは個室、廊下には護衛にアラクネ族が立っている。
幾つかの勢力が、一つに集まる気配がしていた。




