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侵略中に別の敵に襲われても自業自得


腐乱の道化師(デスピエロ)は、当分現れないわ!」


 白いニットを着た魔族は自信満々に宣言し、ソルタとアキュリィとフィーナは同じ方向に同じ角度だけ首を傾けた。


「……えっと、それだけ?」

「そうよ?」

「もっとあるでしょ、倒したとか逃げられたとか。何なら能力の詳細とかさ……」

「ちょっとカミィラ来てー! 腐乱の道化師(デスピエロ)って結局どうなったっけ?」


 褐色肌に金瞳と紫紺の長髪、人類では敵わない体型を持つ母はあっさりと説明を諦めた。

 エリュシアナ母は読み書きが出来ず自分で頭もよくないと思っていて、ソルタが本を読んでたりすると大喜びする。

 ただしそれは学ぶ機会が無かっただけだとソルタは知っている。


「良いから、母ちゃんが話してよ。分かるから」

「あらそう、うーんじゃあ順番に話すわね」

 

――――


 腐乱の道化師(デスピエロ)は全力で逃げていた。

 今着ている道化服は一番のお気に入り、失うわけにはいかない。


 転移と跳躍を繰り返し、氷河から掘り出した自慢のコレクションを捨ててまで、雪と氷が覆う北の大地へ無事に帰り着いた。

 逃げ切ったと確信した瞬間、背中を蹴飛ばされて道化師は転がった。


 跳ね起きながら振り返ると、雪原には不似合いな薄着の女が二人立っていた。

 腐乱の道化師(デスピエロ)は魔法で離脱しようとするが失敗、ヴァンパイアの女が周囲を封鎖していた。

 走って逃げようとするも、魔族の女に簡単に追いつかれて踏みつけられる。


「まいった」

「うるさい、消えなさい。よくもうちの子を傷付けてくれちゃって」


 どうやら不死族と魔族、双方の支配者クラスを怒らせたようだった。

 この女達の仲間には、異界から来た男と精霊族女王と女神の化身まで居る、腐乱の道化師(デスピエロ)と言えど敵わない。


「分かった。諦める」


 ここは一度退治されて復活を待とうと判断したが、ヴァンパイアの女が酷薄な表情で言った。


「あんたさ、体を潰しても駄目でしょ? 過去に何度か討伐されてるよね、その度に数年で復活するの知ってるんだ。隠れ家? 本拠地? この辺にあるのかなー? 今度はこのまま連れ帰ってレアーに浄化させるから」


 これは困る。

 道化師は元が人間のエルダーリッチ、生きてた頃は魔法使いで考古学者で哲学者。

 肉弾戦には弱く、魔法耐性が高く身体能力が高い種族は大の苦手、つまりヴァンパイアと魔族を相手には勝ち目がない。


「許してくれ。人間に真実を教えようとしただけだ」

「何のよ?」

「大氷床の底に先史文明」


 女二人は顔を見合わせてまた聞いた。


「それがなんで魔王の手先になって人を襲うのよ?」

「あの魔王は強く逆らえない。人間も絶滅させるとは知らなかった」


 道化師は嘘を言わない。

 生きていた頃、人類の歴史は五千年程度で、始まりは我が国にあると誇る連中に腹が立っていた。

 道化師は数々の傍証から過去に消え去った文明の末裔が今の人類だと気付いて主張したが迫害され、確たる証拠を探す旅に出た。

 そして長い旅の末に、北の氷河の下に滅びた古代都市と絶滅した動植物、見たこともない骨や死骸を大量に見つけた。

 氷河を掘り続ける中でリッチになり、証拠を突きつけるために人類に死骸(コレクション)を見せに行く、それだけを何百年と繰り返している。


「……迷惑な話ね」

「まあ不死種になる原因が、研究にのめり込んでってのはよくある話だから」


 分かってくれるかもと希望を持って道化師は女達を見た。

 だがその望みは薄そうだった。

 背中に置かれた足に力がかかる、強者に従ったゆえに別の強者に消されるのもよくある話だと道化師は観念した。


「待って、エリュシアナ」

「なによ? 寒いからさっさと動けなくして連れて帰りましょうよ」

「あんたは、何故に東の国ばかり襲うの?」


 ヴァンパイアの女が変な質問をした、道化師の答えは一つしかない。


「近いから」

「うーん……そうか。遠出は嫌だものねえ。ま、私が人間なら貴様を許さないけど、今の私にとって大事なのは子供達なの。あの子らが住む国を襲ったのは万死に値するけど、他にも手を出してる勢力があるのよねえ」


 何が言いたいのか道化師にはさっぱり分からない。

 世界の(あるじ)のような顔をして生息圏を拡げる人類、奴らに道化の立場から真実を伝えることだけを何百年もやってきた。

 あまり調子に乗るとまた滅びるぞと。


「人の国は一つじゃないの。その一つを守るためにうちの子は戦うわ。けれどね、子供を戦場に送りたい母親がいるわけないでしょ? もしお前が、うちの子の敵の敵になるなら……」


 今度は道化師にも分かった。

 もう光を映さない瞳を輝かせて何度も頷く。


「うーん? カミィ、何のことだかさっぱりなんだけど?」

「エリュ、分からなくてもいいわ。悪魔のような申し出だから」

「悪魔はわたしなんだけど?」

「子供達には内緒にしてね。ただ東の拠点を失った腐乱の道化師(デスピエロ)は何処か遠くへ行ったとだけ。まあ人類同士の争いを始めた途端、他国に侵略した隙にアンデッドの軍勢が現れたら国が滅びるかもね。それも自業自得か」

「余り難しい言葉使わないでよ。とりあえずこいつは離しても良いのね?」


 道化師の背中にかかる圧力がなくなった。

 冷たく笑うヴァンパイアの女は道化師に約束を迫った、今後五百年は西にある陸橋かさらに西の大陸だけを襲うと。

 道化師にとっても願ったり叶ったり、この地域には時おり桁外れに強い人間が現れるのだ。

 常に魔物や魔獣、時に魔王と戦い続けるからだろうが、ならば西の方は守りが薄いのではないかと思う。

 何故にもっと早く気付かなかったのか、かつては人類最高の知能と讃えられた己の頭脳も錆びたものだと道化師は嘆息した。

 偶然から手にした最強のドラゴンゾンビは失ったが、道化師には氷河から掘り出した沢山のコレクションがある。

 そやつらを引き連れていざ西へ、賢者の旅はまだ終わらなかった。


――――


「ふーん。腐乱の道化師(デスピエロ)は二度とこの国を襲わないと思うくらいボロボロにされて何処か遠くへ行ったと」

「うん。そうそう」


 魔族の母はうんうんと何度も頷いているが、ソルタには分かる、母が何か隠し事をしていることくらい。

 けれども聞かない事にした、母がソルタに不利になることをするはずがない。


「そうか、じゃあテティシア母ちゃんとアキュリィの領地は安全になるかな。何なら連れてきた軍勢も持って帰ってくれれば良かったのに」

「あらそうねーそう命令すれば良かったわね」

「うん?」

「あはは、なんでもないわ!」


 詳しい事はあとでカミィラ母に聞こうと決めた。

 もし隠そうとしても何度もお願いすれば折れる、絶対に聞き出す自信がソルタにはある。


 五十万のアンデッドは、まだ八割が残っている。

 騎士七千、歩兵三万七千の大軍でも掃討するのに一ヶ月や二ヶ月はかかるはずだが、情勢がそれを許さない。


 既に半数は移動の準備を始めていた。

 ソルタにも同種同族が争う本物の戦争に参加する時が来ていた。

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