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第二次聖剣伝説


 ソルタの左肩に張り付いた竜の呪いは、完治しなかった。

 表面の腐った部分を削り、更に進行しようとするのをソルタ自身の治癒魔法で押し留めていた。

 軍医には、なんで生きてるのか分からないと匙を投げられたが。


 魔力が完全に回復するまで、ソルタは前線から下げられた。

 西には魔王軍残党に加えてドラゴンゾンビ、東には陸橋国と沿海都市諸国、双方の情報が集まり司令部は猫の手も借りたい状況で、少年十人は丸ごと司令部へと移動になった。

 出世である、ただし24時間勤務だ。

 新しい情報が入りゼルタスが命令を書き足し、近くにいたソリュオンに手渡す。


「第三大隊の隊長に渡せ」

「はいっ!」


 張り切ったソリュオンが駆けて行くのを、ソルタ達九人は心配そうに見守る。

 ソリュオンの正体は、上位インキュバスのアルプズがあっさりと見破っていた。


「立派な男子です。ただし祖先にサキュバスかインキュバスがおりますな、先祖返りか良く特徴が出ております。若い内は男も女も構わず惹きつけるでしょう、将来有望ですなあ」


 納得の話であったが、益々危険は増した気がする。

 ソルタが心配するのも当然だが、様子に気付いたゼルタスが言った。


「あー心配するな、もうお前らに手を出す奴もいないだろう」

「……お前らって?」


 ソルタは気になった。


「そりゃそうだろ。髭も生え揃ってないすべすべの騎士見習い、しかも皆かわいい顔して、お前ら十人をまとめて目の届くとこに置いておかないと奪い合いで決闘になっちまう。お嬢様小隊は苦肉の策だ。まあ騎士はそっちが推奨された時代もあったからな……」


 九人は顔を見合わせる、特別扱いなのはソリュオンではなく全員だった。

 微妙な空気を読み取ったのかゼルタスは付け加えた。


「おっと、悪く思うなよ。指揮官となると色々と考えることが多くてなあ、事前に問題が起きないようにしておくもんだ。それにだ、お前らは竜殺しにはなれなかったが竜の生き残りだ、今では誰もが一目置く。もう興味本意で見る奴はいないだろう」


 ソルタ達は注目を浴びる兎を守る番犬のつもりが、兎の群れだった。

 誰かがぽつりと言った。

「後でソリュオンに謝っておこうな」と。


 謝罪を受けたソリュオンは、ぷくっと頬を膨らませながらソルタ達を許してくれた。

 その姿を見た皆は、お前は絶対にわざとやっていると言い立てる。

 最後の小隊会議は笑いが絶えずに終わることが出来た。



 現状、最大の問題はドラゴンゾンビとなった北の極竜(ボラリス)だ。

 この三千人ならソルタが居なくても倒せると司令部は判断したが、損害は想定が付かない。

 回復や魔法薬が尽きなくても数百人は失う可能性が高いが、他所に行かれてはもっと困る。

 ティッカーと呼ばれる魔導暗号通信機、魔王大戦の時に導入された新技術で、細かく連絡を取りながら三千の猟犬が竜を追う。


 エオステラの王家に仕える貴族と騎士の家が合わせて二千ほど。

 さらに貴族の下に仕える騎士家が五千余り、その下にも一門や副騎士などが居て戦える騎士階級となると一万五千人ほどにもなるが、そこから二割を選んだ最精鋭部隊。

 これが勝てねば止める術がない。


 幸いにしてソルタ達は他に被害が出る前に北の極竜(ボラリス)に追いついた。

 ただしドラゴンゾンビは、数十万のアンデッド軍の中央に鎮座していた。

 ソルタは将校斥候の一団に混ぜられて、離れた高台から敵軍の様子を伺う。


「ソルタ、どう見る?」

「数はよく分からないけど、魔獣や見たこともない生物の死骸が多い。スケルトンもオークの骨かな? 人類以外もかなり居る。なんだか強そうだ」

「だいたい当たりだ、良いぞ見る目がある。魔王軍も最初に東のオールトの大森林で亜属を襲って死体を使った。オークやリザードマンを素体にすれば、見慣れたスケルトンよりもずっと強い」


 しかしだとゼルタスは続ける。


「対抗するのは難しくない。人類は構造物に立て籠もって戦うのが得意だ。個々の知力と判断力を生かし少数でも多数でも効率よく、粘り強く戦える。極端に強い個体には、旗頭(トップエース)と呼ばれる強者や英雄クラスをぶつける。ガンタルド殿やテティシア様、そしてお前のような。期待しているぞ」


 ソルタは任されたが、一つ問題が残っている。

 ソルタの五本目の剣は、アルプズが竜に叩きつけてあっさりと折れた。

 手に合う武器を見つけねばならなかった、出来れば神器級(ゴッズ)と呼ばれる破格なものが良い。


 一団は南下してセーム要塞に入る。

 この辺りはかつてセーム侯領だったが、魔王により根絶やしにされた。

 要塞と付属の防衛拠点だけがあり、周囲の村も町も全てが廃墟、まだ復興の手は届いていない。


 セーム要塞の防壁の上に、白いスカート型の全身鎧を纏った人物が立っていた。

 飾りが付いた兜に両手を剣の柄に乗せて堂々と立ち、いささか芝居じみていたが遠目からでも誰であるか分かる。

 二日の強行軍で疲れていた三千の士気が急激に回復し、出陣以来の最高潮まで盛り上がる。

 たった一人が姿を見せるだけでこれ程に違うのかとソルタも驚く。


「テティシア様だ!」

「殿下だ!」


 歴戦の男達が少年のように見上げては叫ぶ。

 王都を出て十余日、八万の敵を葬り返した戦果を労うようにテティシアが剣を抜いて水平に捧げた。

 三千の騎兵はその下を歓声を上げながら通り過ぎる、今直ぐにでも竜に向かい突撃できそうなほどの士気だった。


 セーム要塞に入ったのは、ソルタの部隊が最後。

 旗頭には王国最強の英雄テティシア王女、左右で指揮を執るのは前軍務大臣と前財務大臣の両公爵。

 既に西方ではウンゴールが国境を超えて、エオステラは挟撃されていた。

 魔物との戦いの最中だ、引いてくれとの使者は鞭打たれて返されたらしい。

 どちらかを選ぶ時にエオステラ王は、まず東方の魔王軍残党を殲滅すると決めた。


 騎士級が七千に、兵卒が三万八千、魔導部隊千五百、補助と看護要員が一万、さらに後方では二万人と王立海軍が補給と補充を担当、動かせる王国戦力の半数が集結していた。


 広いセーム要塞でソルタは一人迷いかけていた。

 城門から入り、中央の厩舎にプニルを預け、せっかくなので母に会いに行こうと思ったら女神エーテリアルの神殿に出たのだ。


 神殿は負傷兵の病院になっていて、ここには看護する女達の姿が見える。

 他人を回復させる程の魔法が使える男は珍しいが、女は強弱を問わねばほぼ回復魔法が使える。

 これが人類の強みで、前線に男だけが立つ理由の一つ。

 女達だけでも生きていれば子供は怪我や病気を乗り越えることが出来るのだ。


 神殿の扉から、水の入った桶を抱えた少女が出てくる。

 誰もが目を引かれる美少女だと思ったが、ソルタは直ぐに否定する、そこまでは可愛くない。


「アキュリィ! どうしてここにいる!?」


 桶を落とし水を零した少女が、みるみる内に泣き出してソルタに駆け寄って勢いのままに飛びついた。

 ソルタはしっかりと抱きとめると、二周三周と妹を振り回す。


「ほらほらどうした、泣くんじゃない。かわいい顔が台無しだぞ?」


 確かめるように顔を上げたアキュリィは、本当に兄だと確信して更に強く締め上げる。


「苦しいよ、アキュリィ。なんでこんな所に、よく母さんが許したな」


 ぐちゃぐちゃの泣き顔をソルタの胸にこすり付けてから妹は言った。


「ひっく…………ねえ、あのね、お兄様、臭いんだけど?」

「あー、この服は五日は着っぱなしだったかな」

「ぎゃああああ! なにするのよ、顔がなんか臭うわ!」

「……お兄ちゃんは悪くないぞ?」


 叫んだが妹は離れずに、ぺたぺたとソルタの体を確かめる。


「この肩は?」

「ドラゴンゾンビにやられた。しばらく治らない」

「他に怪我は?」

「ないな、かすり傷ばかりだ」

「剣はどうしたの?」

「全部折れた」


 アキュリィは真剣な顔でソルタを見上げる。


「お兄様に、私のいちばん大事なものをあげるわ。あいたっ!」

「ややこしい言い方をしないの」


 ソルタは手刀を妹の頭に叩き込む。

 もう一度やりなおしで、アキュリィが真剣な顔を作り直す。


「私が生涯でただ一度だけ産み出せる聖剣を、お兄様に捧げます。未来の愛する人でも我が子でもなく、今この時にお兄様へ」

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― 新着の感想 ―
[良い点] おおいいのかそんなもの……と思ったけれど 子々孫々受け継がれて使い手を守っていくんでしょう……よね?
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